第8話 卑怯な命乞い

「アヒャヒャヒャヒャ!」

「うわっ!」


不安にかられている隙を狙って、ヤオは長い針をぶん回してトルヴィアを突き刺そうとした。

我に返ったトルヴィアは向き直って体勢を立て直し、己を刺さんと乱舞する針を躱しつつ反撃の機会をうかがっていたが、よく見ると針の先には何やらのようなものが付着している。蜂の針についている液体・・・瞬間に、これは毒だ。とトルヴィアは判断した。それと同時に疑似網膜も[WARNING!_POISON_NEEDLE]と言う解析結果を出した。そうと分かってはただ躱すだけでは危険だ。


「武器、何か武器はないの!?」

[WEAPONS_READY][SELECT_SWORD]

「剣はだめ!棒術しか心得がないわ!」

[SELECT_HALBERD]

「ハルバード・・・いいわ、それでいく!」

[BEETLE_HALBERD_READY][TOUCH_OWN_HORN]


指示通りに自分の仮面の角に両手を触れると、戦斧と槍が合わさってカブトムシの角のようになっているハルバードが造換された。武器を得たトルヴィアは半身で構えて切っ先を目の前の敵へとむける。


「来い!」

「アヒャヒャヒャ!」


ヤオは一心不乱に毒針を打突した。それをトルヴィアは時に受け流し、時に切り返して応戦した。だが、状況はトルヴィアの方が圧倒的に不利であった。本来こちらは貴族のたしなみとして、即ち儀礼的なものとして武術を習得ているのに対し、あちらは暴走しているとはいえ実戦への応用を前提とした武術を習得したプロフェッショナルである。力の差は歴然だった。いつも使っている棒よりも重いハルバードを振り回すトルヴィアは段々動きに疲れが見え始め、防戦一方となっていく。


「くうっ、このっ、とおりゃーっ!!」


トルヴィアは力を振り絞ってハルバードを振り下ろした。が、ひらりとよけられてしまった。ハルバードはむなしくも地面にざっくりと深く突き刺さってしまった。


「し、しまった・・・!」

「ッハァー!!スキアリィィィ!!」


見上げた先には鋭い針を構えて今にもトルヴィアを刺さんとするヤオの姿。

ハルバードは抜けそうにない。抜けたところで間に合わない。

どうせ避けられないのなら・・・トルヴィアは覚悟を決めて叫んだ。


「ええい、ままよ!」


そして、思い切り地面を蹴り上げて自らヤオに頭から突っ込んでいった。


「ナニ!?」


蹴り上げる時に回転を加え、体をひねらせたのが功を奏し、トルヴィアは毒針を紙一重で躱し、その自慢の角を勢いよくヤオのみぞおちにめり込ませたのだった。


「グゥェ・・・」


ヤオはトルヴィアの角で地面にはたき落とされた。口からは血を吐いている。その色は赤くない。昆虫によくある黄色の血だ。既に血の色まで虫になってしまったのだ。

カウンターを決めて地面に降り立ったトルヴィアはハルバードをどうにか抜き取って構えなおし、弱っているヤオに止めを刺そうとした。


「これでとどめ・・・!」

「マ、マテ!ワタシ、マケタ!オマエ、ツヨイ!コウサン!コウサンスル!」

「何ですって?」

「ワタシ、モウワルサ、シナイ、ダカラ、イノチ、イノチダケハ、タノム!」


みぞおちからも口からも黄色い血を吐き、羽根がつぶれて空も自由に飛べなくなったヤオは弱弱しくも必死に命乞いをした。だがトルヴィアは決して警戒を解こうとはしない。


「そんな話を、私が信じるとでも?」

「タノム、ドウカ、イノチダケハ、センシ、センイナキモノ、ムヤミニ、オソワズ、ソレガ、センシ、ココロエ・・・」

「・・・」

「シニタク、ナイ、シニタク、ナイ・・・ウァァ・・・」


割れた仮面の下の顔は悲痛な叫びをあげて今にも泣きそうになっている。

トルヴィアはそれを一瞥してしばし無言になった後、構えを解き、ハルバードを塵のようにして分解した。


「二度と暴れないって、約束できる?」

「アア、テンニ、チカオウ・・・」

「・・・すぐに軍がやってくるわ、それまでそこで、おとなしくしてなさい。」


そう告げると、トルヴィアは背を向けて立ち去ろうとした。

だがそれこそが、ヤオの策略だったのだ。

彼女は気が付かなかった。ヤオはトルヴィアから見て死角になるような位置に、毒針を隠しもっていたのだ。必死に命乞いをしたのも、反撃の瞬間を虎視眈々と狙っていたからだ。そして今、背中を向けた。


