第10話 甲と鍬形の決闘

 国民運動場第二競技ドームの観客席は、普段通りであるならば基本的に満席になることがない。

 だが今回は違った。トルヴィアとクガ大都督がここで決闘を行うということが人づてに伝わった結果、決闘が正式に発表となるまでには既に前から5列目迄の座席は既に完売していた。

 時刻はすでに11時半を回り、太陽がドームの真上に差し掛かろうとしている時だった。

 グランドのど真ん中ではクガ大都督がぽつねんと佇み、相手が来るのを待っている。そしてグランドの端の、所謂ベンチ席では、コクワ、ミヤマ、そしてクインヴィとサナグが座っていた。


 観客席はどよめいていた。そもそも王の姪であるトルヴィア様が虫人になってしまったというのもビッグニュースだというのに、それから間を置かずに大都督と決闘することになるとはいったいどういう風の吹き回しだろうか。観客はお互いに推論した。


「発掘隊の窮地を救った謎のカブトムシ型虫人が、まさかトルヴィアお嬢様だったなんてなあ・・・」

「でもどうして虫人になったんだろう?コードがあったらしいけど、条件がそろわなければ虫人にはなれないんだろう?」

「もしかしたら、ジロウケイの食いすぎが原因じゃね?ほら、ジロウケイによく使われるニンニクは地中のワム粒子を良く吸うっていうし・・・」

「そんなばかげた話があるか、きっと何か、彼女にもどうしようもできない深い理由があって虫人になってしまったのだ。」

「虫人になった理由も謎なのに、それでなぜ大都督と決闘せねばならんのだ?何か気に障る事でも言ったのかな?」

「アンコリーノの他の名前でひと悶着あったとか?ほら、高祖様はアンコリーノの事をアンコリーノ以外の名前でいうとひどく不機嫌になられたそうだから・・・」

「お前はさっきから真面目に推理する気があるのか?だいいちそれは作り話だろう!」


 と、こんな感じで観客がああでもないこうでもないと論戦しているうちに、とうとう時計の針は正午まで5分前となったとき、ついにトルヴィアがグランドに姿を現した。観衆は決闘が始まるのを今か今かと固唾を飲んで見守っている。

 ようやく来たか、とクガは待ちくたびれた様子で、軽く柔軟体操をしながらトルヴィアをさっそく煽った。


「謝るなら、今が最後のチャンスだぜ?感情に乗せられて決闘を挑んだ私が浅はかでした、って頭を下げれば、お前は怪我をせずに済むし、俺は余計な戦いをしなくていい、どちらにとってもいい考えだと思うがな。」


 売り言葉に買い言葉、対するトルヴィアも煽り返す。


「そっちこそ、いやしくも王国のろくんでおきながら高祖の名を嘲ってすみませんでした、私が愚かでした、って私に土下座をしてくれたら、貴方に負わせる怪我はあばら骨三本で勘弁してあげるけど?」


 クガの眉間にしわが寄った。


「いいだろう、全力でお前をぶっ潰す。勝負は一回のみ、制限時間はなし。一度倒れたら3カウント以内に起き上がれなければその時点で終了。またワム粒子切れで虫装が解除されても終了だ。異存はないな?」

「ないわ。いいから、さっさと始めなさいよ、おじけづいたの?」

「ふふ、根拠のない自信に満ちたその高慢の鼻を・・・いや、角をへし折ってやる!!」


 二人は試合開始のゴングの音が鳴り響くのを合図にそれぞれのコードを構えた。トルヴィアはレリーフバックルを、そしてクガは、腕に着けたスタッグブレスを掲げて、同時に叫んだ。


「「変身!!」」


 両者、ワム粒子の旋風に包まれて虫装を纏い、すぐにその姿を現にした。二人の変身した姿は目無し骸骨の仮面と骨がむき出しになったような鎧以外はまるで何もかもが対照的であった。貴族と軍人。男と女。赤と青。甲と鍬形。一本角と二本角。

