17


「春になったら、お花見とかするの?」


なずなを真似て、窓の外を背伸びをしながら覗いているハクに問いかける。ふわっと風に髪がなびいて、なずなはハクの頭を撫でた。


「ううん、春風はるかぜは、たまにあそこでお酒飲んでた」

「春風さんだけ?こんなに立派な桜があるのに勿体ないな…」

「…なずなは一緒にお花見する?」

「私?私は…どうかな、来年の春までここにいるかは分からないし…」

「そうなんだ」


しゅんとするハクに、なずなは焦って膝をついた。


「遊びに来るよ!家も近いし」

「本当?」

「うん」


なずながそう言えば、ハクは嬉しそうに微笑んだ。


それから、廊下やトイレを掃除し、二階が終わると一階の掃除に取りかかる。途中で、ハクにおやつを出して、その間に一階の残りの掃除をやってしまい、取り込んだ洗濯物を畳み終えた頃には、すっかり夕暮れを迎えていた。テレビを付ければ夕方のニュースで、また火の玉が現れたとアナウンサーが伝えている。この後は、仕事から帰ってきたフウカと共に夕飯を作れば、なずなの一日は終わりだ。







「そういえば、住み込みの話はどうなったんですか?」


夕飯の片付けを終えた頃、フウカにそう尋ねられた。まだ皆は、リビングやダイニングで寛いでいる。


「暫くは、通いにさせて貰おうかと」


理由は、ギンジが反対してるからだが、言わなくても察しはついてるだろう。フウカは優しい青年だ、心配そうになずなを見つめた。


「…でも、朝早く来るの大変じゃないですか?」

「大丈夫ですよ、食事付きだし、十分有難いです」

「それならいいですが…この間襲われたばかりなので気をつけて下さいね」

「ありがとうございます」

「帰りは送りますから」

「大丈夫ですよ。近所ですし、フウカさんもお仕事お疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」

「でも、」


「それならギンちゃんが送ってあげたら?今日、火の玉のパトロール当番でしょ?」


フウカの言葉を遮ってマリンが言えば、「はぁ?」と不機嫌な声が跳ね返り、なずなは慌ててマリンに駆け寄り、その腕に縋りついた。


「マ、マリリンさん、それだけは…!」


しかし、マリンはなずなを抱きしめるだけだ。そして、その視線はギンジに向けている。どこか挑発的な眼差しに、なずなのハラハラは収りそうもなかった。


「これから暫くお世話になる人よ?ちょっとくらい歩み寄ったら?良いリハビリになるわよ、だってなずちゃんは、もう皆の正体を知っているんだもの」


マリンの言葉に、ギンジはマリンではなくなずなを、ギロ、と睨んだ。まるで流れ弾が飛んできたかのような状況に、なずなは思わずマリンの背に隠れたが、なずなの思い虚しく、マリンは一瞬の間に、水へと姿を変えてしまった。


「え、マリリンさん…!」


水溜まりとなったマリンは、するりと床の上を移動し、次に彼女が人の姿を纏って現れたのは、なずなの背後だった。


「私も、一度なずなちゃんのおうち見てみたかったの。一緒に行くわ」

「えぇ…」


「ね?」とマリンに言われては、なずなは頷くしかなかった。

何故かマリンには、逆らってはいけないと思わせる何かがあった。微笑みは美しいし、嫌悪感はないのだが、神様である春風とはまた違う空気を纏っているような。威圧感とまではいかないが、そのオーラに圧倒されしまう。


そうして、マリンが押し切る形で、なずなはマリンとギンジと共に、三人で自宅に帰る事となった。



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