第2話 シーリャとウサギ

 ヘルメットの下から、薄っすら日焼けした、美しい容貌があらわになった。つり目がちな、いかにも気のキツそうな横顔で、鴉の羽色の長髪を後ろで無造作にくくっている。大学生……いや、もっと年下かもしれない。十とそこらのマコトからは立派な大人に見えるが、まだ少女と呼んでいいくらいには、あどけなさが残っていた。


「いやぁ、びっくりしたけど、刺されてる様子はないね。無事でよかったよ。アタシの名前はシーリャ。アンタは?」

「僕は、ウザげほっ! き……ごほっごほ!」

「うさ、ぎ? なるほどウサギ、ね」


 違う。

 本名は雨咲うざきマコトなのだが、喉が煙にやられてしまって訂正する余裕がない。シーリャが水筒を渡してくれたものの、咳を落ち着かせているうちに話題は次へと移ってしまっていた。


「それにしても、ウサギ。アンタなんだって“鉄喰い蜂”の巣箱なんかに入ってたんだい?」

「えっと、そうですね……」


 鉄喰い蜂なんて名前の虫は聞いたことがなかったが、さておくとして、シーリャ質問はマコト自身も抱いていたものであった。


 なぜ、あんなところに? まったく心当たりがない。


 かろうじて覚えているのは、おつかいを言いつけられて顔なじみの石屋をたずねたことだ。いつものように買い物をすませて……というあたりから先が曖昧になっていて、気づいたらあの状態だったのだ。


「僕にも何がなんだが。……とにかく今は、家に帰りたいです」

「そりゃそうだ。場所はわかるのかい? アタシが送っていってやるよ」

「あっ、ありがとうございます。うちは『雨とぎ屋』っていう店で、H県A市Mの」

「んん? ちょっと待っておくれ」


 すらすらと住所を暗唱するマコトを、シーリャはけわしい表情でさえぎった。心なしか、血の気すらひいている。


「……もしかして、だけどさ。それってクリストピア国とは別の国か?」

「くり……え、じゃあここって、日本じゃないんですか?」

「ニホン……?」


 顔を見合わせ、黙りこくる。

 当たり前のように日本語で会話できていたから気にせずにいた。しかし、だ。見たことのない蜂、不思議な造りをした小屋、そしていかにも外国人風なシーリャ。考えてみれば、違和感ならたくさんあった。


「うーん、ただ事じゃないとはわかってたつもりだったけど、これは思った以上に複雑かもしれないねぇ」


 シーリャはマコトと考えがシンクロしたみたいに頭をかいた。


「とりあえず町に行こう。物知りな知り合いがいる。アンタの国がどこなのかとか、教えてくれるかもしれない」

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