第18話 令嬢暗殺計画

 クガとターターの関係はこれではっきりした。だが、まだ一つ分からないことがあった。なぜ、そのターターがクガとトルヴィアの二人を配下のキクマル、マサル率いる孤児盗賊団に襲わせたのだろうか?二人が玉璽をもって、あの時刻にその場所を通るとわかっていたものは、K21区にいるものか、王宮にいるものしか分からないはずだった。


「俺たち虫人軍の中にスパイがいるのか!?」

「まさか、俺たち虫人の行動は就寝時刻以外、疑似網膜を通して随時監視、記録されてるんだ、そんなうかつな真似できるか。」


 ああでもない、こうでもない、とミヤマ、コクワが犯人捜しでうんうん唸っている所で、トルヴィアはふと、自らがキクマルに放ったスパイサナギの事を思い出して、彼らに話した。


「もしかしたら、このサナギが何かを捉えてるかもしれないわ。デバイスにつなげて、映像を出力してみましょう。」

「お前、本当に一体どこでそんな知識手に入れてくるんだ・・・確かにスパイサナギは虫人の装備ではあるが、実用したのはお前が始めてかもしれんぞ。」

「大都督のあなたより少しでも優位に立つための勉強ならどんな知識も惜しまないのが私よ。」


 トルヴィアは適当なタブレット端末を持ってくると、それを自分が持っている親機サナギに有線接続し、映像を出力した。キクマルに投げたのは角がある”子機”である。子機から発せられる周波数に合わせて親機のつまみを少しずつ右へ左へと回していくと、タブレット端末の砂嵐画面にぼんやりと映像が浮かび上がった。さらに微妙な調整を行い、映像が鮮明になるころには、画面には憤怒の表情を浮かべた中年男性の姿が映し出されていた。それを見たクガは画面の男性を指さして叫んだ。


「こいつだ、こいつがターターだ!」


 ターターはひどく怒っていた。この能無しめ、役立たずのクソガキ兄弟どもめ、と言いながら画面に向かって、つまりキクマルに向かってムチをめちゃくちゃに振るっている。そして画面には映ってはいないが、左の方からマサルの声も聞こえてくる。

 4人は子供に手を出すターターへの義憤の感情を何とか抑えながら、送られてくる映像を最後まで静観することにした。


 ・・・


「こいつめ、こいつめ、この、役立たずの”イナゴ”野郎が!」

「ぐあああ!!」

「うあああ!!」


 盗賊団のアジトである山中のボロ小屋の中で、半裸にされたうえで磔にされた飛蝗兄弟は、その小さな体をターターがめちゃくちゃに振るったムチで傷だらけになりながらも耐えていた。


「あれほど失敗は絶対に許さぬとわしがきつく言ったのに、玉璽の奪取に失敗するばかりか、例の小娘の暗殺にも失敗し、おめおめと帰ってくるとは!」

「で、でもターターさん、あいつらの強さは尋常じゃない!僕らは確かに子供だけどそれを鑑みてもあいつらは強いんです・・・!せめて誰を襲うのか教えてくれたら、僕たちも対策を考えたのに・・・」

「ええい、黙れ黙れ!ガキのくせに口答えするな!瀕死だったお前たちを、わしが兄者あにじゃに頼んで作ってもらった偽装コードで虫人にしなければ、お前たちはとっくに死んでいたのだぞ。それなのにその恩人の命令を忠実にこなせない恩知らずの弱音など、聞きたくないわ!!」


 ターターはなおもムチを振るい続けた。二人はそれに耐えるしかなかった。そして、盗賊団の下っ端たちは、自分たちにとって大切な兄貴分が痛めつけられるのをただ小刻みに震えてみていた。

 だが、ついにこらえきれずに、下っ端の一人がターターに進言した。


「ターターさん、どうかもう兄貴たちを痛めつけるのはやめてください!兄貴たちは十分に反省しています!お願いです、どうかこの辺で怒りを治めください!」


 続いて、残りのみなもターターに願い出た。


「「「「どうか怒りをお沈めください!!」」」」


 すると、ターターは下っ端達の方へ向き直り、ムチをぴん、と伸ばして言い放った。


「では、お前たちがこのムチを代わりに受けるか。ああ?」


 そして、ムチを下っ端に当たらない程度の距離で何度も床にびたん、びたんと打ち付けた。下っ端は恐れおののいた。


「ふん、匹夫どもめ。いっちょ前に口出ししよってからに・・・」


 すると、ターターとはまた別の男性の声が聞こえてきた。


「そこらへんでやめておけ、弟よ。」

「その声は・・・兄者!?」


 ターターは自らが兄者と言うものを出迎え、拝礼した。その男は、ターターの兄と言うには不相応なほど高貴ないでたちで、黒い服に身を包んでいた。弟であるターター以外彼の名を知らなかったが、サナギ越しに見ている4人はこの男を知っていた。

