第14話 最強の二人

 翌日。クガがトルヴィアを鍛錬しているとミヤマがとても慌てた様子で二人の元へ駆け寄ってきた。


「大都督!!一大事です!!」

「どうした?」

「およそ5000匹の変異虫の大群が、K21区防衛線を突破したとの報告です!」

「なんだと!?あそこには対変異虫忌避剤散布機虫よけがあるはずだ!」

「おそらく・・・長年の散布で、変異虫は忌避剤に対する耐性を持ってしまったものかと・・・!」


 それを聞いて大都督は、しばし考えた後にコクワも呼び寄せて命令を伝えた。


「コクワ、お前はすぐに変異虫討伐隊を編成して俺と共にK21区に急行するぞ。ミヤマはここで待機し、守備を固めろ。」

「「御意!!」」


 二人は同時に変身し、それぞれの持ち場へと向かって行く。そしてクガも飛び立とうとしたとき、トルヴィアが待ったをかけた。


「大都督、私も・・・」

「駄目だ。お前はまだ未熟だし、仮にも王族を危ない目に遭わせるわけにはいかない。万が一のことが起ったらどうするのだ。」

「関係ない!私も軍人よ!」

「ここで待機し、ミヤマ副都督の指示を待て。いいか、これは命令だぞ。」

「・・・御意。」


 彼女は不服だったが、しぶしぶ引き下がった。そして、コクワから討伐隊の準備が整ったとの報告を受けると、そのまま変身して討伐隊と共に空へと飛び立ち、K21区へと急行した。


 王都から北西に向けて50キロの地点にあるK21区は、山と海に挟まれた狭い平地にわずかに人民が暮らしているだけの土地であったが、このすぐ上まで変異虫の生息域が接近しているため、堅牢な防衛線が張られ、王国の兵たちが日ごろ変異虫とにらみ合っている。だがその防衛線が破られた今、変異虫は人間たちの営みをことごとく食い尽くさんとしていた。今進入しているのは緑色の金属光沢がまぶしい変異虫、ミドリコガネジバシリの大群だ。大柄な体の割には自動車と並走できるほどには速度が速く、しかもこれまで変異虫避けとして有効であった忌避剤への耐性も獲得した厄介な虫だ。体制を獲得した虫は早急に駆除せねばならない。


 そのうちの一匹が、民家の畑に押し入って作物を食んでいるときに、上空から急降下してくる物体があった。その物体は虫に直撃し、臓物を外殻ごと踏み潰し、死に至らしめた。クガの急降下蹴撃がさく裂したのだ。コクワなどの他の虫人も続々と到着し、各自変異虫との戦闘を始めている。クガは大声で叫んだ。


「者ども!!この変異虫は忌避剤への耐性を獲得している可能性がある!!一匹たりとも逃すな!!」


 虫人達は応、と威勢よく答えて変異虫と立ち向かった。変異虫たちは敵が現れたと知るや否や羽根を震わせて威嚇し、虫人達への攻勢に出た。


「虫けらめ・・・どおりゃあああ!!」


 襲い掛かる虫たちの腹をクガの貫手が貫く。すかさず虫を振り払い、背後に迫った別の虫に回し蹴りを食らわせた。彼は自分の頭の両角に手をかざすと、その手に鍬形の角を模した投擲とうてき武器、スタッグブーメランが造換された。それを思いきり虫の集団に向かって投げつけると、ブーメランは白熱し、虫たちの体を次々と切り裂いていった。だがまだ虫たちの数は減らない。それどころか、倒された虫たちの死骸を食べながらこちらに攻撃してくる。


 そこでクガは、戻ってきたブーメランを再び手に持ち、新たに造換した鎖で両端をつなぎ留め、近接武器スタッグ・ヌンチャクとして作り直した。一方の節を持ってもう一方の節を振り回し、両方の腕で持ち替えながら、腕に脇に、腰に背中にと華麗に捌いて、再び構える。


「さあ、きやがれ!」


 彼らの戦いはまだ始まったばかりだ・・・。


 ・・・


 その頃王国軍本営では、トルヴィアは落ち着かない様子であった。デスクに座ったかと思えば貧乏ゆすりを繰り返し、立ち上がったかと思いきや室内を歩きまわって、ととにかくせわしない。対してミヤマは流石に場数を踏んでいるからとても落ち着いている。万が一に備えていつでも出陣できるように全員を首から下だけ変身させて臨戦態勢をとらせて、あとは通常通りの大都督の公務を続けていた。


