第11話 大都督、王に直訴す

 国王は玉座にて公務の傍らクガ大都督が来るのを待ちわびていた。先ほどの決闘は王は観戦しないとしたが、やはりどうしても気になるもので一人こっそりとスクリーンパッドにて観戦していたのだが、あまりにも白熱し過ぎて、


「そこだ!ああ、おしい!」

「それ、もう一発!」

「ああ、今のは良かったのになあ!」


 と、王の立場を忘れ一人の家族としてトルヴィアを応援していた。この決闘は最初から彼女の負けになるとクガから説明はあったものの、やはり悔しさが捨てきれない。そのため、彼女がクガの必殺技に耐えて立ち上がったときは思わず感極まって涙を流してしまった。どうやら私の姪は想像以上に骨太のようだ。負けたとはいえいい試合を見せてもらったなあ、と感嘆していた。そこへ、召使の者がやってきて言った。


「申し上げます!クガ・ミツル征虫大都督がお見えになりました!」

「おお、来たか。すぐ通せ。」


 召使はすぐ踵を返してクガを玉座へと通した。クガは国王陛下にひざまずき、叩頭の礼をした。


「国王陛下に拝謁いたします。国王陛下、万歳、万歳、万々歳。」

「おお、クガよ、よくぞ来てくれた、丁度そなたに会いたかったのだ。さあ、面を上げよ。」


 だがクガは頭を上げようとしなかった。それどころか、罪深き自分を罰してくれと懇願したのだ。


「わが君、どうか私を軍法でお裁きくださいませ。私は不敬者でございます。」

「何、裁けだと?いったいそなたが何の罪を犯したというのだ。」

「私は姪君様を挑発して決闘に誘い込むために、あえてため口で姪君様を叱責しましたが、度量のある姪君様にはその手は通用しませんでした。そのためやむなく、高祖様を匹夫などと罵ってしまったのです。どうか、不敬者である私めに罰を・・・」

「ああ、よいよい。それぐらいで余はそなたを断罪したりなどせぬ。トルヴィアは高祖メディン・カヴトを心より尊敬しておる。彼女が主体となって行っている発掘事業ももとは高祖の偉業に倣って始めたことなのだ。彼女を挑発するにはそれが一番良かったのだ。その件は不問とするから、さあ、楽にせよ。」

「有難き幸せ・・・ご厚恩、感謝申し上げます。」


 そして、クガはようやく頭を上げて国王に決闘の結果を報告した。もともとこの決闘はクガが国王に頼み込んで実現したもので、彼女が虫人としての適性があるかどうかの試験も兼ねていたのだ。


「陛下。有り体に申しますならば姪君様は虫人としては全くの素人です。疑似網膜に頼ってようやく及第点、と言った次第です。その上、自分が立てた策に自らがはまってしまうなど戦略の立て方もあまり十分とは言えません。」

「うむ・・・。」

「ですが、胆力だけは彼女は抜きんでております。おそらく既に耳にしていると思いますが、普通の男でも耐えられないことがある私の必殺技に、彼女は耐え、立ち上がったのです。これは私も想定外でした。」

「して、そなたの結論は?」

「・・・適正、あり。と私は見ました。彼女はしっかり教育すれば立派な虫人となり・・・いずれは私や、高祖様を越えるほどの逸材になるやもしれません。」

「まことか?それは世辞ではないのか?」

「いいえ。決して。これは私の素直な感想です。」


 クガは裏表のない人間で、決して”おべっか”を使わないことは国王もよく分かっていた。だからこそ直々に大都督に任じたのだ。


「なんと・・・大都督がそこまで高く評価するとは・・・」

「そして、それに関して国王陛下に、私からお願いがございます。直言をお許しいただけるでしょうか。」

「かまわぬ。申してみよ。」


 クガは再びひざまずき、頭を床に突っ伏して国王に次のように述べた。


「姪君様を、私に下さい。」


 王は驚いた。彼女はもうそろそろ妙齢に差し掛かる。いつか、彼女の保護者としてそのような言葉を聞く瞬間がやってくるだろうと身構えてはいたのだが、今回はあまりにも唐突過ぎて度肝を抜かれた。


「何!?」

「姪君様を、私が直々にご指導したいのです。」


 ああ、そういう意味であったか、と国王は心中で安堵し、胸をなでおろした。裏表がないことはいいのだが時には言葉を選ぶことも考えるべきである。


「あ、ああ、それなら、別に余は構わぬが、何故そなたが自ら?その役割はもっぱら教育係に任せるべきではないか?」

「失礼ながら、ダイヤモンドを磨けるのはダイヤモンドのみでございます。彼女はいわば原石です。勿論教育係は精鋭ぞろいですが、彼女を磨くには少々役不足と思います。それに・・・」

「それに?」

「戦士がより強くなるためには、お互いに切磋琢磨する好敵手、即ちライバルと言う存在が不可欠であります。私は大都督となってから自分の座を狙って挑戦する者たちも含めて、私に敵う者はいませんでした。同じ程度の力量の相手がいないというのは、戦士にとってはそれだけで退屈であり、いずれは堕落を招きましょう。ですがもし私に姪君様をお任せになられるのであれば、決してそのようなことには致しません。わが君、どうか私に姪君様の監督権と、三か月の時間をください。そのうちに私が彼女を立派な戦士に育て上げて見せましょう。」