 先に仕掛けたのはトルヴィアであった。地面を強く蹴り上げて大空へと躍り出た彼女はあいさつ代わりの回転蹴りをクガの顔面目掛けて思いっきり放った。

 クガはそれを左腕で受け止めて、右腕を伸ばして貫手をするも、貫く相手は既にそれを読み切って後方に瞬間移動していた。


「何処見てんのよ!私はここよ!はあっ!!」


 だがそこは流石の大都督、トルヴィアの背面攻撃をなんと振り向きざまに防御してこれを防いだ。


「瞬間移動して後ろから攻撃とは、いかにも匹夫の子孫にふさわしい汚い攻撃だな。ええ?」

「こんのっ・・・またしても罵るか!!」


 激情に駆られたトルヴィアは連続でクガに攻撃を叩き込むが、それらは全ていなされるか防がれるかで全く攻撃が通らなかった。と言うよりも、さっきからクガは防戦一方で全く攻撃しようとして来ない。堅い防御の姿勢を解かないクガにしびれを切らしたトルヴィアは、ふと、ヤオとの戦いに使ったワム粒子放出によるかく乱作戦をもう一度実行することにした。


「ワム粒子、開放!」


 トルヴィアの鎧の隙間からふしゅうと音を立ててワム粒子が煙のように舞い、グランドを包み込む。規定量を大幅に超えたワム粒子の濃度を計測したクガの疑似網膜は、ノイズが走ったり、計測値にでたらめな数字が表示されたりで使い物にはならなくなった。だが、それにもかかわらずクガは数回辺りを見回しただけであとは全く動こうとはせず、ただ、静かに落ち着き払ってたたずんでいた。攻撃の機会をうかがっていたトルヴィアはその様子を見ておかしいぞと訝しんだ。


「(どういうこと・・・?やけに落ち着いている・・・)」


 しかしこのまま静観しているだけではいずれワム粒子の幕は晴れて姿が露になってしまい、撹乱した意味がなくなる。迷った末に、トルヴィアは意を決してクガに突っ込んでいった。この一撃で決める、と右拳にエネルギーを充填し、クガめがけてまっしぐらに打撃を繰り出した。だが・・・


「そこか!」


 トルヴィアの拳が届く僅か拳一つ分という所で、クガはトルヴィアの攻撃をしゃがんでかわし、相手の胸中に強烈な正拳突きを食らわせたのだった。決め手を避けられた上にカウンターをもろに喰らったトルヴィアはのけぞり、地面に倒れた。


「ぐっ・・・ああっ!!」

「ワム粒子で撹乱とは、独学にしてはなかなか面白いことを思いつくな、だがこの策は一度失敗すれば己も窮地に陥れる諸刃の剣だ、だから俺たちはよほどの事が無い限りこの戦法は使わない。」

「く・・・そ・・・なんで・・・疑似・・・網膜が・・・」

「全ての虫人が疑似網膜に頼りきりとでも?暴走状態ならそうかもしれないが、平常時ならそれくらいでは俺たちを欺けないぜ。代わりに自分の五感を使えばいいだけの話だからな。はっ!!」


 クガはついに攻勢に移り、トルヴィアに容赦ない攻撃を仕掛けた。打撃、蹴撃、手刀打ち、全てがとてつもない速さでトルヴィアの体に打ち込まれていく。


「ぐっ、あっ、あぐっ、ぐはあっ!!」

「先ほどの勢いはどうした、んん?」


 トルヴィアは劣勢に追い込まれていた。先ほどのワム粒子開放で自分の疑似網膜も機能が停止してしまい、攻撃予測が全くできない状態なので避けることが出来なくなった。それに加えて、持ちうる活動エネルギーの2/3を使い果たしてしまい、段々と動きが鈍くなり始めて普通に避けることも出来なくなりつつあった。


「ぐああっ!!」


 顎下からの強烈な一撃を食らって、ついにトルヴィアはぐったりと膝をついた。そしてその首を片腕でクガがゆっくりと持ち上げていく。


「独学でよくぞここまで戦った。なかなかに楽しめたぞ。そのお礼に・・・お前に俺のとっておきを食らわせてとどめにしてやる!そうらっ!」


 クガはトルヴィアを大空へ向かって思い切り放り投げると、背中の羽根を開き、両足に青い小さな稲妻をバリバリと放電させながら大きく飛び上がった。

 それを見たコクワとミヤマは驚愕した。


「おい、あれってまさか・・・」

「ああ、間違いない、大都督は本気も本気、必殺のスタッグ・スクリュー・ドライバーを姪君様に仕掛けるつもりだ!」

「かつて大都督の座を狙って襲ってきたものを次々に病院送りにした、あの技を食らったら姪君様もただでは済まないぞ!」

「ああ、どうしよう・・・」


 二人は心配になったが、もっと心配なのはクインヴィとサナグだ。サナグはこれからトルヴィアの身に起きるであろう惨事を想像して、耐え切れず顔を覆い、お嬢様、と一声叫んだあとにそのまま気を失ってしまった。