 そう、カヴト王国通商連合のナカザイ代表その人だったのである。


「兄者、すまねえ、このへっぽこなガキどものせいで計画は失敗に終わった、また作戦を立て直さねえと・・・」

「弟よ、私の仕入れた情報が正しければ、お前は此奴らに相手の素性を離さなかったと聞いたが。・・・真か?」

「うっ・・・そ、それは・・・」

「どうなのだ、弟よ。でたらめを申せば、弟とて容赦はせぬぞ。」

「そ、その通りだ、兄者・・・」

「ふん、そんなことだろうと思ったわ。この間抜けめ。」


 軽蔑のまなざしを向けるナカザイに、ターターは必死に弁明した。


「だが、兄者、こいつらに最初から相手は大都督と姪君だと知らせていたら、こいつらは恐れおののいて襲撃しなかったかもしれないぞ?だから、わしはあえて伝えなかったのだ。」

「そこをどうにかするのがお前の仕事であろう。お前はいつもそうだ、必ずどこかに抜けがある。そしてそれを兄である私がいつも尻拭いせねばならぬ。」

「へへへ、兄者、そんなことを言うな。今度は気を付けるから。な?」

「ふん、その言葉をかつてお前が奴隷売買の罪で捕まったときも聞いた気がするぞ。あの時私が手を回さなければ今頃お前はどうなっていたか・・・」

「勿論、あの時助けてくれた恩は忘れておらん。」

「ならば、今度こそ成功させるのだ。明日、あの二人はおそらくまたあの道路を通りかかる。その時こそ必ず、姪君の命と、玉璽を奪い取るのだ。そしてその暁には、この私が、邪魔なカヴト王とその娘を理由をつけて粛清し、この星の王となるのだ。その時はお前を国の大都督にしてやるぞ。」


 大都督にしてやると言われたターターは目の色を変えて喜んだ。


「おお、ほんとうか!兄者!このわしを大都督に!?」

「ああ、もちろんだ。成功した暁にはな。」

「うはは、兄者万歳!国王ナカザイ万歳、万歳、万々歳!!」

「ふん、げんきんな奴だ。では、明日、抜かりのないように。私は王宮へ戻る。」

「ああ、それじゃあな、兄者。」


 ナカザイは黒いマントを翻してアジトを後にした。兄を見送ったターターは再び飛蝗兄弟の方へ向き直ると、彼らの拘束を解き、高々に叫んだ。


「良いか、今回は俺の機嫌がいいから見逃してやるが、今度失敗したら命はないと思え!分かったな?」

「・・・」

「・・・」

「返事がないぞ返事が!!」


 ターターは再びムチを振るった。そしてその一発が、キクマルの背中にとりついていたスパイサナギに命中し・・・映像はそこで途切れたのだった。


 ・・・


 4人は驚愕のあまり開いた口がふさがらなかった。まさかターターの兄が、この襲撃を画策したのは、国王の王位を簒奪さんだつしようとしているのは、あのナカザイだったとは。


「た、大変なことになったぞ・・・!」

「大都督、姪君様、いかがいたしましょう?」


 トルヴィアがスパイサナギを投げていなければこの真実は闇に葬られたままだったであろう。獅子身中の虫とはまさにこのこと。常日頃から嫌味な奴ではあると思っていたが、まさか王位簒奪を狙う真の奸賊であったとは。家を取られたときには押しとどめていたナカザイへの憎悪が、トルヴィアの中でむくむくと首をもたげてきたが、彼女はあえてそれを押しとどめて対策を練った。


「大都督、事は急を要するわ。ナカザイが王国に害する賊臣と分かった以上、早急に始末する必要がある。勿論、その部下であるターターも・・・」

「ああ、おおむね賛成だ。だが、標的はそれぞれ別の場所にいる。どう動く?」

「策があるのだけれど。いいかしら?」

「言ってみろ。」

「私がナカザイを誅殺ちゅうさつするわ。そのために、ミヤマさんとコクワさんを、私に貸してほしいの。」

「よし、分かった、コクワとミヤマを一時的にお前に指揮下に入れる。ならば俺はターターの元へ向かって奴を殺すんだな?」

「いいえ、ターターは生け捕りにしてほしいの。」


 クガは顔をしかめた。


「何故だ、何故奴を生かさなければならない!?」

「ナカザイは王位簒奪を謀った奸賊だから殺されても当然よ、誅殺の理由はこちらで考えるわ。そのためにも、ターターは、兄の計画の貴重な証人として法廷で証言させる必要がある。もし奴が死んでしまえば、ナカザイの罪が立証されなくなり、誅殺の正当性がなくなってしまうのよ。」

「しかし、あいつは生きる価値のないくず野郎だ、それに俺は・・・あいつに兄さんを・・・」

「大都督。今は個人の感情を持ち出すときではないわ。国の存亡がかかってるのよ!」

「・・・」

「約束して。必ずあいつを殺さず、生け捕りにするって。絶対よ。」

「・・・わ、分かった・・・。」


 クガはトルヴィアに押し切られて、しぶしぶ承諾した。そして、トルヴィアにミヤマとコクワの指揮権を一時譲渡し、兵符を授け、サナギに記録されていた位置情報を自らの疑似網膜にインストールすると、窓を開けて飛び降り、そのまま変身してアジトの方へと飛び去って行った。


「さあ、私たちもいきましょう。」

「「御意!」」


 それを見送った3人も、同時に変身してナカザイのいる王宮の方へと急いだのであった。

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