 クガの決意を伴ったまなざしを見て国王はついに心を決めた。


「よろしい。そなたの決意、この国王がしかと聞き届けたぞ。では改めて、クガに王命を下す。」

「ここに!」

「トルヴィア・カヴトを本日付で王国軍へ訓練兵として入隊、そしてその教育係にそなたを任ずる。」

「御意!感謝いたします・・・!」


 クガは国王に深々と一礼し、踵を返して玉座の間を後にした。

 トルヴィアが無断で虫人になってから早くも五日がたっている。国王は一時はどうなる事かと気が気ではなかったが、クガの協力もあってどうやらこの件は丸く収まりそうだ。国王がそう独り言ちながら微笑んだ時、そこへ、再び召使の者がやってきた。


「申し上げます!通商連合のナカザイ代表がお見えになりました!」

「・・・ああ、分かった。お通ししろ。」


 国王から笑顔は消え、すぐに顔が曇り始めた。通商連合の代表がここへやってきたときにはいつも国王は険しい表情になる。なぜなら彼らの周りには黒いうわさが絶えず付きまとっているからだ。だが、国王は彼らとも商売や予算の貸借を行っているし、彼らはこの国の経済の長であるために簡単に取り締まることは出来ずじまいであった。そのため彼らは増長し、いつしか国政に口を出すまでになってきている。この前の銀河連邦への移民決議においても、彼らが物言いをつけたために結局立ち消えとなってしまった。

 そして、玉座の前まで召使の案内も無視してどかどかと入り込んできた灰色の服に紺色の帯を巻いた男が入ってきた。この人物こそがナカザイ代表だ。


「ナカザイが、国王に拝謁いたします。」

「苦しゅうない、楽にせよ。」

「感謝いたします。」


 手短に礼を済ませると、代表は早速本題に切り込んだ。


「陛下。私目が本日参ったのは、姪君様への債務の件について、陛下にご確認をしにまいりました。」


 国王は、とても嫌な予感がした。


 ・・・


「起きろよ、怠け者!」


 トルヴィアはいきなりの大声に飛び起きた。自分はまたもや病室にいる。時計を見るにあれからまた半日くらい意識がなかったようだ。窓の外ははすっかり夜になっていた。クインヴィとサナグの二人はいないが・・・代わりに目の前にはなぜかクガがいた。


「やっと起きたか、眠り姫。」

「・・・敗者を笑いに来たの?ふん、好きなだけ笑い飛ばしなさい!」


 ふてくされるトルヴィアにクガは肩をすくめて弁明した。


「はは、そうむくれるな。だが決闘に負けて落ち込んではいないことだけは分かった、さすがはカヴトの一族だ。気骨は誰にも負けやしない。」

「なによ、今更褒めたって・・・」


 クガは、トルヴィアの横に置いてあるミニデスクに一枚の書類とペンを置いた。


「なに・・・これ・・・?」

「今回の決闘は、お前が虫人として適性があるかどうかのテストも兼ねていたのだ。だがお前を挑発した時、高祖の名を侮辱したのは行き過ぎだった。改めて謝罪する。」


 クガは深く頭を下げて非礼をわびた。その様子にトルヴィアは困惑した。


「ちょ、ちょっと、一体何が目的なのよ?適正って・・・?じゃあ、まだ私には虫下しは打たれてないってこと?」

「そうだ。」

「どうして・・・?」

「お前は虫人になってからわずか二回で、疑似網膜頼みとはいえあのヤオを追いつめたのだ。そんな逸材をみすみす逃すほど、俺も愚かではない。どうやって虫人になったのかは、この際関係ない。最もどうせお前の事だ、ジロウケイの食いすぎだろ?」

「なっ、そ、そんなわけっ!ないわよ!」


 図星だった。慌てて違う違うと言ってもますます疑われる。トルヴィアはゴホン、と咳き込んで落ち着きを取り戻した。


「何にせよ、お前は虫人になってしまった。なってしまった以上は、これからお前を貴族ではなく、一人の軍人、戦士として扱わねばならない。これはその誓約書だ。既に国王からは許可をもらって、判も押してある。後はお前次第だ。無論、これは強制ではないから安心しろ。」

「・・・これにサインしたら、私はどうなるの?」

「本当なら訓練生として教育係にみっちりしごいてもらうが、お前は特別だ。この大都督直々に、お前を鍛える。」

「・・・」

「どうした?サインしないのか?」


 ここ数日で、いろんなことが次々に起り続け、トルヴィアを取り巻く状況が刻々と変わってきている。一週間前までは、自分はただの生娘だったのに・・・トルヴィアはサインをするべきか逡巡している。しびれを切らしたクガは、再び・・・。


「まあ、無理にとは言わないぜ。たとえお前が虫人にならなくても構わん。だが、そうなったら最後、お前は一生後ろ指をさされながら生きていくことになるぞ。”あいつは虫人の使命から逃げた負け犬だってな。」


 その言葉がトルヴィアの心に火をつけた。素早くペンを手に取り、トルヴィア・カヴトと殴り書きして、クガに向かって強く突き付けた。


「別にしないなんて言ってないわよ!!毎回毎回、一言一句むかつく男ね!!いいこと?軍に入ってあなたより強くなった暁には、あんたなんてぶっ潰してやるんだから!!」


 クガはそれを受け取り、大いに笑った。


「ははは!その心意気や良し!そうこなくっちゃこっちも面白くねえ!ようし、善は急げだ。明日の朝いちばんに演習場へ来い。早速明日から訓練を始めよう。ただし、俺に師事する以上は、普通の訓練は出来ないと思え。」

「上等!なんでも軽くこなして見せるわ!そしてあんたをぶっ潰す!」

「うーむ、気骨も十分。素晴らしい。わが王国の未来は明るいぞ!」


 クガは豪快に笑いながら上機嫌で病室を後にした。

 トルヴィアはクガがいなくなったのを確認して、思いっきりあっかんべ、をした。

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