第2話 変異虫との遭遇

 トルヴィアが監督していた発掘現場では粛々と撤収作業が行われていた。数人の作業員が、発掘用のドリルの回転刃部分を解体しながら話し込んでいる。


「今日トルヴィアお嬢様は流行り病で休みって連絡来たけど、あれは思うに病気じゃねえよ、”ジロウケイ”の、それも”ニンニクマシマシヤサイマシマシアブラカラメ”をペロリと食べ切るほどの女丈夫じょじょうふが突然病気なんてかかるか?」

「ああ、それは俺も思ってたところだ。・・・きっと、今回の発掘作業の結果が上手くいかなかったんで、落ち込んでるんだ、何でも今回の発掘費用は自分が所有する土地や邸宅を担保にしてまで調達したって噂だぜ?」

「そこまでして気合い入れた結果が、あれじゃあなあ・・・落ち込むのも無理はないぜ。」


 作業員が一瞥した先には、大量のツチモグリの死骸が転がっている。変異虫は旧文明の痕跡を残らず食い荒らすのだが、それらの死骸が意味することは、ここにあった文明の痕跡は全て食いつくされてしまったという事だ。

 昨日彼女がこれを見せつけられたときは「まあ、こんなこともあるわよね」と気丈にふるまっていたが、ヘルメットを深くかぶって発掘抗を後にする彼女の表情は、暗かった。


「自分の財産をなげうってまで、お嬢様は何を掘り当てようとしてるんだ?」

「変異虫から王国を守る術さ。旧文明は今の王国とは比べ物にならないくらいの技術があった。旧文明の残滓をほぼほぼ食い尽くし、そこから生き残った王国領地の2/3をも喰らいつくした変異虫に、”虫人”だけでは対抗しきれなくなってきたんだ。だから、王国の支配が行き届いているエリアで、古い地図を参考にしながら何か役に立ちそうなものがないかとほじくり回してるのさ。」

「へえ、よく知ってるなあ」

「でも確か、その旧文明を滅ぼしたのも変異虫なんだろう?一度は敗北した文明の技術なんて役に立つかねえ」

「とにかく何でもいいから、王国は時間稼ぎをしたいのさ。」

「何のために?」


 作業員は、周りを一瞥し、誰にも聞かれてないことを確認すると、目の前の仲間にだけこっそりと教えた。


「銀河連邦への移民の為さ。」


 それを聞いた作業員は目を丸くした。


「そ、それ本当か!?」

「しっ、声が大きい。」

「ぎ、銀河連邦って、たしか国民全員が機械の体で、政治・経済・社会インフラ全てをコンピューターによる徹底的な管理下におく、機械民主主義コンピューター・デモクラシーを掲げる正真正銘のディストピアなんだろう?そんなところへどうして!」

「だが、代わりに秩序を永久に保証してくれる。変異虫の心配もないぜ?」

「国王陛下は本気でそうしたいと?」

「ああ、大まじめだ。だが、通商連合だけが頑なに拒否してて上手くいってないらしい。」

「そりゃそうだろうよ、銀河連邦に行ったら、奴らが三度の飯より大好きな賄賂も搾取も出来なくなるからなぁ。」


 ははは、と皮肉を笑い飛ばした彼らはその後も作業を続け、大方の機械を片付け終わり、いよいよ荷物をまとめて撤収、と言うタイミングになった。作業員の中でもまだ勤務日数が浅いものが、虫はどうするのかと尋ねた。


「ああ、あれはもうそのままにしておくんだ。死骸を持って帰ったところで、ツチモグリ程度じゃ研究材料にもならないし、その死骸のにおいにつられて、他の変異虫を呼び寄せちまう可能性があるからな。」

「とくに、あんなに”オス”のツチモグリの死骸があったら、いつ”メス”のツチモグリが出てくるか分からねえ、特に繁殖期のメスは卵を産む体力をつけるために、交尾が終わって力尽きた雄の死骸を食べるんだと。だけどそれでも腹が満たされない時には共食いならず普通の動物もペロリ、といっちまうんだ。」

「ま・・・まさか、人も・・・!?」

「人を食ったのはまだ確認されてねえが、あいつらの糞の中からはニワトリやブタの骨がよく見つかるってよ。ドリルみたいな口の先端から出す溶解液をぶっかけて動けなくした後、口で咥えて体中で飲み込むんだ、ごく、ごく、と・・・」

