第19話 切捨御免

 夜。王宮からさほど離れていないところに、通商連合代表ナカザイの屋敷がある。彼はそこで通商連合の各構成組織の頭を招いて集会をしていた。


「では、ここらで解散にしよう。皆の者、われらの勝利はすぐそこまで迫っている。吉報を待つがよいぞ。この私、いや、寡人かじん(王侯、皇族のみが使える一人称。ちんと同義)が第26代カヴト王になるのも秒読み段階に入ったのだぞ・・・ふふふ。」


 ナカザイはあくどい笑みを浮かべていたが、他の者はなぜか浮かない顔だった。


「どうした、なぜ皆の顔は曇っているのだ。あと少しでお前たちに幸福が訪れるというに。」


 そのうちの一人がナカザイに進言した。


「代表、確かに我々は富と名声、そして権力が欲しい。そのために是非ともあなた様が国王の座に就くことを望んでおります。しかし、姪君様を暗殺し、玉璽を奪い取るというのは、いささかやりすぎなのでは・・・?」

「なに、寡人のやり方に不服があると申すか?」

「いえ、そうではありません、もう少し穏やかなやり方で王となるのです。曲がりなりにも王国の法に則り、正式な手続きを踏んだうえで王となるのなら、誰も異論はないでしょう、しかし代表が今なさろうとしている方法では、臣民から見ればほとんど簒奪に近いやり方にしか映りません。」

「なるほど良作だな、ものすごく時間がかかることをのぞけば。」

「代表!何事にも忍耐は重要です。大業を成し遂げたいと思うなら、なおさら・・・!」

「そうです代表、彼のいう事は正しい。」

「どうか、再興のほどを・・・」


 構成員たちの言葉はナカザイがデスクにたたきつけた拳の音で遮られた。


「黙れ!!寡人は欲しいものはすぐ頂く主義なのだ。ただでさえ文明が滅びようとしているときに、ただのんびりと時期を待っているだけでは、王になるよりも先に寡人が死んでしまう!正当性などあとからでっち上げればよい。何事も速度が大事なのだ!だからこそターターの手をも借りて、事をなそうとしておるのだ。」

「し、しかし代表・・・」

「貴様ら、さては今更怖気づいたのか・・・?もし怖いのなら、よいのだぞ。連合を抜けても。ただしその場合、寡人が王になった後、そなたたちとその家族、そしてそなたらの組織が果たして無事でいられるかは保証しかねるがな・・・。」

「ひっ・・・」

「どうなのだ!!」

「・・・で、出過ぎた真似を致しました・・・どうか、お許しください・・・。」


 構成員たちは震え、不承不承ながら引っ込んだ。それを見たナカザイは軽蔑した目で吐き捨てるように言った。


「ふん、日ごろ寡人と同じくらい権力を欲しがるくせに、いざとなれば怖気づく臆病者どもめが。腰巾着はおとなしく腰巾着に甘んじておればよいのだ。・・・で?これで終わりか。ではこれにて解散・・・」

「代表。まだ話は終わっていないわ。」


 突然どこからか聞こえてきた女性の声に、一同は困惑した。


「誰だ!寡人に話しかけるものは!」

「その言葉はあなたが使えるものではないわ。ナカザイ代表。」


 声はどうやら屋敷の中庭から聞こえてくるようだ。一同ががやがやと中庭の方へ出てみると、そこにはカブトムシ型の虫人が煌々と輝く満月の光に当てられて一人たたずんでいた。


