第12話 宿なし令嬢

 軍隊の虫人達は男も女もそれぞれ王国を守る軍人、戦士としての誇りを持っており、仲間意識が強い。そのため軍務関係以外のよそ者が首を突っ込むのはあまり好まない。特に貴族、王族が軍隊の真似事をするのはまさしく唾棄に値するものと考えているのがほとんどだ。

 だが、そんな彼らでも王族のトルヴィア様が正式に王国軍に入隊し、クガ大都督に直接指示すると聞いたときには、流石にみな彼女の方を哀れんだ。クガの名前を出すだけで古傷が痛み出すというものまでいるくらいには彼は虫人の間で畏怖の念を抱かれている。


「姪君様も運がねえよなあ、よりによって師匠があの大都督だもん。」

「でも姪君様、大都督の必殺技に耐えたんでしょう?あれに耐えられればたいていのことは大丈夫よ。」

「まぐれだよきっと・・・今にコテンパンにされるぞ。大都督は女でも容赦ないからな・・・三日たえられりゃお慰み、ってとこかな。」

「大都督も大都督だ、なんであんなひょろい小娘なんか・・・」

「しっ、仮にも相手は王族だ、言動を慎め。」

「まあ、ここはひとつ様子見と行きますかね。」


 しかし彼らのはことごとく覆された。武芸にも多少通じていたというのもあるが、彼女は朝から晩までクガの与えた試練に恨み節をつぶやきながらも耐え抜いた。勿論、どうしても挫けそうな時もないわけでは無かった。だがそんなとき、クガのとっておきの”激励”で彼女は奮い立った。


 走り込みの場合、


「ほらほら、まだ半分もいってないのに速度落ちてるぞ!これじゃ赤ん坊の散歩だ!」


 基礎体力作りの場合、


「おいおい、これぐらいのプランクでへばってたら俺を倒すなんて夢のまた夢だぜ?」

「どうした、50回懸垂しただけでもう終わりか?カヴト令嬢様も大したことねえなあ!」


 肉弾戦の演習の場合、


「何だそのへぼい拳は!そんなんじゃ新聞紙も貫けないぞ!」

「回転蹴りの時は自分はコマになったと思え!そんな”クルクルパー”な回り方じゃ変異虫は倒せないぜ!」


 などと、わざと頭にくるような言葉を並べてトルヴィアを煽ったのだった。

 事実、この言葉は彼女にとってどんな励ましの言葉よりも一番効果があった。煽られるたびに、


「(今に見てなさい、いつかあなたよりも強くなって今までの”恩返し”をしてやるんだから!)」


 と彼女は闘志を燃やし、石にかじりつく思いで特訓メニューをこなしたのであった。虫人達はそんな彼女の姿に感心を覚え、段々と彼女を認めるようになっていった。

 そして何より、彼女がやってきたおかげで彼らには一つ楽しみが出来た。

 それは夕方の通常訓練終了後、夕飯前の休憩時間に必ず行われる、トルヴィアとクガの一本勝負の見物であった。

 クガは大都督になった直後、虫人達同士の意識を高める為、より優れた人材確保のため、そして己を引き締める戒めとしてある掟を定めた。


「このクガを一度でも倒した者には、大都督になる権利を与える。」


 形式はどうあれ、自分を負かしたものには自分の次に大都督になれる権利を与えると国王の許可をもらったうえで各メディアで国中に伝達した結果、彼の座を狙い、一発逆転を狙って多くの者たちが彼に勝負を挑んだのだ。勿論、今まで彼に勝てたものは一度もいないし、勝った所ですぐには大都督になれるわけでは無い。また、戦いを挑まれるたびにクガの強さが浮き彫りとなり、今では彼に挑もうとするものは殆どゼロに等しかった。・・・トルヴィアがやってくるまでは。


「さあ、どこからでもかかってこい。」

「言われなくても!とぉりゃぁ!!」


 変身して、全力を尽くして二人が戦うさまを見て、虫人達は一喜一憂した。彼女はとにかく勝つためにあらゆる手を尽くしてクガに挑むので、毎日のように見ていても飽きが来ないのがこの勝負のいい所であった。そしてそれらの策に見事に対応し、トルヴィアを全力で下す大都督にも、虫人達はうならされた。