「姪君様、少し落ち着いてはいかがです?」

「そうね、分かってる、分かってるんだけど・・・」

「・・・大都督の事が気になるので?」

「ち、ちがうわよ!べ、別に大都督の安否なんて全然心配してないんだから!変異虫をちゃんと食い止められてるか心配なだけなんだから!!」


 トルヴィアは慌てて誤魔化したが、それは逆効果だった。しかしミヤマは当然分かっているといった顔でうなずいた。


「落ち着かないほど心配なのなら、どうして大都督の元へ向かわないのです?」

「だって、おとなしくしていろと命令が・・・」

「姪君様、”将外にありては、君命も受けざる所あり。”ですよ。命令に忠実なだけでは軍人は務まりません。」

「けど・・・」


 すると、ミヤマは突然痛い、と叫んで目を覆った。


「あー、なんか目が痛いなー、目が痛くて瞼が開けられないなー、今出ていかれたら気づかれないかもしれないなー、目を離した自分の責任になっちゃうなー・・・」


 トルヴィアはミヤマの行動に困惑していたが、すぐに意図を察し、ミヤマに一礼した。


「感謝します、副都督・・・!」


 言うが早いが、トルヴィアは速攻で仮面兜をかぶって本営を後にした。窓の外からK21区に向かって飛び立つ赤い閃光を見て、ミヤマは安堵した。命令に背いた罪をどう受けるかは、とりあえず皆帰ってから考えようと、独り言ちた。


 ・・・


 K21区での戦闘は熾烈さを増していくばかりであったが、段々と虫人達に疲れが見え始めていた。このミドリコガネジバシリは変異虫の中では大して強くない虫なのだが、それは単体で戦った時の話。それらが徒党を組んで大群で襲い掛かればいくら鍛錬を積んだ虫人とて駆除するのにはかなり骨が折れる。だが、ようやく全体の半分を駆除しきったところで、コクワの疑似網膜が生体反応をつかんだ。この区域の住人はすでに全員シェルターに避難させたと報告が入っていたはずだったが、コクワは念のためその生体反応が見受けられる瓦礫に近寄って改めて簡易走査した。


[BIOLOGICAL_REACTION]

[CHILDREN]

[CONDITION:DANGER]


「なんてこった、子供がいるぞ!」


 コクワはすぐ疑似網膜思念通信回路経由でクガに知らせた。


「(大都督!大変です!瓦礫の下に逃げ遅れた子供が生き埋めになっています!)」

「(なんだと!?早く救出しろ!)」

「(駄目です、虫共が邪魔して、くっ、このっ!)」

「(すぐそっちに向かう!)」


 クガはそれまで相手していた虫の体を一息で引き裂くと、即座にコクワの元へ移動して、周りの虫たちを一掃した。そして、コクワとともに重くのしかかる瓦礫を勢いよく持ち上げた。


「「せーのっ!!」」


 果たしてその中には人がいた。しかも二人だ。だが、片方はすでに死んでいた。しかしもう片方のおそらく子供と思われるものは、死んだ親にしっかり抱き留められてかろうじて生きていたのだった。


「大都督、この子の親は・・・」

「・・・」


 クガは疑似網膜で改めて簡易走査をしたが、すぐに首を横に振った。そして軽く合掌すると、死んだ親の手から生きている子供を救い出して、コクワに渡した。この子の親は救えなかったが、この子はまだ生きている。すぐに避難させなければならない。


「いいか、俺がシェルターまでの道を作る。お前は全速力でこの子を送り届けろ!