「誰だ、貴様はァ!!」

「もう虫人になってそろそろ長いのだけれど。私の顔を見忘れたの?」


 虫人はこめかみを強く押すと、その仮面がしゅるしゅると分解されて仮面の下の顔をあらわにした。そう、トルヴィアだ。


「め、姪君様・・・!」

「・・・ふん、なんだ、姪君様でしたか・・・。」


 通商連合の構成員たちは即座に跪いたが、ナカザイだけは目線を合わせたままじっとして動かなかった。


「姪君様、こんな夜遅くに何用で来られたのですか。」

「王位簒奪を企む国賊がここにいると聞いて討伐しに来たのよ。ナカザイ代表。」

「ほう、それはやぶさかではありませんな、して、そのような輩はこの屋敷のどこに・・・?」

「貴方の事よ。ナカザイ。先ほどのあなたの弟とその部下たちを使って私を暗殺しようとし、それを足掛かりとした王位簒奪の謀略、断じて見過ごすことは出来ないわ。」

「ふん、先ほどから何を言っておられるのやら・・・」

「ターターの部下にキクマルという子供がいるのを知っているかしら。襲撃に失敗して逃げようとした彼に、私はこのスパイサナギを投げてこっそり監視してたのよ。そのサナギに、あなたとターターが話し込む姿がばっちり映っていたわ。ああ、これを取り上げても無駄よ。既に王国のサーバーにバックアップ済みだから、もう消せないわ。」

「・・・つまり、姪君様は全てをご存知という訳、か・・・」

「もしあなたにプライドと言うものが微塵でもあるというのなら、潔く罪を認め、自首しなさい。」


 ナカザイは落ち着き払っていたが、構成員たちは慌てふためいた。顔を真っ青にして代表に縋り付く。


「代表、もはやこれまでです、我々に理はありません!おとなしく降参しましょう!」

「今ならまだ間に合います!」


 だが、そんな彼らをナカザイは無視し、高らかに笑った。


「ふふ、ははは!!小娘の分際で敵の本拠地にのこのこ乗り込んで自首しろだぁ?笑わせるな匹婦め、ここは寡人の屋敷。たとえお前が姪君様とて、ここで消えれば五里霧中!!者ども!であえ、であえ!!」


 ナカザイが号令をかけると、一体どこに隠れていたのか、通商連合が雇っている私設軍の蜘蛛型虫人達がわらわらとトルヴィアを取り囲んだ。


「お前たち、この小娘は姪君トルヴィア・カヴトの名を騙る不届き者だ、即刻始末せよ!!」

「「「御意!!」」」


 情けをかけてやったが、どうやら徒労に終わったらしい。最も、素直に自首した所で許すつもりは微塵もない・・・そう独り言ちたトルヴィアはためいきをつき、仇敵ナカザイから目線を離さずに、仮面をかぶり直し、右手に大振りの反り立つ刀を造換した。疑似網膜にはその剣が、三つの植物の葉を模したが円形に並べられた特徴的な紋章と共に、[SHOGUN_BLADE]と表示されている。


「度し難い奴らね・・・」


 そして、トルヴィアはその刀を”刃を内側に向けて”立て、頭の右手側に構えた。刀と柄の境目にある紋章が月の光をきらりと反射した。

 それを合図と受け取った蜘蛛たちはいっせいに彼女に襲い掛かった。彼女は屋敷の中庭を縦横無尽に駆け回りながら一人一人を刀一本で的確に捌いていった。

 あるものが短刀を突き立ててきた。彼女は敵の腕に刀の”峰”を思いきりたたきつけて下した。


「グワーッ!!」


 あるものは後ろから襲い掛かった。瞬間彼女は刀を逆手に持ち替えて後ろの敵へ思いっきり刀を突き刺した。


「ギャーッ!!」


 あるものは蜘蛛の糸を吐き出して彼女の刀に巻き付けて動きを封じた。だが彼女は刀をあえて強く引っ張ると、ぱっと手を離し、スリングショットの要領で刀を一直線に飛ばし、相手に突き刺した。


「グエーッ!!」


 あるものはトルヴィアと同じ刀で切りかかってきた。彼女はそれを刀で受けとめ、つばぜり合い、丁々発止と切り結び、相手が仕切り直して再び切りかかってきた隙をついて、相手の胴に強烈な峰打ちを食らわせたのだった。