 そんなことが二週間以上続いた、ある日の夕暮れ。

 毎度のごとくトルヴィアはクガに敗れ、ワム粒子を全て使い切ってばったりと仰向けに倒れていた。虫装を解いた彼女の鍛錬服はあつらえてからまだ2週間だというのに既に土ぼこりにまみれていた。


「くっそ・・・あと、もう少し、なのに!!」


 悔しがって地団太を踏むトルヴィアの横で、クガは余裕綽々で虫装を解いた。


「ははは、まあ、最初に戦った頃と比べればだいぶ動きも先読みも良くなった。その時のお前と今のお前が戦えば、間違いなく今のお前が勝つだろうさ。2週間でここまで出来りゃ上等だ。じゃ、今日はこのくらいにしようぜ。ほら、いつまでも寝てないで立て!」


 大都督が差し伸べた手を、トルヴィアは払った。


「じ、自分で・・・立てる・・・から!」

「そうか?ならいいが。」


 よろよろと立ち上がって歩き出したはいいものの、ふらふらと足元がおぼつかず、すぐに躓いてしまう。


「おいおい大丈夫か、肩ぐらい貸してやるぞ?」

「助けなんかいらない!!自分で・・・歩く・・・!」

「・・・ちっ、めんどくせえ女だ・・・そうらっ!!」



 しびれを切らしたクガは何とトルヴィアを両腕で抱きかかえてすたすたと歩き出した。俗にいう、お姫様抱っこだ。


「ちょ、ちょっと!何するのよ!降ろしなさい!」

「お前の足に合わせてたら先に陽が沈んでしまう、これが一番手っ取り早い。」

「みんなにこの姿を見られてるわ、恥ずかしくないの!?」

「見せた所で減るものじゃない。それにお前は一応お姫様なんだろう、だったらむしろこの方が、ていいだろう?」


 虫人達の目線は二人にそそがれていた。トルヴィアはクガの腕から抜け出すほどの力もなく、ただ赤面するしかなかった。


「こんな辱めを私に受けさせて、ただで済むと思わないで!いつかきっとぶっ潰してやるんだから!」

「はいはい、わかりましたよ、


 クガはトルヴィアの罵詈雑言を聞き流しながら、グランドの入り口に止めてあった、テントウムシと呼ばれている大都督私用車の助手席に彼女を乗せると、カヴト家邸宅に向かって走らせた。

 いくら軍人扱いになったとはいえ、仮にも王族を兵舎に寝泊まりさせるわけにもいかないので、彼女はいつも邸宅から送迎する形をとっている。

 グランドを出発して王国放射環状道路8号線に乗れば30分足らずで邸宅につく。

 そしていつもなら門の前にサナグが出迎えに来るはずだが・・・今日は様子が違った。何やら門前ががやがやと騒がしい。


「なんだ・・・?あんなに群がって・・・?」

「どうしたの?」

「なんか人だかりができてるぞ?」


 助手席から降りたトルヴィアがその人だかりの方へ行ってみると、自分の門に張り紙がしてあった。”差し押さえ”と。


「これ・・・どういうこと・・・!?」


 状況の理解が追い付かないトルヴィアの元へ、サナグがかけてきた。


「お嬢様!大変なことになりました!」

「どうしたの?」

「通商連合の方々が、突然やってきて、発掘調査の担保金の取り立ての名目で弁済期限を繰り上げ、我々の邸宅を家具もろとも差し押さえたのです!」

「何ですって!?」


 彼女が憤って邸宅に入ろうとすると、そこへ黒服の大柄な男が現れた。通商連合の代表、ナカザイだ。


「これはこれは姪君様、どちらへ向かわれるのですか?ここはもう貴方様の家ではないのですよ。」

「ナカザイ・・・やはりあなただったのですね。このような越権行為、国王が許すとお思いか!!」

「何をおっしゃる。私はその国王から直々にお許しをもらったのです。この通り。」


 ナカザイは懐から王の署名と玉璽が押された書簡をトルヴィアに見せつけた。それは確かに国王の者で間違いなかった。


「そんな・・・叔父上様・・・どうして・・・」

「私が国王に直談判を致しました。王国全体の債務圧縮を条件として、弁済期限を大幅に繰り上げての私財差し押さえを許可したのです。ああ、国王はなんと賢明な方であらせられるか。私より公を優先するはまさに為政者の鑑である。」

