第17話 ミツルとミチオ
K21区に帰ってきたクガ大都督とトルヴィアを迎えたコクワとミヤマだったが、なぜか大都督は落ち着かない様子で簡単に挨拶を済ませると、そのままK21区の兵舎の自分にあてがわれた個室へと逃げ込むように入ってしまい、夕飯時にも部屋を出ることはなかった。その顔は、まるで何かにひどく怯えたような顔だった。二人も、当然トルヴィアも、彼のこのような表情を見るのは初めてであった。
「姪君様、大都督に何があったのです?」
「俺たちは長くあの人の下についてますが、あのような顔の大都督を見るのは初めてです。一体何が・・・?」
「それが・・・私にも分からないのよ。ただ、さっきの飛蝗兄弟のうちの一人が、”ターターさんに叱られる”って言ってから、おかしくなったわ。」
「ターターさん?」
「おそらく、あの盗賊団の首領じゃないかしら。子供たちを盗賊としてこき使うんだからきっとろくな人じゃなさそうね。」
「そんなやつ、大都督と接点なさそうだけどな・・・」
「彼の過去が何かのヒントになるかもしれないのだけれど・・・あなた達何か、しってる?」
すると、二人は顔を見合わせて苦笑いした。
「いやあ、それが・・・」
「実は俺たちもあんまり大都督の過去を聞いた事が無いんです。人の過去はあんまり聞こうとも思わないですし、何よりあの人があまり語りたがらない性格ですから・・・」
「ただ、彼は確かクガ家の実の子ではない、という事は聞いたことがあります。とはいえ、他のクガ家の者が軒並み病死してる今では確認のしようがないんですけれどもね・・・」
「・・・そう。分かったわ。有難う、二人とも。今日は下がっていいわ。また明日考える。」
「では、姪君様、失礼いたします。」
「失礼いたします。」
コクワとミヤマを下げたトルヴィアは、しばらく考え込んだ後、心を決めて大都督の部屋に向かう事にした。大都督の部屋まで来たトルヴィアはまずノックをしてみたが、返事はない。ドアノブを回すと、開いた。
「大都督?入るわよ?」
ゆっくりと入ったトルヴィアの目の前に入ってきたのは、ベッドの上で布団をかぶってうずくまり、ぶるぶると小刻みに震え、爪を噛みながらうわごとをぶつぶつとつぶやくクガの姿であった。いつもの彼を間近で見ている彼女にからすれば、本当にこれがあの大都督の姿なのだろうかと疑いたくなるくらいには、様子がおかしかった。
「ターター・・・ターター・・・アイツは生きていた・・・アイツだけ・・・なんでアイツだけ・・・」
「ねえ、ちょっと、大都督!」
「うわっ!!」
びくっ、とのけぞったクガは声のした方に振り向き、ようやくトルヴィアに気づいたのだった。
「あ、ああ、なんだ、トルヴィアか・・・何の用だ、こんな夜更けに。」
「今日の戦い、貴方らしくないわ、いつもの余裕綽々のクガ大都督はどこへ行ったのよ?」
「お、俺だって人間だ、ミス位するさ。」
「いいえ、あの程度のミスは私ならいざ知らずいつもの大都督なら絶対しないはずだわ。おまけに盗賊団も逃してしまった。ねえ、いい加減に教えて。一体、貴方とそのターターさんと言う人はいったいどういう関係なの?」
「だ、だから何でもないって言ってるだろう!別にそいつとは何も・・・」
すると、コクワとミヤマも部屋に入ってきてクガに詰め寄った。
「いいえ、大都督。先ほど姪君様の映像記録から見させていただきましたが、あの様子は明らかに尋常ならざる様子でした。」
「大都督、どうかお話になってください。もし何か悩みがあるようでしたら、我々も微力ですがお力になります。」
「・・・」
「大都督!」
3人の真剣なまなざしにじいっと見つめられて、ついにクガは折れた。
「・・・わかった。本当はこの過去を墓場まで持っていくつもりだったが、お前たちがそこまで言うのなら。だが、ここで俺が話したことは一切他言無用で頼む。」
そして、長くため息をつくと、彼はゆっくりと語り始めたのだった。
・・・
