第三章:軍人鍬形男

第9話 征虫大都督

 翌朝、トルヴィアはいつもより硬めのベッドの上で目覚めた。

 起きた瞬間に顔、手、胴、脚を触って何も異常がないことを確かめる。

 どうやらまた勝手に変身はしていないようで、とりあえず安堵した。

 ただし、今自分がいる個室は、自分がいつも目にする寝室とは違って寒々しく、どことなくくすんでいた。


「お姉さま・・・!」

「お嬢様、お目覚めになられましたか。」


 ベッドの傍らにはサナグとクインヴィが座っていた。そしてその隣にある機械を見てトルヴィアは今自分がいる部屋は病院の一室であることに気づいた。


「サナグ、クインヴィ。私はあれから、どのくらい意識が無かったの・・・?」

「およそ半日です。お嬢様は暴走虫人の放った毒針で全身がマヒしておりましたが、幸い王国軍医療班の素早い処置のおかげで、毒はすべて取り除かれました。」

「そう・・・でも、何故軍事病院に?」


 その問いの答えは、部屋の扉の向こうから聞こえてきた。


「俺がここへ運べと指示したのだ。」


 一同が声の主の方へ振り向くと、そこにはクガ大都督だいととくがけだるそうに立っていた。後ろにはミヤマとコクワもいる。大都督は一堂に礼をしてからこう告げた。


「王女様、執事殿。姪君様と二人きりで話したいことがある。席を外してくださらぬか。」


 サナグとクインヴィは、へりくだりながらも力強く投げかけられた彼の目線から、これからクガが何を行わんとしているかを察した。もうこうなった以上は、自分たちに出来ることはない。心の中で姉に向かってご武運を、と祈りながら静かに席を立ち、部屋を後にした。


「コクワ、ミヤマ。お前たちもだ。外で待て。」

「「御意。」」


 二人も続いて部屋を後にして、部屋の扉は閉められた。

 不安げな面持ちで、クインヴィはコクワとミヤマに縋り付くように尋ねる。


「あの・・・お姉さまは、お姉さまは、どうなってしまうのですか!?」

「王女殿下、ご心配なさるな、大都督は先ほどまで姪君様の件で王と話し込んでおられた。きっと善処なさる。」

「大都督はむしろヤオをあそこ迄追いつめた姪君様の事を高く評価しておいでだ。そしてこれは、大都督の一世一代の大芝居なのだ・・・どういうことかというと・・・」


 コクワとミヤマは二人を近づけて、クガの本当の目的を二人に説明し始めた。


 ・・・


 二人きりの部屋の中には重い空気が流れている。その静寂を破ったのはクガだった。


「俺は、お前に言いたいことが山ほどある。だが、その中でも最も気に入らないことだけ言わせてもらいたい。」

「・・・なんでしょう。」


 クガは数歩歩いて廊下側の壁に立つと、その壁を思いっきり叩いて叫んだ。


「何故、とどめを刺せるところまで追いつめておきながら、敵に無用な情けをかけた!!」

「・・・」

「お前はあの時、あいつの言葉を聞かずに介錯するべきだった。それを、お前が余計な情に絆されたせいで、自分はおろか、王女様、ひいてはシェルターに避難している臣民を危険にさらしたのだぞ!!」


 トルヴィアは何も言えなかった。全く持ってその通りだからだ。


「”模倣極めれば真に違わず”※という言葉を忘れたのか!偶然が重なった末虫人になったのならば、最後まで虫人として貫き通せ!それが出来ないのなら・・・とっととこれを飲んで虫装を解除することだな。」※高祖語録集に記載されていることわざ。真似事も本気で行えば本物と見分けがつかなくなるという意。


 クガは懐から虫下しを取り出してトルヴィアに投げ渡した。これは本来ヤオに打つはずだったものだ。


「陛下は、今回の件でかなり心を痛めている。虫人になってしまったことではなく、お前が、いや、お前たちが王を欺いたことに対してだ。そのために対処が遅れ、ただでさえ面倒な事柄がより面倒になった。王に対して、叔父上に対して、恥ずかしいとは思わないのか?」

