第20話 兄に捧げる弟の涙

 その頃、盗賊団のアジトを急襲したクガはキクマル、マサルとその子分たちと再び対峙していた。しかし、兄弟は及び腰だった。罠を仕掛けても敵わなかった相手にまともに戦っても勝てるはずがないことは兄弟も良く分かっていた。しかしそれでも彼らは引くわけにはいかなかった。


「どうした!!早くそいつを殺せ!アジトの場所を知られたからにはそいつは生きて返してはならん!それともわしのムチの雨をもう一度浴びたいか。ああ!?」


 地面にビシビシと叩きつけられるムチの音を聞いて、兄弟は勇気を振り絞ってクガに襲い掛かった。しかしやはりすぐにいなされてしまう。その繰り返しに兄弟はもうどうしようもなかった。


「兄さん、どうしよう・・・戦っても戦わなくても・・・僕らには後がない・・・」

「マサル、弱音を吐くな、それでも僕らはやるしかないんだ・・・!!」


 そこへクガが思念通信で割って入った。


「(目を覚ませ!お前たちは、本当の敵を見誤っている。)」

「!?」

「頭の中で声がする!?」

「(お前たちも聞いただろう、ターターとその兄が王国を乗っ取る簒奪計画を。それが成った暁には、お前たちやその子分は一生奴隷のようにこき使われるのだぞ!!本当にそれでいいのか?お前たちはそれで満足なのか?)」

「黙れ!!お前に何が分かる!!」

「う、うるさい!!僕たちにはもうこれしかないんだ・・・」

「(俺はお前たちを殺すつもりはない。無論、お前たちの子分もだ。お前たちが持つ素晴らしい力はこんなところで汚い大人に消費させていいものじゃない。王国に帰順するんだ!運命に抗う勇気を持て!!)」

「うあああ!!」

「くっそぉ・・・!!」


 兄弟がついに頭をかかえて膝をつき、良心との葛藤でもがき苦しみ始めた。それを見たクガが一瞬攻撃の手を緩めたその時、突然彼の体に白い粘着物が飛んできて彼を壁まで押しやり、そのままべっとりと彼を拘束してしまった。


「ふへへ、さすがは対変異虫用の拘束粘着剤じゃ、まさかの時の為に兄者から貰ったものが、ここで役に立つとはな」


 おそらくそれが発射されたであろう銃を構えてターターが笑みを浮かべていた。拘束されたクガはその強力な粘着力に身動き一つとれない。


「ふん、おぬしはそこでじっとしておれ、わしがあとでゆっくり始末してくれるわ、それよりも・・・」


 ターターは自分のムチの柄についてるスイッチを押して電流を流し、兄弟を痛めつけた。


「うあああ!!」

「ぐわあああ!!」

「この腰抜けどもが、臆病者めが!二人がかりで虫人一人倒せぬのなら、お前たちに価値などないわ!!このっ、このっ!!」


 やたらめたらにムチで痛めつけられる兄弟の姿と、クガと兄の幼い頃の光景が重なった。彼らは昔の自分だ。あの時自分は何もできなかった。そして今も、何もできずにただ見ているだけなのか?自問自答を繰り返し段々と首をもたげ始めるクガの怒りに呼応するかのように、ターターを捉えた疑似網膜に文字が写る。


[KILL_HIM]


 今奴を止めなければ、また彼らのように被害者を増やしてしまう。だが、殺してはならない、と彼女が言っていた・・・しかし。


[KILL_HIM][KILL_HIM]


 殺してはならない・・・いや、だめだ、殺しては・・・ナカザイの罪の立証のために・・・


[KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM]


 殺し・・・タイ・・・殺しテ・・・やリたい・・・


[KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM][KILL_HIM]


 ああ・・・兄サん・・・


[KILL_HIM]の文字が視界を埋め尽くし、その文字列がミチオの顔になったとき、クガの意識は、ついに怒りに支配された。あれほど動いてもびくともしなかった粘着剤を体の底から湧き出る怒りの力で破り捨てると、壁を大きく蹴っ飛ばして、その勢いでターターに組み付いた。