 そしてシェルターに戻ったら、を取ってこい。おそらく必要になるだろう。」

「御意!」


 クガはシェルターへの方面に向かって仁王立ちになると、頭の両角にエネルギーを集めて凝縮させて光の球を作り、それを両腕で交差しながら包むと、一旦かがんでから立ち上がって大きく反りあがり、そして頭を前に突き出して破壊光線を一直線に発射した。光線に当たった虫たちは爆発四散して一掃され、わらわらとしていた虫の壁にシェルターへの一本道が出来上がった。コクワは子供を抱いてその道を一目散に飛んで行き、シェルターへと急いだ。

 虫たちはそれをものともせずには再びわらわらと集まって虫人達に襲い掛かった。特にクガへ我先にと襲い掛かってくる。


「畜生、きりがねえ・・・」


 虫人のワム粒子エネルギーは、戦闘中では大量に消耗する。一度ワム粒子が切れると強制的に虫装が解除されて、しばらくは変身が出来なくなってしまう。クガは先ほどの破壊光線で大量にワム粒子を消耗し、活動限界までもう3分もなかった。そしてようやく、数えて3000匹目の変異虫を息が上がりながら倒して、一息ついたその時、キシャアと奇声を上げて一匹の変異虫が死骸の中から現れてクガの背後を襲った。死骸の中に隠れて移動していたために気づくことが出来なかった。


「(しまった・・・避け切れない・・・!)」


 今どんなに急いで防御態勢を取ったとしてもダメージは避けられない。彼が一瞬でそれを自覚しせめて痛みに耐えようと口を一文字に結んだ、その刹那。


「くらえええ!!」


 上空から勢いよく赤い流星が下りてきて変異虫の体を貫き、間一髪でクガは救われた。クガが振り向くと、そこには変身したトルヴィアが立っていた。必殺のビートルストライクが決まったのだ。


「な、おまえ、なんで・・・!」

「説明は後!手を出しなさい!」


 トルヴィアはクガの手をひっつかむと、その手を握って自分のワム粒子をクガに半分与えた。見ると彼女は補給時に使う外部増設式ワム粒子タンクをベルトに引っ提げている。これだけあればクガも、トルヴィアも十分戦える。


「お前、それ・・・どこで習ったんだ?」


 トルヴィアは自信満々に答えた。


「説明書を読んだのよ。」


 クガは体勢を立て直すと、トルヴィアに背中を預けて共に変異虫と対峙した。見るといつの間にか周りを変異虫が取り囲んでいた。


「昨日の恩返しのつもりか?そんなことしたって命令違反は捨て置けんぞ。」

「恩返しのつもりじゃないわよ!それに、罰を受ける覚悟もなしにここへ来ると思う?」

「・・・ふ、それもそうか。なら行くぞ!!」


 二人はほぼ同時に変異虫へと飛び掛かった。造換したビートル・ハルバードでトルヴィアがたちを薙ぎ払ったかと思えば、クガがスタッグ・ブーメランでその残りを切り捨てていく。また、クガがスタッグ・ヌンチャクで虫たちを突き飛ばしたかと思えば、トルヴィアがそれを貫手でつらぬく。二人の息はぴったりであった。


 そしてついに変異虫の数が10匹を切ったとき、ついにミドリコガネジバシリたちはどうやら自分たちが不利だと悟って元来た道を引き返して逃げようとした。だが、そこには戻ってきたコクワが仁王立ちして待ち構えていた。どの町にも必ず一つは置いてある、変異虫退治の必殺兵器、重光線装置を担いで。


「虫共、くらええっ!!」


 重光線装置のトリガーを引くと四角い銃身から一直線に光線が射出され、残った変異虫をことごとく焼き尽くした。しかし、わずかに一匹だけそれを避けた虫がいた。そいつがコクワの目も逃れてどうにか走り去ろうとしたその時。


「逃がすか!!」

「とおりゃああ!!」


 クガとトルヴィアの二重蹴撃ダブルキックがさく裂し、ミドリコガネジバシリの最後の一匹は爆発四散した。爆風が収まると同時に、二人の活動限界がきて虫装が解除された。二人はお互いを見やって笑い、ともにたたえた。


「お前、なかなかやるな。見直したぜ。」

「そっちこそ。流石は大都督ね。・・・それで、私はどんな罰が下るのかしら。」

「罰?何のことだ?」

「おとなしくしてろ、って命令じゃない。命令違反は罰するんじゃなかったの?」

「さあて、俺はそんな命令出してたっけな。出してない命令に違反した所で罰も何もないぜ。ミヤマとコクワにもそういっておく。」


 クガは、わざとすっとぼけてトルヴィアの命令違反を有耶無耶にしたのだ。大都督の粋な計らいにトルヴィアは改めて感謝し、そして力強くハイタッチして、勝利を分かち合ったのであった。

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