「ギャウーッ!!」


 始めは余裕の表情を見せていたナカザイだったが、蜘蛛たちが倒されるにつれてその表情が険しくなっていき、最後の一人が倒されてしまった時にはナカザイの額には脂汗が滲んでいた。


「な、なんてことだ・・・あの小娘のどこにそんな力が・・・!ええい、かくなる上は・・・!!」


 彼は護身用の小刀を抜いて破れかぶれで彼女に襲い掛かった。彼女はそれを、避けなかった。むしろ、刀が当たる部分だけ虫装を解いて、わざと小刀を自分の肌で受け止めた。彼女の肌に凶刃が突き刺さった瞬間、一瞬だけその表情が曇った。


「っ・・・」

「な、なにぃ、どうしてよけないのだ!」


 ナカザイは困惑した。温みをもった鮮血がどくどくと流れてナカザイの手を染めていく。だが、それこそが彼女の狙いだった。


「・・・貴族諸法度の第9条を覚えているかしら?」

「な、何・・・?」

「王家の者もしくは貴族の者に理由なき外傷を負わせるべからず。外傷を与えしもの、速やかに打ち首又は切腹の刑に候・・・」

「・・・し、しまった!!」


 ナカザイは慌てて彼女から離れたが、時すでに遅し。ナカザイが彼女を差す瞬間を構成員たちはみな見ていた。血が流れる腹部を抑えながら、トルヴィアは力強く叫んだ。


「成敗!!」

「「イヤーッ!!」」


 途端に、光学迷彩で隠れていたミヤマとコクワが姿を現し、剣を抜いて彼に切りかかった。ミヤマは背後から彼の腕を抑え、無防備になった胴にコクワの剣が突き刺さった。そしてそれを横にして、中の臓物もえぐりながら、ゆっくりと真一文字に切り裂いてゆく。刀が動くたびにナカザイの顔が苦痛で歪み、口から血を吐き、うめき声をあげた。


「ぐ、ぐぐ、ぐぐぐぐ・・・」


 果たしてコクワの剣がナカザイの腹から抜かれた時、ミヤマは彼の拘束を解き、地面にどすんとひざまずかせると、己が剣をその首筋めがけて振り下ろし、介錯した。

 ごろん、と彼の首が転がり落ちると同時に、彼の体はうつぶせになって倒れた。

 それを見届けたコクワとミヤマは刀を納め、彼の亡骸に向かって礼をした。


「「お見事でございました。」」


 そしてその首をトルヴィアはむんずとつかみ、構成員たちの目の前に突き出した。


「さあ、次は誰?この私を亡きものにしようとし、国家転覆を企む愚か者は。」


 血を流しながらも怒気を孕んだ目つきでにらみつける彼女を目の前にして、そのような度胸など微塵もない構成員たちは、ただただ姪君にひれ伏すしかなかった。


「どうか、どうかお許しを姪君様・・・我々は姪君様の暗殺にずっと反対でした、彼に脅迫されて仕方なく同調していたのです・・・これまで犯してきた罪は甘んじて受けます、どうか命だけはお助けください・・・。」

「「「「姪君様、どうか命だけはお助けください。」」」」


 それを見てトルヴィアは、ほくそ笑んだ。


「そう、そうね。貴方たちはあくまでも脅迫されていた。全部、彼の責任よね。」

「はい、左様でございます。」

「本当はそれをわかっていて加担したあなた達も見過ごせないのだけれど・・・そうだ、もし私と”取引”してくれるのならば、今回の事は不問にしてもいいわ。」

「どうぞ、何なりとおっしゃってください。我々は姪君様の仰せのままに。」

「じゃ、中庭でするのもなんだし、そこで話し合いましょう。」


 一同は会議室へと戻り、着席した。空席になった代表の席にはトルヴィアがどっかりと座り込んだ。さすがにそのまま放ってはおけないので、傷口には虫人用の緊急止血テープを張って済ませた。

 ”取引”は、トルヴィア優位で、順調に進められたのだった。

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