14
妖といえども、人間の世界で暮らしている以上、働かなければ生きていけない。
フウカはキッチンカーでサンドイッチの販売、ナツメはアイドル、ギンジは隣駅の商店街で働いてるらしいが、なずなには何の仕事をしているのか、教えてくれなかった。
マリンは訳ありのようで仕事をしておらず、
ハクは見た目は小学生だが、妖と人間では成長の速度も、生きる長さも違う。学校に通えば年齢に合わせて見た目を成長させていかなくてはならないので、人の世に来た子供の妖が学校に通う事はほとんどないという。
それに、ハクは人の世に避難してきたようなものらしく、心の養生も兼ねてゆっくりしているのだそうだ。
朝食を終えると、なずなは慌ただしく出て行く仕事組を見送る為、玄関に向かった。
「何かあったら、いつでも連絡下さいね。すぐ帰ってきますから」
「ありがとうございます」
フウカは毎朝、こうやって声を掛けてくれる。この一言があるかないかで気持ちは随分変わる、頑張ろうと思える。職場にこういった元気をくれる人がいると、心強い。なずなは笑顔で頷いた。
「気をつけて下さいね」
「はい、行ってきます」
フウカは爽やかに微笑み仕事に向かった。玄関のドアが閉まり、なずなが小さく気合いを入れていると、
「あらあら~ちょっといい感じ~?」
と、耳元で声が聞こえ、なずなはぎょっとして振り返った。いつの間にか、顔を寄せる程近くにマリンがいた。彼女はこれ程目を惹く存在なのに、気配を消すのが上手い、それもマリンが人ではないからだろうか。
しかし、今なずなが重きを置くのは、マリンの体質の事じゃない。
「ち、違います!そういうんじゃありませんから!」
フウカとの仲を勘繰るマリンへの訂正だ、恐らくマリンはからかってるだけだろうが、フウカの名誉の為にも、ちゃんと否定しなくては。
確かに、ちょっと心が揺らぎそうではあるが。
慌てて否定するなずなをどう見たのか、マリンは、ふふ、と笑い、靴箱から華奢なサンダルを出した。
「お出かけですか?」
「ちょっとお散歩」
そう言う彼女の姿は、まるでネグリジェと見紛う程セクシーなワンピース。普通のワンピースではあるので、外で着れない服ではないが、マリンが着るとなると、何故か目のやり場に困ってしまう。
「…ちょっと大胆過ぎませんか?」
「そう?」
「今日は暑いですから、せめて羽織るものありませんか?綺麗な肌が傷ついちゃいますよ」
「私は水だから平気よ」
「でも、」
「水だって茹ったら大変だ。倒れちゃうかもって、ハク君も心配してるよ」
新たな声に振り返ると、やって来たのは春風で、彼はマリンの肩に薄めのカーディガンを、首にはストールを掛けてあげている。春風の足元にはハクの姿もあった。
「あら、それじゃ着ないわけにいかないわね」
春風の後ろに隠れてるハクは、マリンの微笑みに照れている様子だ。
「日傘を忘れずにね。あまり遠くへ行ってはいけないよ」
マリンは、「分かってるわ」と微笑みを残して玄関を出て行く。その後ろ姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。行ってらっしゃい、とマリンを送り出した後、なずなは少し意外そうに春風を見上げた。
「なんだい?今失礼なこと考えてたでしょ」
「こういう所は優しいんですね、普段ものぐさなのに…」
「君、今僕が言った事聞いてた?失礼な事考えてるって察してるのに、なんでそのまま言っちゃうかな」
「マリリンさん、どこか具合悪いんですか?」
「僕の意見は完全にスルーだね。彼女はちょっと訳ありなんだ、体調は…今はそんなに悪くない筈だよ」
「じゃあ、僕も出てくるね」と言って下駄を突っ掛けた春風を、なずなは慌てて引き止めた。
「待って下さい!また逃げるんですか?」
「なんだい、人聞きの悪い」
「フウカさんのお願い、まだ聞いてないですよね?草むしりするって話」
途端に春風は苦い顔を見せた。何の相談もなしに突然なずなをアパートに引き込み、皆を戸惑わせた罰として、春風はフウカから、庭の草むしりを命じられていた。
「昨日だって、出かけるって言いながら公園で寝てましたよね?暇なら手伝って下さい、草むしり!」
なずなが微笑んで軍手を差し出す。その姿に、春風は僅かに目を瞪った。
息を飲む気配に、なずなはきょとんとして春風を見上げた。
「春風さん?」
なずなが声を掛けると、春風は我に返ったように帽子を被り直し、それから、どこか懐かしそうに頬を緩めた。
「君、神様に労働させるとは…きっと罰が当たるよ」
言って軍手を受け取った春風に、なずなも表情を緩めた。
「その分、私もしっかり働きますから!約束は守るって言ったじゃないですか」
「そうだけどさ…全く逞しいねぇ。あ、洗濯や掃除はいいの?」
「洗濯は終わりました。掃除は午後に回します。午前中に草むしりやっちゃった方がいいと思って」
「なるほど」
話の矛先を変えたという事は、なずなの目を盗んで逃げるつもりだったのかもしれない。すっかり怠け癖が着いているようだ。
そこへ、二人の話を聞いていたハクが、春風の着物を掴みながらおずおずとなずなを見上げた。
「あの…僕もお手伝いしたい」
「本当?」
なずながしゃがむと、ハクはまた恥ずかしそうに春風の足に隠れたが、それでも小さな口を懸命に動かしてくれる。
「たまに、フウカと一緒に草むしりしてたから」
「そうなんだ、偉いなー!じゃあ今日もお願いしていい?」
「…はい!」
パッと花開くようなハクの可愛らしい笑顔に、ほっと心が癒されるようだ。その隙に逃げようとする春風の着物を、なずなは寸でで引き止めた。
「ハク君も手伝ってくれるなら、すぐに終わっちゃいますよ!」
「…はいはい、分かったよ」
春風はようやく諦めたのか、苦笑って頭を掻いた。
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