第8話 サビつきの呪い

「あっ!?」


 シーリャの魔法で作られた包丁に見とれていたマコトは驚愕した。

 美しい刃金の表面に、ジワッと赤黒いサビが現れたのだ。こうなるとわかっていたのか、シーリャは苦笑いを浮かべているだけだ。


「まだ作ったばかりなのに……どうして?」

「『サビつきの呪い』っていってね。もう一年くらいになるか、まるで流行り病みたいにクラフトの間で広がってる呪いなのさ」


 みるみるサビに覆われていく包丁から目を逸らして、シーリャは語った。


「クラフトってのは材料さえあれば、短い時間でいくらでも作ることができる。だから長持ちしなくたって、すぐ新品と交換すればいいんだけど……この呪いのサビはあまりに早くて、売り物にならないんだ。おかげでアタシもクラフトじゃ商売できなくなって、鉄喰い蜂の世話でどうにか食いつないでるってわけさ」


 使えなくなった鉄ゴミを集めて、金属を食べる特殊な蜂のエサにする。蜂たちはそれをもとにして、不純物を取り除いたキレイな鉄で出来た『巣』を作る。その蜂の巣を商人ギルドへ持っていくと、クラフト用の鉄素材として買い取ってくれる、というシステムである。

 本来はモノづくりの職人であるシーリャが、材料作りしかできないというのは、仕事がキツイということ以上に歯がゆいことであった。


「でも、アタシは諦めちゃいないよ。聖地の大神官さまは、この呪いを解くことができるらしい。いつかアタシも聖地に行って、呪いも解いてもらうんだ」

「そっか……きっと、上手くいきますよ」

「もちろんさ! ただ、呪い持ちはあまりにたくさんいる。全員を治してたら手が足りないから、腕利きのクラフトから優先するって決まりになっててね。そのために、まずは明日開かれるコンクールで賞を取らなくちゃならない」


 シーリャの語尾がかすかに震えていることに、マコトは気づいた。

 無理もない。コンクールなんて誰でも緊張するのだ。そこに、呪いを解いてもらえるかどうか、今後の人生がどうなるかという重大事がのしかかってくるとなれば、逃げだしたくなるほどの恐怖にかられることだろう。


「だ、大丈夫ですよ!」


 マコトは、言わずにいられなかった。

 今日会ったばかりの子どもの励ましが、どれほどの力になるかはわからない。ただ、知ってほしかった。彼女の包丁を見た時の感動は、目の前で魔法が行われたという衝撃を超えるくらい強い者だったのだ。


「僕、色んな包丁とか刀を見てきたけど、シーリャさんの包丁はすごかったです。他のに負けないくらいに。だから、大丈夫です。きっと」

「……。…………ありがとう。なんだか、アンタに言われると、そんな気がしてきたよ」


 マコトの髪をくしゃくしゃとかき回して、シーリャはうんと伸びをした。


「ま! コンクールのために最高級の鉄材をうんと買っちまってるんだよね。それこそ、ウサギの金がなかったら、今晩の飯代すらなかったくらいだもの。もう進むしかないんだから、ビビッてたって仕方がないか!」


 つきものが落ちたような顔で、サビついた包丁をくず入れに放り込む。もはやシーリャに、不安の色はなかった。

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