9話


 放課後、僕とみなもは制服を着替えて、あけみの家に向かった。

「確認だけど、そうちゃんはあけみちゃんとは面識あるんだよね?」

「一応な」

 僕は昨日にあけみの家で見た表彰状が気になって、母に訊ねると、曰く、あけみの父は僕の母さんの同期で、今は警察署の所長をしているらしい。昔は家族ぐるみの付き合いもあったと話していたが、僕の物心がつく前の話だった。

「じゃあ、あけみちゃんは何が好きで、何が嫌いとかどういう人かは全くわからないんだ」

 みなもは言った。

「そうだな。思えば、あけみちゃんがどういう娘かわからないのに、いきなり友だちになんてなれるのかな?」

 僕は若干の不安を言うと、

「関係ないでしょ。誰だって最初は初対面なんだから。わたしもそうちゃんも」

 と、みなもは微笑んだ。

「それもそうか」

 僕はみなもの言葉で、心が少し軽くなった。


§


 インターホンを鳴らすと、おばあちゃんが出迎えてくれた。

「驚いたわ。また来てくれたのね、漱石君。それと……」

「はじめまして、私は鷹取みなもといいます。漱石君からあけみさんの話を聞いて、連れてきてもらいました」

 みなもは丁寧に頭を下げた。

 僕は息を丁寧に吸って吐いた。

「……僕たちはあけみさんと友だちになりたいと思って、来たんです」

 そして僕はみなもを連れてきた経緯を話した。さらに昨日の除霊の話をすると、祖母は感動した様子だった。

「まあ。昨日はありがとうね。鷹取さんも来てくれるなんて。あけみに素敵なお友だちが現れるなんて嬉しいわ」

 祖母は僕らを自宅へ招いた。

 リビングでテーブルに着いて待っていると、あけみがやってきた。昨日よりはマシな様子だったが、みなもを見て警戒心を滲ませる。

「こんにちは、あけみちゃん。私は昨日の神社でお祓いしたみなもだよ」

 みなもが言うと、

「ああ、昨日の……」

 あけみはそう言って軽く頭を下げた。彼女の声は明るいものではなかった。彼女はテーブルに着いた。

「私たちはね、あけみちゃんとお話ししにきたんだ」

「お話しですか?」

 あけみは首を傾げた。

「あけみちゃんってソフトボールが好きなの?」

「えっ?」

「壁に並べてあるみなもちゃんの表彰状って、全部ソフトボールのやつでしょ?」

 みなもは壁を指差した。僕はみなものやり方に感心した。前にお邪魔した時は、そこまで細かくは見ていなかった。

「……はい。ソフトボールは好きです」

 あけみはみなもの言葉を測りながら、ゆっくりと答える。

「ウィンドミルっていうソフトボールの映画を見て、影響されて始めたんです」

「表彰されるぐらい上手なんでしょ? うらやましいな……」

「上手ってわけではないですけど……」

「私も昔はソフトボールしてたんだよ。そうちゃんに誘われて、地元のチームでやってたんだ」

 みなもは僕を指差した。

「そうなんですか」

「そうちゃん私より下手くそで、後から入った私の方が先にレギュラーになったんだ」

「おいおい、そんなダセぇエピソードを言うなよ」

 僕はみなもにツッコんだ。

「あまりに下手すぎて、練習試合で、そうちゃんの打席の時だけ六振になったんだよ」

「それは嘘だよ。ハンデで四振になったんだ」

「あと、滅多に打たないから、ヒットがホームラン扱いだったんだ」

「それも嘘だよ。ヒットは二塁打扱いにしてくれた」

「ジップヒットで練習してからやっとゴロを打てるようになったんだよ」

「それは本当だよ。あれって案外効果あるからおすすめだよ」

 僕がバットにボールを当てれるようになったのもデレク・ジーターのおかげだ。ニューヨークに足を向けて寝ることはできない。

 そんなくだらない茶番を皮切りに、みなもは次々と当たり障りのない話題を振っていった。好きな食べ物とか、血液型とか、誰にでも踏み込んでゆけるところをみなもは面白く返した。そんな彼女のやり方に僕は感心した。

 みなもはあけみがあまり話さないタイプの人間とわかると、自分の話を始めた。次第にあけみはみなもに乗せられて、雰囲気が和やかになった。

 そんな感じで、僕も話題に割り込んだりして、場を盛り上げると、あけみは表情を面に出すようなった。彼女の目はだんだんと明るくなっていった。

「そういえば、そうちゃんが学校でね……」

 みなもは会話の流れで言ってしまい、ハッとした。僕も、あっ、と思ったときにはもう遅かった。あけみの表情は引き攣っていた。

「学校は……あまり、好きじゃないです」

 あけみは目を伏せた。その目は再び昏くなった。

「ごめんね」

 みなもは謝ったが、気まずい沈黙が流れる。お互いにギクシャクしてしまい、僕らは空気を立て直そうと試みるが、結局、空気が元に戻ることはなかった。

「じゃあ、僕らはもう帰るね」

 そう言って、家を後にした。


§


「本当にごめんなさい」

 みなもは僕に謝った。

「僕に謝ることはないよ。あれだけ喋っていたら、誰だってポロリと出ることはあるよ」

「だけど、そうちゃんの面子が立たないよ」

「僕の面子なんてどうだっていいよ。でも、学校に関しては、前みたいに拒絶するような反応じゃなかったから、案外、状況は上向きなのかもしれない」

「そうだったらいいけど……けど、このままずっと喋ってるだけじゃ、問題は解決しないと思うんだ」

 みなもが言った。

「というと?」

「私はね、あけみちゃんに友だちがいないことよりも、引き篭っていることを心配してるんだ。だから、あけみちゃんが外に出れば、それだけで、あけみちゃんの気分とか気持ちも変わるだろうし、なんというか……」

 みなもの言いたいことはなんとなくわかる。

「そうだね。だけど、外に連れ出すってなかなか難しそうだよ。なにかきっかけがあればいいけど」

 僕は悩んだ。きっかけは世の中にありふれているのだろうけど、探し始めると、途端に見つけづらくなる。

 みなもも同じように悩みの中を彷徨っていた。

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