「な、なに!?」

「グゥゥゥ・・・殺す・・・お前、殺す・・・!!」


 次の瞬間、ターターのでっぷりとした体は一直線にアジトの建物の方へと吹き飛んだ。土の壁にめり込んだターターの周辺は円形のくぼみに変形し、そこから発したひびがもとでアジトはめりめりと音を立てて瓦解し、ついに崩れてしまった。幸いみな外に出ていたのでけが人はいなかったが、ターターのみががれきの下敷きになった。


「う、うぅ・・・体中が・・・痛い・・・」


 だがターターは死んではいない。服の下に来ていた装具のおかげで辛くも生存したが、大きな瓦礫の一部が右足に直撃し、まともに立ち上がれなくなってしまった。それでもどうにか起き上がろうとしている所へ、土煙の中からゆらりとクガが現れた。

 クガは身動きの取れないターターに一歩ずつ近づいていった。疑似網膜は相変わらず[KILL_HIM]と言う文字で埋め尽くされている。彼の思考は既に復讐心で満たされていた。あふれんばかりの殺気を滲ませながら近づくクガに、さすがのターターも恐れおののいた。


「ま、まて、た、頼む!!殺さないでくれ!!わしを生かしておけばそなたにも利点があるのだぞ!!やめろ、くるな、くるな!!」


 だがクガは歩みを止めなかった。


「こノ時を、ドれだけ待ってイたこトか・・・俺は兄を殺サれて以来、ずっと、ずっとお前ノ事を恨んデいた・・・今、よウやくその時ガ来た!!」


 クガの鎧籠手の鋭い爪がきらりと光った。あれで貫かれればひとたまりもない。ターターはもはやこれまでとぎゅっと目をつぶった。


「死ネ!!ターター!!」


 クガは全ての怒りを込めてターターに貫手を放った。誰もがターターの死を確信した。


 だが、その貫手はターターを貫く寸前の所で止められた。怒りに震えるクガの右手を、もう一人の虫人の手が必死に抑えている。トルヴィアだ。彼女は傷を負っているが、不穏な予感を察知し大急ぎで単身K21区へと急行し、間一髪の所で間に合ったのだ。


「なぜ止メる!!放せ!!俺は此奴ニ兄さんを・・・!!」


 だが、いくら言ってもトルヴィアはその手を離さなかった。彼女は仮面を取り、まっすぐな瞳で彼を見つめた。


「・・・貴方の復讐心を否定はしない。たった一人の家族を殺されて、怒りに燃える気持ちも分かる。・・・でも、貴方の一つしかない体が、大都督と言う名誉が、たった一人の汚い大人の血を浴びてけがれる姿を、貴方は兄さんに見せたいの?」

「血などいくらでも浴びてやる!!」

「貴方のお兄さんが本当に見たいのは、貴方の怒りに狂った姿じゃない。貴方が笑顔で生きる姿よ。きっと。」

「・・・」

「お願い、大都督。彼を殺さないで。彼には罪をきっちり償わせる。私を、信じて・・・。」


 腕を抑えていた手を掌の方へと動かして、両手でやさしく包み込んだ。だがクガの手を握っているものはもう一人いた。それはクガにしか見えない人物であった。


「・・・兄さん・・・?」

「ミツル。今まで大変だったね。よく頑張ったね。でも、君が出来ることはここまでだ。後は、この人に任せよう。きっと彼女ならうまくやってくれる。君の復讐は、すでに成った。ありがとう、ミツル・・・。」


 それは幽霊か、それとも彼にわずかに残っていた良心が変化した幻か。それはクガ本人にも分からない。ふと気づくとすでにその姿はなかった。だが彼はその言葉を信じて、ついに正気を取り戻して、虫装を解除したのであった。