「お嬢様!!・・・うーん・・・」

「サナグさん!!サナグさん!!お気を確かに!!」


 空中に舞い上げられたトルヴィアの体を回転させて、その頭を足でがっしりと挟み込んだクガは、力強くひねりを加えて回転しながら落下していった。その刹那、地面に轟音が響くとともに土煙が巻き起こり、グラウンドの真ん中には大きなクレーターが出来上がった。その中心には、トルヴィアの上半身がめり込んでいる。


「ふん、他愛もない。・・・カウントを始めてくれ。」


 クガの合図で、観客席のど真ん中に置かれた電光掲示板に大きく「1」の文字が浮かび上がった。

 誰もが皆、トルヴィアの負けを確信した。観客席からいろいろな声が聞こえてくる。


「戦いの最初こそは、よく立ち回っていたのだが・・・」

「まあ、大都督相手によくあそこまで持ったよ。」

「素人がいきなり玄人に勝つなんてそんな漫画みたいなことありっこないよなあ・・・」


 そして、電光掲示板の数字が「2」になった。

 クガは勝利を確信し、カウントが3にならないうちにグラウンドから退場しようとした、その時。


「待ちなさい!!」


 クガは驚いてすぐさま振り向いた。誰もが皆あっと息をのんで驚いた。それもそのはず、いまだかつてこの技を食らったもので再び立ち上がったものは誰一人いなかったからだ。

 だが、トルヴィアは立った。もうもうと土煙が消え去らぬ中、彼女は自分の力で地面から這い出してきたのだ。それはまさに、蛹から羽化して地中から這い上がる甲虫のように・・・


「なん・・・だと・・・?」


 驚き立ちすくむクガに、トルヴィアはゆっくりと近づいてゆく。


「よくも、やって・・・くれた・・・わね・・・!まだ・・・戦いは・・・終わってない!!」

「・・・!」

「反撃・・・開始よ・・・!くらえええ!!」


 自らに残る全てのエネルギーを振り絞って右拳に集中させ、トルヴィアは渾身の一撃をクガめがけて放った。しかし、その拳がクガに届く瞬間に・・・


[BATTLE_OVER]

[SAFETY_SYSTEM_READY]

[虫装緊急解除]


 活動エネルギーが0になった虫人は変身状態を維持できなくなり、虫装が強制的に解除されるシステムとなっている。トルヴィアもその例外ではなかった。


「く・・・そ・・・あと、もう少し・・・だったのに・・・」


 トルヴィアは悔しそうな表情を浮かべながら、ついに気を失ってクガにもたれかかった。クガはトルヴィアを抱きかかえるとすぐにコクワとミヤマを呼びつけて命令した。


「コクワ、お前はトルヴィアをまた病室のベッドに連れて行って寝かせてやれ。ミヤマ、お前は俺の名前で小切手を書いて院長に渡せ。」

「こ、小切手ですか?」

「本当なら今日退院するはずの患者を私的な決闘に連れ出したうえ再び気絶させてしまったんだ、費用くらい払ってやらねば。さあ、連れていけ。俺はまた陛下と話し合ってくる。」

「ぎょ、御意・・・」


 トルヴィアをコクワに任せると、クガは一人グランドを後にして国王が待つ宮殿へと向かって行った。

 クガは変身を解き、道すがら先ほどの戦闘を思い返していた。トルヴィアは虫人としては何もかもが未熟だが、根気だけは目を見張るものがある。特に自分の必殺技を耐えたのは嬉しい誤算だった。どうやら自分は、ようやく巡り合えたらしい。自分を越えるやもしれぬものに。そう思いながらクガはほくそ笑みながら、独り言ちた。


「トルヴィア・カヴト。おもしれー女だ・・・」

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