30話
次の日、目覚めると、僕は自分の体を取り戻していた。
「昨日は楽しかったわ。ありがとね」
アテナが笑顔で言った。彼女の笑顔を見ると、昨日の体が乗っ取られて、腹が立ったことも、水に流せそうだ。
「変なことしてないだろうな?」
「当たり前よっ! でも、漱石ってみなものお父さんにマークされてるのね」
「えっ? そうなのか?」
「試合中のマイク・タイソンみたいな目つきで漱石を見てたわよ」
「怖っ。なんか恨まれるようなことしたかな?」
「それも、みなもの近くに居る時に限ってね」
原因はそれか。今度から注意しておこう……。
アテナが先にやっすん探しへ出たので、僕も学校に行く支度をして家を出た。
昨日に盗み出した証拠もカバンの中に入れてある。灘が何を隠していたのかが気になるから、母さんに渡す前に、学校で確認しておこう。
「……そうちゃん。おはよう」
みなもがやってきた。
「おっす」
僕はいうが、彼女の様子が何かおかしい。なんていうか、デレデレしているが、ちょっとよそよそしい。
「そうちゃん。昨日はなんかヘンだったよ」
「ヘンって?」
「……だって……あんなに激しくするから、今日は腰が痛いんだよぅ」
みなもはモジモジしながら言った。
……アテナの奴。アイツガチで殺す。僕に先に童貞を捨てたのか。いやいや、アテナは女だから童貞じゃないだろ……いや、この場合、僕は体の童貞を捨てたが、心の童貞はまだ捨てていないということか? 考えているうちに頭が混乱してきたので、思考を断ち切った。
ともかく、アテナが勝手に童貞を捨てたことを許せないし、しかも相手がみなもっていうのがもっと許せない。
「……もう、ツイスターゲームはコリゴリだよ。そうちゃん、いつも以上にペタペタくっついてくるし」
あっ。……ツイスターゲームですか。そうなんですか。なんか気持ちが先走ってしまってちょっと恥ずかしい。……いや、女子高生とツイスターゲームってアカンやろ。つーか僕はみなもに普段からくっついていないし。
「それに、昨日の晩ご飯、泣きながら食べてたけど、何かあったの?」
みなもは深刻そうに尋ねた。
「えっ」
僕は返事に詰まった。どうしてだろうかと思ったが、先に、
「ああ。僕が作ったやつじゃなかったからかな。普段は僕が作ってるから、他人の味に感動しちゃってさ」
適当に誤魔化すと、みなもは首を傾げた。
「まあ、いいや。そうちゃんがヘンなのは今に始まったことじゃないし」
「なんだよ。その言い草」
僕は歩きながら、しばらくしてアテナが泣いた理由がわかり、ちょっとやるせない気持ちになった。……今度アイツの晩ご飯を用意してやろう。御焚き上げをすれば、アイツのところに届くかもしれないしな。
§
放課後、僕は図書室の隅の席に座って、入手した証拠を机の上に広げて、自分のメモに要点をかいつまんで書き並べた。
—灘祐介が隠した報告
○犯行について。殺人犯は三ノ宮アテナ、三ノ宮武蔵の両名を、就寝中のところを刺殺。三ノ宮華子も刺殺であるが、彼女の血痕が部屋中に付着していたことから、武蔵氏が刺殺される音に目を覚まし、犯人に抵抗したと思われる。
○凶器について。三ノ宮家邸宅で使われていた包丁が犯行に使われ、現場近辺で処分されたと見て、周辺の山と川の捜索を開始するが、未発見。
○三ノ宮アテナの自室のクローゼットにて、三ノ宮華子とDNAが一致する血痕が付着していた。
○目撃証言について。午前4時30分頃、出勤中の三ノ宮家の料理人が、アテナが道を歩いていたと目撃証言あり。
彼については、精神病の疾病歴もなく、健康状態は良好である。いわゆる霊感はない……
灘が揉み消そうとした証拠を並べて、僕は首を捻る。灘の犯行を立証するには、発見されていない凶器を見つけるだけだ。だから、灘を容疑者に挙げて、家宅捜索でもすれば、隠された凶器が見つかるに違いない。ただ、灘の犯行にしてはおかしい点がいくつかあった。それこそ、警官である彼が腕時計の箱を見落とすという可能性だ。ここから特定されかねないし、さらに、あけみとフィギュアの箱を巡って喧嘩したこともあるのに……。
それに、アテナの幽霊の目撃証言もある。あの時はお地蔵さんだったけど、料理人も目撃しているのか。だけど、但し書きに、料理人に霊感はないと書かれてある。これはどういうことだろうか?
僕は腕を組んで、脚を組んで、瞳を閉じた……深い暗闇の中で、僕が見てきたものを全て拾い出して、パズルのピースのように組み立てゆく……そこに浮かぶ、一枚の完成絵。
(まさか……いや、信じたくないけど……そういうことなのかもしれない)
僕はため息をついた。
(ちょっと話してみれば、全てが明らかになるだろう……)
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