お前たちも知っていると思うが、俺はクガ家の本当の生まれではない。俺はあくまでも養子だ。最も今では本家のみんなが先に墓に入ってしまって、それを証明できるのは俺とクガ家に長く務めている使用人くらいになってしまったがな。
そして俺は、このカヴト国の人間でもない。ここから、そう、K21区から見える海からずうっと、ずうっと向こうの大陸からやってきたんだ。
おそらく今ではとっくに滅びてるだろうが、俺が子供だった頃はまだ何人か人がいて、旧文明の残滓でどうにかその日その日を懸命に生きていた。俺と、俺にとってたった一人の肉親、ミチオ兄さんとな。
俺たち兄弟には家族がいないし、男に生まれたもんだから人の倍栄養が必要で、日々の食糧を探すのも一苦労だった。時には一人分の食糧さえも手に入らなかった時があったが、ミチオ兄さんはどんな時でも俺に半分こしてくれたんだ。自分の分を少なめにしてな。
だがついに限界を迎えて、俺たちは一日に一食食えれば御の字の生活を強いられる羽目になったちょうどそのころに、どこからか一つの巨大な船がこの大陸にやってきたんだ。その船の船長はターターと言って、この大陸に住む人たちにこう触れ回った。
「ひもじき者どもよ、わしの船に乗らないか。わしの船に乗っていくならば少なくとも三度の飯は保証してやる。」
当然、俺たちの殆どがその言葉を信じてターターの船に乗ったんだ。それが嘘だと気づいたのは、大陸へもう戻れない大海原まで来た時だった。ターターは突然豹変して俺たちを船でこき使い始めたんだ。ターターは、文明が滅びた後もわずかに生き残っている人々をさらっては、船の中で奴隷として調教し、奴隷として出来上がったものをまだこの星で残っている国に売りさばく、奴隷商人だったんだ。
「さあ、働け奴隷ども!仕事を早く覚えないと飯は抜きだぞ!老人だろうが子供だろうが容赦はしない。少しでもさぼっていたらわしのムチを食らうと思え!!」
でも、俺たちが与えられる飯と言えば、ターターとその部下らしき奴らの食べ残し、残飯程度のものでしか与えられなかったんだ。太陽が昇る前から働き詰めにされて、不味い残飯を食いながら、また働き、少し寝かせてくれると思ったらまた働かされる・・・その繰り返しだった。
兄さんは、船の中でも俺を気遣ってくれた。与えられた残飯の中でも状態のいいものだけを俺にくれた、そして自分だけいつも饐えたにおいがする部分だけ食ってた。自分だけいい思いしているのを申し訳なくなった俺が、自分のを食べてくれと言うと、必ず固辞したんだ。
「いいから、食べなさい。僕はこれで十分だから。僕はミツルさえ幸せになってくれれば、それでいいんだよ。」
とはいえ、正直飯が食えるだけありがたいと思ったし、失敗した時のムチは痛いけど、俺と兄さんはどうにか堪えて船の上でしばらく暮らしたんだ。
だけど、ある日ついに奴隷たちが我慢の限界を迎えて、ターターに反旗を翻したんだ。さらにまずいことに、船は嵐に遭遇してもう船内は上を下への大騒ぎだった。俺たちも、もう残飯の味には飽きてた頃だし、これを利用して、この船から脱出することにしたんだ。混乱の最中、俺はどうにか緊急用の小舟を確保して海面へと飛び出したんだ。後は、兄さんがありったけの食料を確保して海へ飛び込み、それを回収するだけだった。
・・・でも、ようやく船のへりに立ってあともう少しで脱出が成功する、その瞬間に、反逆に怒り狂ったターターが奴隷に向かってでたらめに打った弾丸が・・・兄さんの・・・胸を・・・貫いたんだ・・・。
飛び込んだ兄さんを俺は船に紐をつなぎとめて、兄さんを必死にすくい上げた。食料なんて気にしていられなかった。ターターの船はどんどん遠ざかっていくけど、兄さんはどんどん弱っていった。胸から血がどくどく流れてきて、俺は必死に止血しようとしたけど止められなった。しっかりしろ兄さん、船まで行こう、船まで行けばあとは何とかなる、と俺は必死に励まして、ひもをたどって船まで行ったんだ。