「・・・」

「大都督。ありがとう。」


 そこへ水を差すかの如くターターの下品な笑い声が響き渡った。自分が殺されないとわかるや否や態度を豹変するとはなんともげんきんな輩である。


「ははは、わしを裁くだと?愚かな小娘め、知らんのか、わしには兄者がついておる。たとえ牢獄に入ったとてすぐに出てこれるように手配してくれるわい。」

「兄者?あなたの言う兄者って”これ”の事かしら?」


 そう吐き捨てると、トルヴィアは白い布袋をターターの目の前に放り投げた。その布袋は赤黒い液体でじんわりと濡れている。ターターが中身を見てみると、それは先ほど誅殺されたナカザイの生首であった。


「あ・・・あ・・・兄者・・・そんな・・・兄者ぁぁぁぁ!!!」


 兄が死んだとわかった瞬間にターターは大粒の涙を流し、大声を上げて泣きだしてしまった。


「どうして兄者を、殺したんだぁぁぁ・・・兄者は無能なわしに仕事を与え、そのたびにへまをしても辟易しながらも決して見捨てなかった、なんだかんだでわしの面倒を最後まで見てくれた、たった一人の家族だったんだぁぁぁ・・・それを、それを・・・」

「家族を殺されたものの気持ちが痛いほどわかったかしら。貴方の目の前にいる大都督もただ一人の家族で兄をあなたに殺されたのよ。彼だけじゃないわ、あなたのせいでいったい何人が被害を受けたか。これが年貢の納め時よ。おとなしくお縄になりなさい!!」

「うう・・・うう・・・兄者・・・兄者ぁ・・・」


 あれほどムチをめちゃくちゃに振るっていたターターはまるで別人のように力なくしぼみ、へなへなと地べたに座り込み、自身の敗北を認めたのだった。


 ・・・


 それから三日後。国王の名のもとに、王位簒奪、並びに弟と結託して姪君トルヴィアの暗殺、そして玉璽の奪取をもくろんだ通商連合代表のナカザイは弟であるターターの証言をもとに大罪人として大々的に裁かれ、名誉ははく奪された。本当なら彼を代表に担いだ通商連合も解体されるべきであったが、代表の座を国王が兼任するという条件を飲んだため解体は免れた。そして・・・借金の担保として抑えられていたカヴト家邸宅も通商連合存続の見返りとして戻ってきた。だが、トルヴィア自身はその屋敷には帰らず、多少の階層を施したうえで、かつてターターのもとで働かされていた元盗賊団の子供たちに無償で貸し与えることにした。


 なぜならその指揮を執っていたキクマルとマサルは、お互いをきつく縛り上げた上で国王の元へ自ら出向き、己の命と引き換えに子供らを救ってほしいと直訴したからだ。


「僕たちには彼らを指揮した責任があります。僕らはどうなっても構いませんが、どうかあの子たちだけはお救い下さい。」

「われら兄弟、国家転覆に参画した罪をこの命をもって償います。ですが、どうかあの子たちだけは生かしてください。」


 だが国王は二人の縄を解くように命じ、彼らを許した。


「さあ、二人とも、頭を上げよ。誰がそなたたちの命を奪うものか。トルヴィアから聞いたぞ。そなたたちはターター、ナカザイによる暗殺計画を止めるためにわざと彼女と大都督を逃がしてくれたと。そのおかげでこの計画が露見し、見事に事前で防ぐことが出来たのだ。そなたらは罪人ではない、救国の雄だ。どうか余からも感謝の言葉を贈らせてほしい。」


 兄弟は顔を見合わせた。そして、国王の横で正装に身を包んで佇むトルヴィアの方を向くと、彼女は笑顔を浮かべて目くばせをした。彼女は内内に国王と相談し、彼らと彼らの子分に被害が及ばぬように調整したのだ。兄弟はそれに気づくと涙を浮かべて国王とトルヴィアに向かって再び頭を垂れた。


