8話
次の日、昨日と似たように朝日を浴びながらアテナと通学路を歩いていたが、何度も同じミスをする僕ではない。解決策として、スマホを耳に当てながらアテナと話していた。これなら、不審に思われることもない。
「そういえばさ、ベッドの下にエロ本隠すの、辞めたほうがいいわよ。めっちゃわかりやすいし」
「どうして知ってるんだよ!!」
僕はアテナの唐突な指摘に動揺した。
「漱石が寝てる時は暇なのよ。私、幽霊だから寝なくても平気だし、漱石の部屋を探検してたら、お宝発見!的な?」
アテナは得意げな表情で言った。
「っていうか、ギャルものばっかり集めてるってちょっとヤバくないかしら?」
アテナは蔑んだ目で僕を見る。
「朝からする話題じゃないだろ」
僕は無理やり話題を流そうとするが、
「あと漱石の寝言がめっちゃおもしろかったわ」
アテナは別の弾も用意しているようだ。
「なんて言ってたんだよ?」
「『そっちにアニマル浜口がいるのは反則だよー』」
「どんなシチュエーションだよ」
っていうか、僕のモノマネが無駄にそっくりな件。声帯に特別なものが宿っているのだろうか。
「なんの勝負をしてるかわからないけど、笑いを堪えるのに必死だったわ」
「っていうか、あけみちゃんの件。みなもにどう話を切り出せばいいかな?」
僕は無理矢理話題を変えた。
「そんなの漱石が考えてよ」
「はあ?」
「だって、漱石がファッキンみなもを誘うって言い出したじゃない」
みなもに形容詞がついているのは気のせいだろうか。いや、そうじゃなくて、
「確かにそうだけど、おまえも考えろよ。みなもが協力してくれそうないい感じのセリフを」
僕が言うと、アテナはジトっと見つめた。
「なんでカッコつけようとしてるのよ。あんたが何言おうと、みなもは協力してくれるわよ」
「あいつはああ見えて、結構断ったりするぞ。除霊で忙しいからな」
「でも、どうせなんだかんだで協力してくれるでしょ? 幼馴染なんだから」
そう言われると、いろいろ思い当たる節が掘り起こされる。最近で言えば、僕がハマって勧めたゲームを最初はイヤイヤやっていたが、結局、みなもの方が沼ってしまったり。僕が宿題をやり忘れた時も、最初は断ってたのに、なんだかんだいって写させてもらったり……。
「確かに。なんだかんだで協力してくれるな」
「でしょう? どうせファッキンみなもは漱石のことが好きなのよ」
「そりゃないよ。だって幼馴染だぜ?」
「わからないわよ。男女の友情は成立しないって言うじゃない」
「いやいや、成立するって」
「根拠はあるのかしら?」
アテナは意地悪な笑みを浮かべたので、僕は視線を落として考え込んだ。この野郎、必ず論破してやる。
「おいっす。そうちゃん」
視線を上げると、いつのまにかアテナはみなもになっていた。何を言っているかわからないが、今、ありのまま起こったことを話している。あたりを見回すと、アテナが遠くの方へ逃げているのが見えた。アイツ、逃げ足めっちゃ速いな。
僕は悪いことをしているわけでもないのに、焦ってスマホをポケットに捩じ込んだ。
「お、おぅ」
「もういいの? 誰と電話してたの?」
「友だちだよ」
「本当?」
みなもはスッと僕の顔を覗き込む。
「そうちゃんに友だちは居ないはずだよ?」
どうしてそんな悲しいことを言うのか。事実だから言い返せないけど。
「もしかして、女?」
みなもは眉間に皺を寄せた。普段は明るくて優しそうな見た目のせいで、怒った時はゴリクソ怖いから、僕は目を逸らす。コイツ、昔から女絡みになると、態度を豹変させるのだ。
「バカ言うなよ。女じゃねえよ」
アテナは幽霊だから大丈夫だろ。
みなもはふーんと言って2、3回頷いた。
「まあいいや。そうちゃんの嫁としては、その……エッチまでは浮気じゃないって思ってあげるよ」
みなもは恥じらいながら言うが、取り繕うように、
「私は心がクッソ広いからね」
みなもはなぜか誇らしげに唇の端を上げる。っていうかエッチまでいけば完全にアウトだろ。っていうか、そんなことより、
「おまえといつ結婚したんだよ?」
僕は思わずツッコんだ。
「ほら、幼稚園ぐらいのときに結婚しようって言ったじゃん」
言われて思い出すが、そんなカンブリア紀ぐらい太古の出来事を持ち出されても困る。
「ちなみにどこから浮気になるんだ?」
「一緒に手を繋いで歩いたらアウト」
「なんでだよ」
エッチがセーフで手を繋ぐのがアウトって、普通逆だろ……いや、どっちもアウトだろ。
「そういえば、言いそびれてたけど、この前聖地巡礼に付き合ってくれてありがとね」
僕はみなもの言葉で、先日に映画の舞台になった場所に小旅行したことを思い出した。最初は、有名な観光スポットでもないところに行くことに懐疑的だったが、行ってみると案外面白かったので、聖地巡礼もあながちバカにできない。
