第16話 技のキクマル、力のマサル
クガとトルヴィアは突如現れた飛蝗の虫人兄弟に不意打ちを食らうも、すんでの所で変身したことにより体と玉璽は無事であった。だが、ナナフシは今やごうごうと燃え盛る炎に焼かれて跡形もない。この場合は運転手に賠償責任が発生するので、クガはこの前もらったせっかくのボーナスがそのままそっくり賠償金として取られてしまうことが決定してしまった。そのためクガの心は目の前のナナフシのごとく怒りの炎が燃え上がっていた。
「ぜってえに許さねえ、トルヴィア、いくぞ!」
「ええ!」
二人は飛蝗兄弟にとびかかった。クガがキクマルを、トルヴィアがマサルを相手取る。
「お前たち、下がってろ!」
「岩の向こうに回ってこいつらの救援が来ないか見張ってるんだ!」
兄弟は子分らを下がらせると、それぞれの片眼にはまっているコードをぎゅるぎゅると回し、二人に応戦した。
まずキクマルは、クガが繰り出す打撃、蹴撃をひらりひらりと紙一重でかわしつつ、わずかな隙を見つけてはそこへ多種多様な蹴り技を浴びせた。そしてどれもしっかりと技名を叫んでから放つのでとても分かりやすかった。
「
「飛蝗
「
技そのものは特に強くはなく、注意して構えればすべて見切れる技ではあったが、何分休む暇なく次々と繰り出してくるので反攻のタイミングがつかめず、クガは自然と防戦一方になってしまった。
「くそう、いったい幾つ技をもってやがるんだ、次から次へと反転の隙がまったくつかめん・・・」
これこそがキクマルの最大の強み、矢継ぎ早に技を放って反撃の隙を与えずに体力をじわじわと奪っていく。”技のキクマル”の名は伊達ではない。たいしてマサルは、トルヴィアが振り下ろしたハルバードを白刃取りして、全く微動だにしない。彼女が押しても引いても、彼はものすごい力でハルバードを押さえつけているために動けないのだ。
「な、なんて力なの・・・!」
そしてとうとう、ハルバードの刃をへし折ったマサルは雄たけびを上げてトルヴィアに迫り、力強い正拳突きを放った。脊髄反射の動きで間一髪その攻撃をかわしたが、その拳はちょうど真後ろにあった大木に大きく鈍い音を立ててめり込み、大きな穴をあけた。その穴が起点となって大木は周りの気の枝を巻き込みながら倒れていく。
それを見た彼女は身震いした。もしもあれが自分に当たっていたらおそらくただでは済まなかっただろう。
「そらあっ!!」
「!」
一瞬の隙をついてマサルがトルヴィアにとびかかってきた。彼女はとっさに相手の両手を握り、動きを封じるが、マサルはものすごい力で握り返し、逆にトルヴィアの腕をねじ伏せていく。トルヴィアは女性の中ではかなり力持ちであると自他ともに認められる女丈夫であったが、マサルはそんな彼女の腕を楽々と押さえつけている。男女間でどうしても浮き彫りになる力量差を差し引いたとしても恐るべきものであった。”力のマサル”の呼び名は伊達ではない。
「ぐぐぐ・・・」
「へへへ、お姉さん案外大したことないね、ほらほら早く解かないと腕がもげちゃうよ。」
ジワジワと腕をひねりあげられて、仮面の下に苦悶の表情を浮かべるトルヴィアの視界に、[IDEA:BEAM]と疑似網膜が提案した。とっさに彼女はワム粒子を角に集中させてレーザー光線としてマサルに浴びせた。
「うわあっ!!」
光線による牽制は功を奏し、トルヴィアはマサルの拘束を抜け出した。思わぬ不意打ちに面喰い、しりもちをついてしまった。これ幸いとばかりに彼女は反撃に移り、角にかざした両掌にワム粒子を集めて高エネルギー膜を発生させ、組み付かれる隙を与えないように打撃とチョップを連続で打ち込んでいく。
「あっ、あつっ!あつ、あつ、あっちぃ!!」
彼女の拳を止めても高エネルギー膜のやけどするような熱さでマサルはまともに防御が出来ずにすぐに放してしまう。そしてまた、彼女の打撃が入る。だがトルヴィア自身は断熱手袋を着こんでいるので全く熱くはない。既にマサルはトルヴィアのペースにのまれていた。
そして、キクマルとクガの方にも動きがあった。クガはある時を境に動きを止め、腕を顔の前で組んで防御の態勢を固めてキクマルの攻撃を受け続けていた。
「どうしたの?もう避ける気力もないのかな?」
「・・・」
「何とか言ったら・・・どうなんだよぉぉぉ!!」
