第一章:闘士甲虫戦姫

第1話 虫人になったお嬢様

ややあって、冷静さを取り戻した執事サナグがトルヴィアの部屋へと戻ってきた。

ドアを開けたら我がお嬢様の姿が元の麗しい姿に・・・と淡い期待を寄せたが、それは無駄に終わった。彼女はやはりカブトムシの姿を模した虫人の状態のままだ。


「現場の方には、急病のため休ませてもらうと連絡を入れました。」

「ありがとう、サナグ。」

「しかしお嬢様、本当に何も心当たりがないのですか?」

「ええ、軍人でも、適合者でもない私が、どうして・・・?」

「何かのヒントになるやもと、先ほど王国の電子情報保存センターにて検索しましたところ、虫人に変身する条件にはまず健康な心身を持ち、高ストレス状況下に耐性のある適合者の遺伝子に、虫人の元となる変異虫由来の高濃度ワム粒子紛、そして変異虫の遺伝子データーを治めた”コード”を用いて書き込む必要がある、と記されておりました。一応、もう一度お聞きいたしますがお心当たりは・・・」

「ないわ。」

「フムン、では一体何が原因なのでしょうな・・・そうだ、昨日の発掘現場視察の際に、何か変わったことは?もしやそこに原因があるやもしれませぬ。」


そういわれて頭をひねってみると、トルヴィアの頭の中に昨日の記憶がだんだんと蘇ってきた。同時に、その時に感じた不快感も。


「ああ・・・思い出してきたわ・・・現場での文明遺跡発掘は、結局失敗に終わって・・・うわっ!!」


突然、トルヴィアの視界に細長い四角が現れたと思うと、その中に映像が流れ始めた。それはよく見ると、昨日の彼女の記憶らしかった。この鎧は必要に応じて視界に本人の記憶映像を映す機能も付いているらしい。よく見ると四角の右下部に「記憶映像再生」と言う文字が浮かび上がっている。


「どうされました・・・?」

「い、いえ、大丈夫。なんでもない。この鎧は便利だな、と思って。これ、疑似網膜っていうのよね?いまそれで昨日の記憶を映像に写しているわ。」


トルヴィアは視界に映る記憶映像を見ながら昨日の出来事を話し始めた。


――


第21次文明発掘調査は、昨日も告げた通り、やはり何も目新しいものは出ずに失敗に終わったわ。

旧文明が滅びて以来、私たちの王国は虫人以外の変異虫への対抗策を探して長年発掘作業を続けてきたけど、大した結果もなくで終わるのはこれで3度目よ。大枚をはたいて採掘機を進めた末に見つかったものが、文明のわずかな残滓さえも食い荒らす変異虫ツチモグリの大量の死骸だった時の作業員が見せた悔しげな顔は、直視できなかったわ・・・


問題はその後よ。発掘にはとにかくお金がかかることは知っての通りだけど、今回はかなり力を入れていたこともあって、ついに代々所有していた土地まで担保にする羽目になったわ。ところが資金調達先の通商連合は、昨今の発掘遠征が失敗に終わっていることや、それらの返済がをまだ終わっていないことを理由に、失敗に終わったときの保証としてこの邸宅までも担保にしろと言ってきた。そうしなければ融資はしないと。


勿論私は猛抗議したわ。その結果、どうにか邸宅だけは守ることは出来たけど・・・邸宅の土地権そのものは奪われてしまった。そして案の定失敗したので土地の権利を彼らに売り渡したのだけれど、あいつらときたらやれやせた土地だの管理がなってないだの難癖をつけるだけつけて、結局先祖代々守ってきた土地は二束三文の値打ちしかつかず、負債は全て返すことは出来なかったわ・・・まだ前回、前々回の負債も終わっていないというのに!