「「国王陛下、姪君様、ご厚恩、感謝いたします!!」」

「うむ。では、トルヴィアよ。後はそなたに・・・」


 国王は玉座まで下がると、今度はトルヴィアが兄弟の前に出て言葉を述べた。


「キクマル、マサル、貴方たちのおかげで王国は救われました。でも、貴方たちは今まで犯した罪を償わなければならない。しかしそれは死ではなく、生きて償うべきです。それに、虫人としてのあなた達の力は王国を必ずや救うものとなりでしょう。よって、貴方たちは私トルヴィア・カヴトの義兄弟として迎えることにし、貴方たちは私の私設虫人として護衛につき、責務を全うするように。」

「「謹んでお受けいたします!!」」


 こうして、二人はカヴト家の養子として迎え入れられて彼女の側近となったのであった。


 それから一週間後。すべてが片付いたクガとトルヴィアは休暇を取り、K21区の浜辺を散策していた。勿論、キクマルとマサルの兄弟も一緒だ。


「なあ、もう屋敷はお前のもとに戻ったのに、どうしてまだ俺の屋敷にいるんだ?」

「ああ、それは別にいいのよ。あそこはもう子供たちにあげたようなものだから。私がいるとかえって気を使いそうだし。それに・・・」

「それに?」


 トルヴィアはにっこり笑ってクガにこっそりと耳打ちした。


「今度行う発掘調査の会議を行うのに、貴方の邸宅が一番使い勝手がいいのよ。しばらくは拠点として使わせてもらうからね。」

「・・・お前も懲りない奴だな、また発掘しに行くのか!」

「大丈夫、通商連合の人たちを言いくるめて、予算は無利子で貸し付けてもらったの、今度はもう心配いらないから安心してね。ふふん。」

「そういう問題か・・・?」


 クガは呆れてため息をついた。ため息は砂浜に打ち寄せられる白波の音でかき消された。ふとクガは、水平線の向こうを見やる。雲一つない青空は、今の清々しい気持ちを現したかのようだ。


「なあ、トルヴィア・・・」

「なに?」

「俺は・・・あの時、お前にターターを殺すのを止めてくれて、よかったと思ってる。あいつが兄の死で泣いてる姿を見て、家族愛に善人も悪人も関係ないんだなと思ってさ。勿論、あいつは罪を償わなければならない悪人なのは確かだが、なんつうか、少し、同情の念が湧いてな。おかしいだろ?つい先ほどまで殺したいほど憎んでたやつにこんな気持ちを抱くなんて・・・」

「・・・」

「だから、今はもうあいつのことは俺の中ではどうでもよくなってるんだ。今の俺は、とてもさっぱりとした心持ちだ。もしあいつを殺していたら、こんなことは一生知らずにあいつが死んだ後でも憎み続けて終わったんだろうな。」

「大都督。今頃、貴方のお兄さんも今のあなたの姿を見てとても喜んでいるはずよ。ようやくあなたは復讐から解放されて、自分の人生を歩みだしたってね。」

「ああ、そうかもな。・・・ああ、そう。これからは、ミツルでいいぞ。」

「へ?」

「むこうしばらくひとつ屋根の下で暮らすんだ、家の中でも大都督呼びは堅苦しいだろ。」

「・・・そう。わかったわ。ミツル。」


 二人が談笑している所へ、兄弟たちがかけてきた。


「お嬢様、大都督!国王陛下からお話があるそうで、すぐに王宮へ来てくれとのことです!」

「銀河連邦への移民の件だそうです!」

「わかったわ!すぐ行く!・・・さ、行きましょう。ミツル。」

「ああ、行こう。」


 二人は浜辺を後にして兄弟の元へ急いだ。ふと、クガは誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り向いた。そこにはミチオが立っており、笑顔で手を振ってクガを見送っていた。


「ミツル。僕はいつも君のそばで応援しているからね。」

「・・・兄さん。」


 クガの目にじんわり涙が浮かび、それをぬぐって再び顔を上げたころには、兄の姿はもう見えなかった。


「ミツル!早く!」

「ああ、今行く!!」


 何処までも澄み切った空の下、クガは浜辺を駆け上がってトルヴィアと兄弟の元へ駆けていったのだった。

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