キクマルは急速に接近して微動だにしないクガの真正面から拳を放とうとした。しかしそれこそがクガが待ち望んでいたものだった。キクマルの拳が当たる寸前にクガは彼の眼前で思いっきり両手をパン!と叩いた。
「うっ!?」
キクマルの動きが一瞬、止まった。その一瞬を逃さずにクガはキクマルの顔面に右拳を思いっきり打ち込んだのだった。
「ぐはっ・・・!」
「どうした?もう避ける気力もないのか?」
”猫だまし”作戦を見事に成功させ、戦いの主導権を取り返したクガは今までの逆襲とばかりにキクマルを両腕でつかみ上げ、自身の体を倒れこませながら相手を頭から思い切り地面へと投げ落とした。所謂バックドロップを決められたキクマルは地面に大の字に倒れこんでしまった。すると、彼の左目にはまっているコードが赤い光を放って点滅を始めた。同時にマサルの右目も点滅を始めている。
「し、しまった、エネルギーがもう残り少なくなった・・・!」
「どうしよう、兄さん、こいつらめっちゃ強くて倒せないよ・・・!」
「仕方ない、せめて玉璽だけでも・・・!」
兄弟が戦いの勝敗はあきらめて玉璽を狙おうと炎が今だ立ち上るナナフシの残骸に近づこうとしたとき、上空から大きな叫び声が聞こえた。
「大都督ー!!」
「ご無事ですかー!!」
ミヤマとコクワがついにやってきたのだ。もはや兄弟に勝ち目はなくなった。
「くそう・・・しかたない、ここは撤退するぞ!お前たち!」
「兄さん!今度の作戦は失敗したら絶対に許さないって”ターター”さんが・・・」
「マサル、すまない、相手を見誤った僕の責任だ、罰はこの僕キクマルがすべて引き受ける。」
「兄さん、ダメだ、兄さんだけに痛い思いはさせられない・・・!僕も一緒に罰を受けるよ!」
「マサル・・・」
炎の中から玉璽を回収したコクワとミヤマは道路の岩を両方破壊した後すぐにK21区へと戻っていく。後は飛蝗兄弟を捕まえるだけだ。
「さあ、あなた達、国王の姪である私とその師である大都督に、喧嘩を打った落とし前、つけさせてもらうわ!行くわよ、大都督!」
トルヴィアはクガに呼びかけて二重蹴撃を兄弟に喰らわせようとしたが、なぜかクガは呼びかけに答えずに立ちすくんでいた。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ大都督!!」
「・・・ターター・・・ターター・・・そんな・・・まさか・・・!」
あのクガが小刻みに震え、ターターと言うものの名を繰り返し呟いてはぶつぶつとうわごとを言っている。明らかに様子がおかしい。だがこのままでは兄弟に逃げられてしまう。
「大都督!どうしたのよ!まだ戦闘中よ!」
「・・・!あ、ああ、悪い・・・」
ようやくクガは正気に戻ったが、時すでに遅し。兄弟は肩を組んで、かく乱のために残りのワム粒子を全て吐き出した。
「「ワム粒子、開放!!」」
二人のコードが排気口よろしくワム粒子を勢いよく噴出して、クガとトルヴィアの疑似網膜をかく乱させた。しかし、トルヴィアは冷静に仮面をパージし、肉眼で山肌を駆け下りていく兄弟と盗賊団の姿をみとめると、ベルトの前に手をかざして親指くらいに小さな蛹状の物体を造換し、キクマルの方に向かって投げ飛ばした。蛹は見事にキクマルの右肩後ろに引っ付いた。ワム粒子が完全に抜けきったころには、あの蛹型盗聴器の信号を頼りに盗賊団のアジトを探すことが出来る。とりあえず、玉璽は守ることが出来たが・・・
「逃げられたわね・・・ねえ、あなたさっきはどうしたの?」
「あ、いや・・・何でもない、少し、な・・・」
「あいつらが言い出したターターって人に反応してたけれど・・・その人、誰?」
「いや、本当に、本当に何でもないんだ・・・さっきは、取り乱した、すまなかったな・・・」
「・・・」
「と、とりあえず、K21区に戻ろうぜ。」
クガの様子が明らかにおかしくなっている。彼はいつも豪胆で車が燃えても冷静沈着だったのに、ターターさんという人物の名前が兄弟の口から出ただけで、彼は取り乱した。これは何か裏がある。彼は何か知っている。
逃げるようにしてそそくさと飛び立ったクガを、怪訝な目で見つめながら、トルヴィアも羽を広げてK21区へと戻ったのであった。
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