エピローグ
鷹取神社の境内を掃除していた。夕方差し迫るなか、オレンジ色に染まった道に、自分の影だけが伸びていた。こんな時はいつも昔を振り返っている。とくに高校時代だ。高校生の時といえば、時間が無限にあると思っていたし、自分は無敵だと勘違いしていた。あの時、青春の真っ只中だったな。それは、高校を卒業してから気づいたことだ。そこからなんやかんやあって、今の僕は……俺は40歳のおっさんになっている。
体の節々が痛むし、腹は出てくるし、体も言うことが聞かないから辛い。ああ、高校生に戻りたいよ。
時の流れの無情さを嘆いていると、みなもがやってきた。コイツはもう完全におばさんになっている。昔の可愛らしさなんて微塵もない。
「お父さん。今、新人が面接にきてるから、相手お願いね」
「ええ? こんな夕方から?」
そういえば、面接がどうのこうのってみなもが先日からずっと話してたな。
「めんどくさ。おまえが行けよ。最近の若い子って、なんか怖いもん。俺おっさんだぜ? ジェネレーションギャップに挟まれて死んじゃうよ」
「あんた、
みなもはめんどくさそうに、社務所に向かって指を指した。
「なんだよ。昔はあんなに可愛かったのに……」
そう言うと、みなもにおもくそ頭をしばかれた。
「やめろよ。さらに禿げちまうよ」
「もう十分に禿げてるよ」
「禿げてないよ」
「いいからはやく行け」
みなもにケツを叩かれた。彼女が戻ろうとすると、
「おわっ」
何もないところで蹴つまずいたので、慌てて体を支える。
「おいっ、何してるんだよ」
「……ありがとう、そうちゃん」
そう言ってみなもは恥ずかしげに顔を隠した。今更そんな関係でもないのに。
俺は渋々、社務所へと向かっていた。
さて、移動中に人生のエピソードトークを話そう。俺には娘が二人いる。長女は来年に大学を卒業して、神社を継ぐつもりでいるらしい。本当によくできた娘だ。どう考えても俺に似たのだろう。みなもに似ていないことは断言できる。ちなみに聡明な読者はもうお気づきだろうが、長女は俺が18歳の時にできた娘だ。いやぁ、あの時はマジで焦った。人生の中でなかなかの修羅場だったことは間違いない。正直、お義父さんがめちゃくちゃブチギレてたことは一生忘れないだろう。お義母がめちゃくちゃフォローしてくれなかったら、俺はこの世に間違いなくいなかった。
ちなみに長女の誕生日は、みなもの誕生日のちょうど2ヶ月前だとということも伝えておこう。
次女は俺が25歳の時にできた子どもで、今年で中学三年生に上がる。バリバリ反抗期真っ只中で、みなもといつもキャットファイトをしているので、俺はそれを見て見ぬふりをしている。もうどうしていいかわからん。本当にどうすればいいかな?
社務所を開けると、新人が待っていた。その顔には覚えがあった。驚きのあまり、言葉が出なかった。
「よろしくお願いします」
彼女は丁寧に頭を下げた。彼女の顔は当時とあまり変わっていないが、どう言葉にすればいいかわからないが、普通の人とは違う歳の取り方をしているように見えた。
「……ああ、うん。座ってよ」
俺は椅子をすすめると、彼女は
「えっと……履歴書は持ってきた?」
「はい」
彼女は履歴書を机の上に出した。
丁寧な字で灘あけみと書かれてあった。
「ええっと。17歳から今年まで、経歴が空白なんですけど、どう過ごしていたんですか?」
「……刑務所で、自分の犯した罪と向き合っていました。それは……正直に話すと、最初は自分の罪の重さを自覚できなかったんですが、年月を重ねるごとに、自分が人を殺したことは、過ちなのかなと、思うようになりました。それで、5年目の時に自分は過ちを犯したんだとやっと気づいて、自覚できました……そこからは、ずっと自分の罪を教誨師さんに話し続け、罪を償うにはどうすればいいかを、話して過ごしてきました」
「その罪を償うにはどうすればいいかというのは、結論が出ましたか?」
「償うということは、失われたものに対して補いをするという意味です。そして、罪を償うということは、私の場合、家庭を壊したことと、自分が起こした過ちを認めずに、隠したことが罪であり……償うということはそれらに対して補完しなければなりません。……だけど普通は、そんな重いものを人が補完できるわけがありません。しかし、それを自覚することで、本当の意味で、罪の償いが始まるのだと思いました。私は刑務所を出ましたが、それでも、一生自分の罪と向き合い、それに対して、償うために生きていこうと思っています」
「わかりました」
俺は今、たぶん人生の折り返しに差し掛かったところだ。その道のりの中で、いろんな考えを学んできたし、いろんな考えを捨ててきた。
だけど、高校時代からずっと変わらずに思っていたのは、誰にだって、居場所は必要だってことだ。誰の言葉か忘れたけど。
そして、大人になって気づいたことは、そこで何をするかが重要なんだってことだ。
「……じゃあ、さっそく明日から、ここで働いてよ」
俺が言うと、あけみは一瞬固まった。ちょっとだけ泣きそうになっていたが、
「ありがとうございます」
あけみは丁寧に頭を下げた。
「そうそう。それと……」
俺が言いかけると、あけみは続きを待った。
「おかえり、あけみちゃん」
社務所を出て、あけみを見送った。夕焼けに向かって歩く彼女が角を曲がった後、タバコに火をつけて、煙を吐き出した。不意に、昔に自分に幽霊が取り憑いたことを思い出そうとすると、思い出のほとんどが記憶から抜け落ちていることに気づいた。当然だろう。なにせ23年前に心の底に仕舞った話だ。残念だとも思わない。
ほんの少し残っているあの時の思い出を取り出すと、どうしてか、胸が締め付けられる。だけど、あの時、なんだかんだ楽しかったと思えた。そういえば……。
——きっと、天国は、悲しみも涙もない素敵な場所なはずだ。アテナはそこに旅立てただろうか? 彼女はあの姿のままだろうか? 幸せに過ごせているだろうか? 僕のことを憶えてくれているだろうか?——
「アテナ、これでよかっただろ?」
自分のひとりごとは、
——俺の居場所は言うまでもなく天国じゃないからね。
完。
肝試しに行ったら美少女幽霊が取り憑いた件 乱狂 麩羅怒(ランクル プラド) @Saitoh_nagisa
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