「ひえええ・・・」

「さあ、食われたくなかったら、こんなところからとっととずらかるぜ。」


 作業員たちは荷物をまとめると、ダンゴムシと呼ばれている運転台以外の部分がずんぐりむっくりとした鼠色の連接鋼鉄幌アイアンガードで守られたトレーラートラックに乗り込んで現場を後にしようとした。すると、さっきまでいた発掘現場の方から、ゴゴゴゴ・・・と地の底から響く轟音が聞こえてくる。ツチモグリがやってきたのだ。


「そうら、言った通りだろう!運転手、一応、前面窓にも鋼鉄幌を降ろしておけ。」

「だ、大丈夫ですかね・・・」

「なあに、このダンゴムシの鋼鉄幌は耐酸化防止膜をたっぷり塗ってあるし、奴はそこまで頭は良くない、目の前の死骸に夢中になっている間に遠ざかれば、いくら大地の鮫ことツチモグリとて追いつけねえよ。」


 ダンゴムシはギアを最大まで上げて、無限軌道でしっかりと大地をつかみながら、急加速で現場を離れていったが、幌の隙間の明り取りから外の様子を見ていた作業員の一人が奇妙な光景を捉えた。地面にもこもことした線が浮き上がり、地表を猛スピードで移動しているではないか。しかもダンゴムシよりも速いスピードで、こちらにじわじわと向かってくる。


「お、おい!あいつ、こっちに向かってくる!!」

「何・・・本当だ!!運転手、もっと速度を出せ、追いつかれるぞ!!」

「今が精いっぱいだ、これ以上は・・・!」


 その時すでに奴はダンゴムシのすぐ後ろまで迫っていた。だがある瞬間に突然、奴が地表に描く軌跡がぱったりと消えてしまった。明り取りのわずかな隙間からすべてを見ていた作業員たちがようやっと諦めてくれたか、とほっと一息ついたとき、今度は運転手が悲鳴を上げた。


「うわああああ!!先回りされたああああ!!」


 前面窓を守るガードののぞき窓からは、ボコボコと音を立てて地表から這い上がり、巨躯をくねらせて行く手を阻むツチモグリの姿があった。普通のサイズより5倍、いや、10倍はくだらないほどの大きさがある。この大きさでは先ほどの死骸だけでは全く腹を満たせないだろう。

 運転手はハンドルを思いきり左に切って避けようとしたが、最高速域の状態で急旋回してしまったため、ダンゴムシは慣性に耐え切れず、がらんごろんと音を立てて横転してしまった。もちろん、中の作業員たちもひっくり返された。


「うわあっ!!」


 それを待ってましたと言わんばかりにツチモグリは横転したダンゴムシの運転台に強く巻き付き、あっという間にべこ、ぼこという音を立てて潰し、運転台をもぎ取って投げ捨ててしまった。作業員たちは荷台の後ろの方に縮こまっているが、既に奴はこちらを覗き込んでいる。もう逃げ場はない。袋のネズミだ。どれから先に食おうかと品定めをしているツチモグリの口からはよだれのように溶解液が垂れ、そのたびに地についているガードがじゅう、じゅうと音を立てて溶けていく。


「ひいいっ!!」

「ば、化け物だ・・・」

「嫌だ・・・死にたくない、嫌だ・・・!」


 ついに舌なめずりを終えたツチモグリが口をきゅうとすぼめて溶解液の狙いを定めた。その時だった。突然、大きな鈍い音がしたと同時に、ツチモグリは勢いよく左へ吹っ飛んでいったのだ。

 とうとう最後の時かと腹をくくった作業員たちは、一体何が起こったのか分からなかった。


「ど、どうしたんだ?」

「今、ものすごい勢いで吹っ飛ばされてった・・・まるで何かにぶつかったように・・・」


 恐る恐る荷台から顔を出して覗いてみた作業員たちは仰天した。

 ツチモグリのそばに、誰かが立っている。いや、人と言うには、あまりにも仰々しい鎧を付けている。その赤黒い光沢と、頭頂部に生えた立派な角はまるで・・・


「カブトムシの・・・虫人・・・!?」

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