「・・・返す言葉もありません。お恥ずかしい限りです。心よりそう思っております。この度は、大多数の方々にご迷惑をおかけして・・・」

「・・・謝罪の言葉は俺ではなく、王に向かって直接言え。」


 トルヴィアはうつむきながらこれを了承した。それを見てクガは鼻を鳴らして部屋を出ようとしたとき、ぼそりとつぶやいた。まるでわざとトルヴィアに聞こえるように・・・


「ったく、高祖の血も落ちたものだ・・・もっとも高祖自体たいした人物でもなさそうだが・・・」


 今まではたとえ敬語を使わない失礼な物言いさえも沈黙していたトルヴィアも、この言葉は聞き逃せなかった。


「待ちなさい!クガ大都督!!」

「・・・なんだ?まだ言いたいことが?」

「まず最初に、貴方のいう事はすべて正しい。今回の不始末は、すべて私の責任です。それは認めます。私をののしりたければ好きなだけののしるがいい。貴方にはその権利があります。・・・でも、わがカヴト家の高祖に対してのその言葉は、決して看過できないわ・・・!!」


 クガは高笑いしながら続ける。まるでその言葉を待っていたかのように。


「ははは、だったら証明できるのか?高祖が本当に大多数の変異虫たちを退けて、王国を興したなどと。俺はむしろ、高祖の本当の姿はお前みたくそそっかしくて向こう見ずで、他人に迷惑かけてばっかりの匹夫ひっぷ(取るに足らない人の意味)だと思うがな!」

「・・・一度ならず二度までも、高祖を愚弄して・・・もう、絶対に許さない!!」

「だったら、どうだというのだ?」


 すると、トルヴィアはすっくと起き上がって傍に置いてあった自分用の手袋をむんず、とつかむと、クガの目の前の床にびたん、と叩きつけた。


「それを拾いなさい!!わが高祖、メディン・カヴトを匹夫などと愚弄してただで済むと思わないで!!」


 手袋を目の前で地面にたたきつけるという事は、即ち決闘の申し入れを意味する。

 クガは目を丸くし、肩をすくめ、そしてまた大声で笑いだした。


「は、はは、ははは!!おいおい冗談だろ、俺に決闘を申し込むのか?」

「貴族の面子を汚されて、黙っていられるものですか!!身の程を思い知らせてやるわ!」

「その言葉そのままそっくりお返ししますぜ、姪君様。あんたは宮殿暮らしが長いから世俗には疎いだろうが、大都督とは、全軍を束ねる司令塔として国王より賜る地位だ。なおかつ、大都督になれる権利を持つのは、虫人の中でも最も強いもののみ。この意味が分かるか?」

「強いかどうかは問題じゃないわ、貴方は私の高祖を罵った。私はカヴト家の名誉を汚された。それで十分よ。さあ!拾いなさい!」


 トルヴィアの意思は固いようだ。クガは全くどうしようもないなといわんばかりに肩をすくめて、手袋を拾い上げた。


「やれやれ・・・どうやらもっと痛い思いをしなければ分からねえようだな・・・いいだろう、その決闘、受けて立とうじゃねえか。場所は俺が用意してやる。半時後以降に国民運動場第二ドームへ来い。いつでも待ってるぜ。」


 そして、クガは踵を返して今度こそトルヴィアの病室を後にしたのだった。


 ・・・


 全てを聞いていたコクワとミヤマはクガが出てくるとすぐに”策”の首尾を聞いてきた。クインヴィとサナグの二人には既に”ネタばらし”をしてある。



「大都督、その様子では上手くいったようですね。」

「ああ、流石に王家の一族だけの事はある。俺の礼を欠いた言動には微動だにしなかった。高祖を引き合いにしてようやく釣れた。この魚は大きいぞ。」

「そんなに・・・ですが、彼女が本当に大都督の言う通り、高祖も超えるやもしれぬ逸材と言うのならば、決闘の際に敗北することもあり得るのでは・・・?」

「コクワ、それについては心配ない。彼女は逸材とはいえまだまだ駆け出しの素人だ。それにたとえ俺を越えていたとしても、何が何でも彼女に”敗北”を教えねばならない。たとえこの身を犠牲にするとしても・・・な。」


 クガはコクワとミヤマに決闘の場を整える為の諸々の手続きをさせるために先に送り出した。そして、二人に向き直ると、深々と頭を下げた。


「既に彼らから事情は聞いたと思われますが、姪君様や高祖に向かって失礼な言動、改めてここにお詫び申し上げます。」

「ああ、大都督、どうか、頭を上げてください。」

「大都督、詫びねばならないのはむしろ私達の方です。姉さまや私たちにこれほどまでに寛大な処置を下さるとは・・・」

「すべては王国の為。私が姪君様のお力となれるなら、喜んで汚れ役となりましょう。それで・・・お二方は、決闘をご覧に?」


 二人は力強くうなづいた。無関係でない以上、二人は事の次第を全て見届けなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る