第16話

 朝の7時。ドアを、ひかえめにノックされる。

「いのり。朝食。」

「朝食?」

わたしはベッドから起き上がる。

今朝はなんの夢を見たっけか。

パジャマで部屋から出ようとして、

「パジャマでいいの?」

「いいんじゃない?」

周りを見る。

クローゼットも。でも、とわたしは常々思っていた事を思う。

 お兄ちゃんにも聞いてみよう。朝食の話の種ができた。

 わたしは、お兄ちゃんの朝食の誘いに乗る。

「うわあぁ……」

わたしの声に、お兄ちゃんは動きを固める。

トーストされた食パンの上に、アイスクリーム。あの、サーティワンとかで丸くしてもらえるみたいな、なんだっけ、なんだろう、あの器具。それで掬ったみたいなまん丸バニラアイス。絶妙にじわじわとかけられたキャラメルソースが波打ちながら全体を彩る。

カフェなの?これでミントの葉でものってたら店に出せちゃうよ。

「お兄ちゃん……」

「朝から糖分つぎこみすぎたか」

そうじゃないよ!!苦手なんだよ!キャラメルソース!

「キャラメルが、おおいな、って」

「メープルシロップだぞ?」

ガーン!と強い一撃。メイプルですと?メープル?!

言い方を変えてもあの、楓の樹木だかから摂れるあの?!

対するお兄ちゃんはと言うと。

ピーナッツバタートーストだった。

わたしは、白状することにした。席についてフォークとナイフという完璧な皿を、並びを、お兄ちゃんの女子力?を前にしながら。

「お兄ちゃん。わたしね。おばあちゃんおじいちゃんちにいた時から。ピーナッツバター、超苦手だった」

「はっ?!」

「メープルシロップも、キャラメルソースも、蜂がその甘さで舌をさしてくるような、とにかく人工的じゃないのに人工感が、」

「つまり食べられないのか?すこしも?」

「え?」

せっかく作ってもらった事を全く考えずに好き嫌いというか、好みをじょうぜつに語っていたというのに。

「わかんない、こどものころは、とにかくホットケーキには、マーガリン一択で、メープルシロップは悪、みたいな心境で。でも」

口に運んでみるか、という前に、

「いただきます、お兄ちゃんが用意したの?」

「どうぞ。そういう事情ならおばさんがそれを作る事は無いだろうな」

食べてみた。

つん、と特有の。シナモンやスパイスに通じるような舌の独特の場所を刺激するようでいて、

「んん?」

 甘い。

 甘いのだが。甘くて当然なのだろうが、

「わるくは、ない」

人の一生懸命作られたであろう料理を前に。

さらにはバニラアイスのシロップのかけられた部位をフォークですくい、口内に運び。

しばらく、もくもく。

お兄ちゃんはもうピーナッツバタートーストを食べ終わっていた。

わたしは先に上のアイスクリームを片付けた。

「おとなになってから、だと味が弱く感じる。食べれる」

「食べられる。」

「食べられる、どっちでも良くない?全然、とかも肯定と否定どっちも使ったり新しくどんどん流行語が国語辞典に載る世でしょ?」

「ニュースは見てるんだな?」

「どちらかというとクイズ番組、あらためて、朝食ありがとう」

「まだアイスしか食べてないだろう」

「うん」

残りはかけられたメープルシロップで手と皿をベタベタによごし、垂らすのもしょうがない、という感じで。せめてちょっとずつかじる。

「お兄ちゃんが、甘いのぜんぶ買ってきたの?」

「おばさんに許可貰って。蜂蜜もある」

「そんなに甘いの朝からどうするの?」

「紅茶に砂糖代わりに注入するんだ」

「へえ!」

それならわたしでも飲めそう。でも多分お兄ちゃんのお小遣いで買ったのかな?それともお母さんが前の生活を思い出して、ここでの生活に溶け込めるよう一緒に揃えたのか。

「……あさから甘いよ、お兄ちゃん」

わたしは笑った。

もうドラマでは制服着たまま朝ごはん食べてる画、変だよね、なんて話の種が出てこない。

だってコーヒーや牛乳を制服やサラリーマンのワイシャツにこぼすかもしれないのに。カッチリした朝ご飯を撮るためにあのセットと衣装と食事が準備されて撮影される。

 気になったので、やっぱりお行儀悪くもトーストをかじりながら蜂蜜入り紅茶を飲むお兄ちゃんに言った。

「オレは、学ラン来て今まで朝食食べてた」

あ、ほんとだ。

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