甲虫戦姫(ビートルクイーン)

ペアーズナックル(縫人)

序章 虫人(むしひと)への「変身」

「きゃああああ!!」


ある日、発掘貴族令嬢トルヴィア・カヴトは不吉な夢から覚めてみると、ベッドの中で自分がごつごつとした鎧を身にまとった一体の人型昆虫、虫人に変身しているのに気が付いて、思わず大声を上げた。

体中を包み込む違和感にうなされて起きてみると、絹のように滑らかだった自分の手は王国の軍隊がつけているような籠手こて状に化し、矢じりのようにとがった指先を動かすとぐしぐしと音を立てている。まさかと思って掛け布団を思いきり引きはがしてみれば、やはり足も鈍く光る赤黒い鎧へと置き換わっていたのである。


さらに、体の変化を凝視するトルヴィアの視界の中に突然赤い四角が浮かんだかと思うと、その中に何やら文字らしき文章が浮かんでいる。「第二種偽装変異虫兵装のインストールが完了しました。」彼女はこの文字を知っていた。かつて自分たちの文明より前に栄華を極め、そして滅びた大国、ダイトウアレンポウ(大東亜連邦)の古代文字、ニホンゴである。だが彼女が読めたのは「、、、、、、、、、、のインストールが、、しました。」の部分だけであった。


・・・夢だ。これは夢なんだ。トルヴィアは務めてそう思いこむようにした。悪夢が続いている。まったく、私はこのような夢を見ている暇はないのだ、だが夢の中でも起きた以上は身だしなみを整えなければ。そう思ってガシガシと音を立てながらベッドから這い出て、部屋に備え付けの鏡台に座ったその時・・・鏡に映ったのは、寝ぐせで爆発したような髪をした――それならばどれほどよかったであろう――自分の顔ではなく、頭頂部に立派な角をたたえ、目、鼻に当たる部分がのっぺりとした仮面で覆われて、口の部分は歯がむき出しになった、目無し、鼻無し骸骨のような顔のみが写っていたのに気づいて、トルヴィア・カブトは再び大声を上げたのだった。


「きゃああああ!!」


これを聞いて駆けつけたのは彼女の世話役である執事サナグだ。

朝食の”むしパン”を用意していた彼は突然邸宅内に響き渡った彼女の悲鳴に思わず身構えた。そして、様子を見に部屋へと向かっている矢先に二度目の悲鳴。これはいよいよただ事ではないと、部屋へ向かう足が速くなった。そして部屋の前に着くや否や思いっきりドアをたたく。


「お嬢様!お嬢様!いかがなされましたか!?」

「あ、さ、サナグ・・・なんでもない、なんでもないのよ・・・」

「何でもなければあれほどの大声を二回もだすわけないでしょう、また害虫が出たのですか?」

「ほ、本当になんでも、なんでもないのよ・・・」

「・・・?」


どこか府に落ちない彼女の態度に、サナグはいぶかしみを覚えて、何が部屋の中で起ったのか確認するために部屋の中へと入ろうとした。ところが。


「あ、ダメ!入っちゃダメ!」

「なぜですか?もしや今は何も身に着けていらっしゃらないのですか?」

「あ・・・いや・・・そういう・・・訳じゃないけど・・・」

「ならば・・・」

「いや、でもダメなの!本当にダメ、ダメだから!」

「・・・?」


お嬢様は何かを隠そうとしている。サナグは勘づいた。ならばこういう時に一番手っ取り早い方法は・・・


「とにかく、入らさせてもらいますよ。」

「だ、ダメ!ダメーッ!!」


ばたん、と思い切り戸を開けて入ってきたサナグは、ベッドの上で掛布団にくるまっているトルヴィアを見つけた。


「お嬢さま、いったいいかがなされたのですか?」

「ほ、ほんとうになんでも、なんでもないから!来ないで!見ないで!」

「さあ、朝食が冷めてしまわれます、お戯れはいい加減にして、早くそこから出てお着替えなさってください!」

「あ、ちょ、布団を引っ張らないで!!ああっ!!」


サナグはトルヴィアの制止を振り切ってついに布団を引っぺがしてしまった。そして、その中から露になった彼女の姿を見て、彼もまた、大声をあげたのだった。


「うわああああ!!」



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