彼らはその財力ゆえ国家の財政上決して無視できない存在であるがゆえに、私の叔父である国王ですら頭が上がらない。それをいいことに貴族に金を融資しては暴利をむさぼってきた・・・とはいえそんな彼らに私は成すすべもなくて、思わず泣いてしまったわ。せめて・・・父上や母上さえご存命だったなら・・・色々と疲れてしまった私はそのまま”ジロウケイ”を食べて、風呂に入った後は寝ることにしたの。そしてベッドに、高祖であるメディン・カヴトの形見であるカヴト家のレリーフを持ち込んで一緒に寝たわ。


――


サナグは全て聞き終えると、大きなため息を一つはいてからトルヴィアを叱った。


「お嬢様、あれほど忠告したのにまた”ジロウケイ”を食べたのですか!あのようなジャンクフードは貴族の食べ物ではございませんぞ!!」

「だ、だって・・・」

「だっても何もございません、しかも”ジロウケイ”に使われるニンニクと言う野菜は、地中に含有するワム粒子を吸い取り凝縮するというではありませんか。」

「つ、辛いことがあったときの自分に対するご褒美くらいいいじゃない・・・」

「あれは力仕事を行うもののために考え出された食事と古文書に書いてあったではありませぬか!貴族であるあなたは食べなくてよいのです。普通でも十分に体力があるではございませんか。いいですか?今後”ジロウケイ”はご法度です!」

「んぅ・・・」


むくれる彼女をよそにサナグは分析を続けた。既にここまでで条件がだいぶそろっているが、気になる点が一つあった。それは、変異虫遺伝子コードの存在だ。それが無ければいかにワム粒子を摂取しようとも心身が健康でも虫人には変身できないのだ。

しかし、おそらく変身したとされる夜中に、彼女が持っていたものと言えば・・・


「時にお嬢様、高祖様のレリーフは今何処に?」

「ああ、それならベッドの上に・・・あれ?」


ベッドの上を探してみたが、レリーフは見つからなかった。


「どこへ行ったのかしら・・・」

「・・・?お嬢様、レリーフならそこにあるではありませんか。」

「どこに?」

「お嬢様が腰につけてらっしゃいます。」

「へ?・・・あっ!」


彼女は逆五角形のレリーフが自らの腰にはまっていることに気づいた。しかも、それから黒い帯のようなものが伸びてトルヴィアの腰にぐるりと巻き付いている。ちょうど、ベルトのバックルのごとくレリーフはそこにはまっていた。

さらに驚くことに、それを見つめている彼女の視界に「コード(再使用済み)」と言う文字が浮かんできたのだ。


「うそ・・・これが・・・コード!?」

「なんですと!?このレリーフが?そんなバカな、コードは王立軍事研究施設にて厳重に保管されているはずで、いくら貴族と言えども持ち出しは不可能な代物です!それがなぜ・・・」

「分からないわ、でもこれがコードだとして、今までは何ともなかったのに、なぜ今・・・?」


その時。突然トルヴィアの視界が真っ赤に染まり、目の前にでかでかと「感知:変異虫」と言う文字が表示された。すると、彼女の体が勝手に動き始めた。


「お嬢様、いかがなされました・・・?」

「わ、わからない・・・鎧が勝手に!!きゃああ!!」


がし、がしと装着者の意に反して動き出した鎧は雨戸をバタンと開いて寝室のバルコニーに立った。


「お嬢様!!」

「くっ、このっ、いう事をっ、聞きなさい!!」


トルヴィアは必死に抵抗したがまるでいう事を聞くそぶりも見せず、ついに鎧は背中の羽を開き始めた。ここから飛び立とうというのか。

意のままに動かせるのは口だけだ。トルヴィアは大声でサナグに告げた。


「サナグ、私がここへ戻るまでは絶対にこの屋敷に誰も入れてはだめよ!そして、その間に、出来る範囲でいいから高祖様の事を調べて!私が突然虫人になった原因が、少しでもわかるかもしれないからああああ!!」

「お嬢様!!・・・ああ、もうあんな遠くに・・・」


言い終わらないうちに、鎧は背中の羽根を開いて大空へと高く飛び立った。

一体目の前で何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。サナグの困惑はますます深まるばかりであったが、今一度彼女から貰った忠告を思い出し、行動を起こすことにした。


「今この時、私にできることをしなければ・・・!」





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