「・・・」

「どこぞの土いじりが好きなじゃじゃ馬に爪の垢を煎じて飲ませたいですな。全く、私財をなげうって掘り出したものが虫の死骸とは・・・おっと、失礼。独り言をお許しください。」


 わざわざ聞こえやすいように言い放ったナカザイの無礼な態度に、さすがのトルヴィアも怒りを覚えたが、先に怒ったのはサナグであった。


「ナカザイ殿、身の程をわきまえよ!!そのほうが侮辱したるは王の姪君であることを忘れたか!!」

「侮辱ですって?何も私は姪君様とは一言も言っておりませぬ。それに、王族とて商いの前には一人の顧客。顧客たるもの契約には貴族とて逆らえぬと、貴族諸法度に記されておる。何よりも、それを同意の上で判を押したのは姪君様、あなたご自身でしょう。」

「この・・・無礼者が!!」

「よしなさい、サナグ。もういいわ。ナカザイの言葉はムカつくけど、間違ってはいない。ここで面倒を起こしては余計に事がこじれるわ。」

「し、しかし・・・」

「流石は姪君様。ご賢明にあらせられますな。」


 トルヴィアやサナグは、もう何も言い返す気力はなかった。ただじっと、自分の生まれ育った邸宅のあちこちに”差し押さえ”の張り紙が張られていくのを眺めていくしかなかった。


「ではお二方、もう、よろしいかな。私も忙しいものですから。しからば、これにて。」


 ナカザイは勝ち誇ったようにその場を後にした。いつの間にか人込みも消えて、辺りは静まり返っている。陽もすっかり沈んで辺りには夜のとばりが下りていた。


「仕方ないわ・・・今しばらくは王宮で寝泊まりましょう。」

「お嬢様、王宮の来賓宿舎は既に使えませぬ。銀河連邦からの使者がお使いになっておられます。どんなに早くてもあと三日は空きません。」

「そんな・・・」

「クインヴィ様はもともと王宮暮らしですから良いとして、問題はお嬢様と、私を含めた従者たちの寝床をどうするべきか・・・」

「今から市内の宿に行っても、こんなに大勢だと長くは泊まれないわ・・・どうしましょう・・・」


 二人が頭を抱えている所へ、ゴホン、とわざとらしく咳をしたものがいた。クガだ。


「なんか、面倒なことになったっぽいな。ん?」

「なによ、貴方には関係ないでしょ。ほっといてちょうだい。」

「なんでぇ、つっけんどんな奴。俺がせっかくいい宿を紹介してやろうと思ったのに・・・」

「大都督、あてがおありで?」

「俺の家、即ちクガ家の邸宅なんてどうだ。あそこは両親が死んで以来俺と数人の従者しかいなくてだいぶ部屋が余ってる。ここよりは少し狭いが、まあ野宿よりはましだぜ。どうだ。」

「お気遣いどうも!でも結構よ、あんたのお世話になるくらいなら野宿でいいわ!」


 意地を張るトルヴィアにサナグが苦言を呈する。


「お嬢様!こういう時はおとなしくご厚意に甘んじるのが礼儀ですぞ!でも、大都督、本当によろしいのですか?」

「遠慮なさらず。こういう時はお互い様です。」

「何と懐の広いお方・・・ご厚恩、感謝いたします・・・。」


 こうして、一時の宿を得たカヴト家の者たちはクガ家の邸宅へと向かった。

 トルヴィアは不服ながらクガと共にテントウムシで。サナグと従者たちはバスを乗り継いで。

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