22話


 腕時計を販売していた質屋の店主は気難しそうな見た目をしていたが、話してみると気さくで良い人だった。僕が偽造名刺を差し出すと、丁寧に店主も名刺を渡してくれた。彼の名前は泉と言った。

「そこのカウンターにかけてよ」

「どうも」

「それにしてもあの未解決事件を追っていて、この時計が手掛かりなんだってね」

「ええ」

 泉は僕が提示したスマートフォンのスクリーンショットを眺めながら、記憶をたどっていた。彼はしばらくして、カウンターの引き出しから、分厚いファイルを取り出して、手繰った。

「これは岸井さんのところのオークションで落札したものだね。これが売買契約書だよ」

 泉の取り出した契約書に、岸井修司の名前とともに印鑑が押印されていた。それを見た僕は内心驚くが、表情には出さないようにした。

 ……岸井のバケの皮が剥がれた。やはり、彼は事件に深く関わっている。この時計はおそらく、岸井が犯人から買い取ったものだろう。

「箱があれば、値段もけっこう高くついたんだけどね。わざわざディーラーに行って証明書の再発行までしてもらったんだ」

「やっぱりプロが見れば、その時計が本物かどうかわかるんですか?」

「そうだね。時計の中を開ければ大体見分けがつくよ。逆に言えば、本物かどうが見分けがつかないと、偽造元も混乱するからね」

「なるほど」

「岸井って男は業界の間じゃ結構有名なんだよ」

「そうなんですか?」

 泉によると、岸井は美術品以外にも、質種になるものはどんなものでも扱うオールラウンダーらしく、この業界では重宝されているらしい。ただ、グレーな手段で入手したものも市場に流すために、一部の同業他者からは、敬遠されているらしい。

「まあ。悪い人ではないんだよ。彼は美術品や質草に罪はないって考え方の人なんだ」

 泉は言った。

「なるほど、すみませんが、この売買契約書のコピーをいただけませんか?」

 僕が言うと、泉はしばらく迷ったが、

「構わないよ。ただ、これを事件解決以外に使わないことを約束してくれるかな?」

「もちろんです。約束は必ず守ります」


 僕らは店を出た。

「やっと犯人の素性が明らかになるのね」

 アテナはどこか緊張した面持ちだった。自分を殺した犯人がこれから明らかになるのだ。たぶん、彼女の人生の中で経験したことのない感情になっているだろう。それは様々な思いが入り混じった複雑なものだ。僕も似たような心持ちだが、それをうまく言葉にできない。言葉にできたのなら、少しは楽になるのだろうけど、言葉になるのなら、それは複雑なものじゃない。

 僕は、事件が一年越しに新展開を迎えたことに、胸の高鳴りを感じる。すぐにでも岸井のところに行きたいが、その前に、僕らはあらゆる状況を想定して準備する必要があった。

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