「センシノ・・・ココロエ・・・テキニ、セナカ、ムケナイ!!」


渾身の力を込めて投げ飛ばした毒針は、異変に気付いたトルヴィアが振り向く間もなく、その体に深く突き刺さった。


「ぐっ!!・・・ぐぐぐ・・・」


鎧を貫き、肉を割き、骨までとどいた毒針はその体を着実に蝕んでゆく。突き刺さった毒針を抜こうにも、刺さった箇所を中心にひどい痺れが起きてうまく体を動かせない。図られた。そう気づいたときはすでに、起き上がったヤオに足蹴にされている所であった。さきほどの 悲痛な表情が嘘のように――正真正銘嘘であるが――あくどい笑みを浮かべている。


「オマエ、アマイ。センシ、テキニ、ナサケ、カケナイ。ナサケ、カケタ、オマエ、ナサケナイ。」

「ひ・・・卑怯者・・・」

「ヒキョウモ、ラッキョウモ、ナイ。アルノハ、カチト、マケノミ。」


ヤオは毒針を抜き、脚で転がして仰向けにし、針を下に向け、針先の狙いを心臓に定めた。一突きすれば、命はない。既に毒が全身に回り、トルヴィアは寝返りを打つことすらままならない状態であった。


「く・・・そ・・・こんな・・・ところで・・・」

「イマサラ、クヤシガッテモ、オソイ。オマエ、ココデ、シヌ!アワレナ、カブトムシ!」


大きく振りかぶった針の先が夕日に照らされてきらりと光った。もはやこれまでか。トルヴィアがついに死を覚悟した、その時であった。


「グェッ!!」


鎧が貫かれ、肉が割かれ、骨が砕ける音が聞こえた。自分がやられたのかと思ったが、痛覚はない。その音を発したのは、トルヴィアではなく、ヤオだった。

みると、ヤオの左胸を青い鎧籠手が貫いている。その鎧籠手の持ち主はこう告げた。


「戦士の心得、戦士は得物を前にして舌なめずりせず。また、如何なる時も背後への警戒を解くべからず。」

「ク・・・ガ・・・」

「お前はいつも詰めが甘い。だから俺に勝てず、二番手止まりだったのだ。」


ヤオにとどめを刺したのは、クガ大都督だった。しかしその姿は人間の姿ではなく、大海のように青い仮面と身体に鍬形の角を生やした、クワガタムシ型の虫人の姿であった。クガはゆっくりと腕を引き抜くと、ヤオは膝をつき、がっくりとうなだれて、もう動くことはなかった。


「・・・死んだか。さて、残るはこの虫人か・・・」

「・・・」


トルヴィアはすでに気絶し、動けなくなっていた。クガは彼女の状態をゆっくりと起こし、仮面ヘッドギアのこめかみの部分を強く押した。

すると、仮面がしゅうしゅうと音を立てて分解されていく。これは虫人の鎧に初めから設計されている非常用仮面着脱パージ機構のスイッチだ。そして完全に分解した仮面の下から、トルヴィアの顔が現れる。予想通りだ。


「やはりな・・・わが君の予想は正しかった。」


そこへ遅れて、同じくクワガタムシ型の虫人であるコクワが50人の虫人を連れてやってきた。


「大都督!ご無事で・・・」

「安心しろ、ヤオは始末した。コクワ、部下たちにヤオの死骸と、このあたり一帯のワム粒子の除去作業を命じよ。そしてお前は、担架を造換し、このお方を軍事病院へお連れしろ。」

「・・・!なんと・・・姪君様が・・・!」

「話はあとだ。毒が既に全身に回っている。早急に毒消しを打たねば命が危うい。」

「御意!」


コクワが担架を作り上げて、トルヴィアを乗せて搬送しようとしているとき、クガが後ろからの目線に気づいて一瞥すると、シェルターの入り口に隠れて従妹のクインヴィが縮こまりながらこちらの様子を見ていた。


「王女様、ご無事でしたか。」

「は、はい・・・」

「それは良かった。そうだ、姪君様について、色々と聞きたいことがございます。私と共に病院へ参りましょう。その足のけがの治療ついでに、すべてはそちらで伺います。」

「姉さまを・・・どうするおつもりか。」

「・・・それを決める為にも、姪君様に何が起こったのか、我々は知りたいのです。どうぞ、こちらへ。」


日が沈み夜のとばりが下りる頃、クガはクインヴィに肩を貸して王国の軍事病院へと向かって行った。

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