第9話

 ある日。

 そう、またある日。

 とうとう、お兄ちゃんの猛攻が始まる。

「いくらあればいい?」

わたしはなんのことだかわからずに、リビングのテーブルに座りながら、目の前でテーブルに手をついて乗り出してきたお兄ちゃんにたじろぐ。

「なにっ、おにいちゃん、」

こわいわけじゃない。お兄ちゃんをこわいと思ったのは一度だけ。思い出すとしあわせな気持ちになる思い出だ。

「外に出るのに。服、それとも、化粧品?何があったら。い、いのりは外に出る?」

お兄ちゃんがひさしぶりに、わたしの名前を呼ぶ。

わたしは毎日お兄ちゃんの名前を心に刻んでいるので、お兄ちゃんはいつだってお兄ちゃんでいい。

 ひとと、はなすの、ひさしぶり……。

「お金で出られないんじゃない。」

わたしはキッパリ言う。

「ら抜き言葉を使わないなんて、立派だ。」

……立派?わたしが?

「見られない、とか。食べられないとか。ふつう、言う、もの……、と思って」

わたしはお兄ちゃんに反抗するように相対する。でも怒ってるわけじゃない。

 お兄ちゃんは追撃してくる。

「なら人目?」

「わからないっ、外に、用でもあるの?」

わたしは、外に出たくないわけじゃないけれど、お兄ちゃんからのそんなにしつこくない攻めに守りを展開し始める。

「お兄ちゃん、わたしを外にだそうとしてる?いくらあれば、ってなに?」

「きょうから、いのりを、オレの、将来の伴侶にするために見守っていくッ」

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