でも、状況はさらに悪くなっていた。どうもこの小舟は腐っていたらしく、いたるところから水がしみだしてきてまともに浮かべなくなっていた。俺は船に上がると必死に水をかき出して、穴を自分の服の端を破ってふさいだ後、兄さんを海から上げようとした。だが、兄さんは上がろうとしなかった。そして弱弱しい声でこう言ったんだ。
「ミツル、よくきけ、僕は、もう助からない・・・その船に、乗ったところで、二人の重さで、すぐに沈む・・・僕を、置いてゆくんだ。ミツル。君だけでも、生きるんだ・・・」
何言ってるんだ兄さん、俺たちは二人で生き残るんだ、希望を捨てるな、俺が絶対に助ける、と俺は言ったが、兄さんはそれでも拒んだ。俺は涙と雨でぐじゃぐじゃになりながら、いやだ、兄さんを見捨てるなんて嫌だ、兄さん、死んじゃだめだ、兄さん!死ぬなら俺も一緒がいいと必死に叫んだが、兄はそれよりも大きな声で叫んだ。
「お兄ちゃんのいう事がきけないのか!!ミツル!!」
初めて兄さんに叱られた瞬間だった。そして、兄さんは精いっぱいの笑顔を作ってこういったんだ。
「ミツル、僕はいつでも君のそばにいる。君の幸せは、僕の幸せだ。だからお願いだ。生き延びてくれ。君が生きている限り、僕は君の中で生き続けられる・・・」
そして、兄さんは、俺の手を振りほどいて、海の、中へ、沈んでいったんだ・・・
俺は泣いた。どんなにお腹が空いても、ムチでぶたれても泣かなかった俺が、大粒の涙を流して泣いていた。だが、それも嵐がかき消した。大自然は兄を亡くした俺でも容赦なくしぶきを浴びせ続けた。俺は沈みそうな船に必死にしがみついて、どうにか荒波を渡っていこうとしたんだが、そのすぐ後にやってきた大波にのまれてからは、俺の記憶はない。
目が覚めた時、俺の事を誰かがのぞき込んでいた。一人は、ドレスを着た夫人で、一人はその主人だった。
「目が開いた!あなた、この子はまだ生きてるわ!よかった・・・」
「君、大丈夫かね?えらくやつれているが・・・」
俺は何か言おうと思ったが、その前に俺の腹の虫が返事をしてしまった。でも夫人は、優しく微笑んで、俺を自分の屋敷に招き、飯をたらふく食わせてくれたんだ。
今まで食ったことのない、とてもうまい飯だった。俺は人目もはばからずに目の前の飯にがっついた。同時に、もし兄さんも生き延びていたら、この美味い飯を共に食えたのに、と思うと、たまらなくなって、俺はまた泣いた。
「坊や、どうしたの?ご飯の味が合わなかったの?」
俺は首を振った。俺は落ち着いた後、飯を食べ終わった後に、覚えてる限りの、身の上話をした。夫人とその主人は、とても衝撃を受けていた。すべてを話し終わった俺は、飯を食べさせてくれたことに感謝して、その屋敷を後にしようとしたんだが、それを夫人が止めた。
「坊や、行く当てはあるの?もし行く当てがなかったら、私たちの家に住まない?ねえ、あなた、いいでしょう?」
「うむ、それがいい。私たちは昔、一人っ子を幼くして亡くしてしまってな。もし育っていれば丁度君ぐらいになっていただろう。君が良ければ、私たちの養子として、ここへとどまっても構わないぞ。どうだ?」
俺は二人に何度も感謝した。そしてその日から、俺はその家の養子として育てられることになった。それが、クガ家だったんだ。以来、俺は拾ってくれた二人に恩を返すために、王立の士官学校に入り、たくさんの知識と鍛錬を積み、そしてちょうどそれから10年後、俺は史上最年少の若さで虫人を束ねる大都督になった。
ここに来てからはターターの消息はしばらく聞いてなかったから、奴はとっくに死んだと思っていたが・・・まさか、生きていたとは・・・!
・・・
全てを話し終えたクガは、遠くを見るような目をしていた。おそらくその目には、死んだ兄が写っているのだろう。
「そんなことが・・・あったなんて・・・」
「大都督・・・」
「・・・」
3人は、大都督から初めて語られた壮絶な過去に絶句し、ただただ、立ち尽くしていた。
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