みなもと他愛もない話をしながら学校まで歩いていた。逃げ出したアテナがどこに行ったのか気になったが、どうせ、学校でウロウロして時間を潰しているだろう。
さて、僕はみなもに本題をどう切り出そうか、あれこれ考えていた。だけど、わざわざみなもに気を使うこともないと思えば、気が楽になった。ストレートに行く方がみなもも答えやすいだろう。別にあれこれ考えるのが、面倒くさくなったわけじゃない。
ともかく、昨日にみなもはあけみに会っているのだ。粗方の話しは聞くべきだろう。
「そういえばさ、昨日の除霊って、どんな感じだったんだ?」
「そうちゃんにしては珍しい話題のふりかただね」
みなもは考え込む仕草をした。
「そうちゃんは、秘密はちゃんと守るよね?」
「ああ、話す相手もいないからな」
「それもそうか。一応、信者さんの個人的な話だから、他の人には話さないでね」
みなもは釘を刺した。その言葉が、僕とみなもは違う世界に住んでいるのだと思い知らされる。家業の手伝いとはいえ、彼女は大人の世界で、立派に仕事をしているから、仕事をするというのが、どういうことかを理解している。たぶん、僕の知らないところで、彼女は様々な顔を持っている。そんな大人なみなもに僕は劣等感を感じた。
「もちろん、約束するよ」
僕は自分の気持ちを押し除けて、みなもの話を訊いた。
「昨日きた人は、私の神社の古い信者さんだったの。その人が孫のお祓いをお願いしたいって話してたから、聞けば、私と同い年の子で、しかも同じ高校の女の子だったの。おじいちゃんが言うには、その子は一年前に同じ高校の親友のアテナさんって方が亡くなって、その半年後にはお母さんが難病になって、海外で手術を受けたんだけど良くならなくて、亡くなってしまって、ショックで立ち直れなくなっちゃったんだって。それで、病院に連れて行ったらしいんだけど、うまくいかなくて、結局、藁にもすがる思いで、私のところにきたんだ。そして、この子に悪い霊が憑いているから、追い払ってほしいって頼まれたの。
「その女の子にとって——あけみちゃんって言うんだけど——去年の出来事は想像もできないぐらいつらいものだったんだと思う。そういう不幸なことが続く人は年に1人いるかいないかなんだけど、今回は同い年の女の子だったから、余計にがんばらなくちゃと思ってね。
「そういう不幸が続く人って、結構えげつない悪霊がついていたりするんだ。だから、お祓いの準備も特別なものを用意して、それで、いざ、あけみちゃんと面会したんだけど、あけみちゃんにはなにも憑いてなかったんだ。
「もちろん、そういうケースはあるよ。っていうか、本人は悪霊だとかそういうのが原因だと思っているけど、実際は取り憑いていなかったり、憑いていたとしても、優しい幽霊さんだったりすることが多いんだ。だから、あけみちゃんは精神を病んでいるんだってわかったから——もちろん、お祓いは形式的にやったけど——悪霊は取り憑いていないから、御本人の問題ですよって、おじいちゃんに言ったんだ。すると、おじいちゃんはちょっぴり納得してない様子だけど、私がそういうならって言って、あけみちゃんを連れて帰っていったんだ」
みなもの話を聞いた僕は考えを整理した。昨日の出来事とみなもの言葉の、それぞれの破片を合わせると、割れた皿がもとに戻るように一致した。
「だから、昨日の除霊は結構きつかったな。仕事の後、私もいろいろ考えちゃったもん」
みなもは視線を下げた。
「……みなもはさ、そのあけみちゃんって娘を助けたいと思うか?」
そう言うと、みなもは僕の質問の意図を汲み取れず、首を傾げる。
「そりゃ、助けれるなら助けてあげたいよ?」
「そうか。実はさ……」
僕は昨日の出来事を切り出した。
「そのあけみちゃんに昨日会ったんだ」
「えっ?」
みなもは驚いた表情をした。
「実はさ、昨日の今日なんだけど、頼まれごとがあって、あけみちゃんの家に伺ったんだよ。それで、家に行ってみたら、あけみちゃんは、僕の制服姿をみて、吐いちゃったんだ。親友の件が相当トラウマになっているみたいで、その日はすぐに帰ったんだ。
「だけど、あけみちゃんのことがどうしても気になってね。それに、あけみちゃんのおばあちゃんも引き篭っていることをすごく心配してたんだ。だから、あけみちゃんを助けてあげたいんだよ。それで、また、彼女の家に行こうと思うんだけど、みなもも一緒に来てほしいんだ。たぶん、僕よりも女の子のおまえの方が、話しやすいと思うし……」
僕の提案にみなもは複雑な表情をした。彼女はしばらく考えてから、
「……わかった。そうちゃんがそう言うなら、私も一緒にあけみちゃんの家にいくよ」
みなもはそれ以上は話の詳細を訊かなかった。きっと彼女も、僕みたいにやっすんに会えなくなって後悔しているのだろうと思った。
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