13


「な、なんで、それを?」


まさか、ずっとつけられていたのか。一体いつから。これも神様の力なのか。と、なずなが臆病に顔を引きつらせれば、その心情の変化を感じ取ったのか、「変な誤解しないでよ」と、春風はるかぜは慌てて両手を振って否定した。


「僕はあそこの神様とは長い付き合いでね。昨日は拝殿の中でお茶をしてたんだ、それこそ、人と仲良くなれる方法はないかなーって。そしたら、君の願いが聞こえてきた」

「でも私、声に出していませんよ」

「僕には聞こえるんだよ。拝殿の中は特殊でね、拝殿前での人の子の祈りや願い、その心の声は、神様には聞こえてくるんだ。僕も一応、神様だからさ」


なずなは気づいていないが、あの時、神社から出ていくなずなをこっそり見つめていたのは、春風だ。


「いやー、仕事探してるなずな君を見て、最悪誰かを雇うのも有りかなって思ってたけど、まさか、その君と再会するとは、さすがの神様も予想してなかったよ」


おおらかに笑う春風の話を、なずなは呆然と聞いていた。この人は本当に神様だというのか、昨日の不思議な力は本物だったのかと、改めて思い知らされた。


「…確かに仕事を探していましたが…あの、ここでの仕事とはどういった事を…?」


よく考えたら、彼らは人ではないのだから普通の仕事とは限らない。食べ物は見たところ人と同じだから、まさか血を吸われたりはしないだろう、吸血鬼はいないはず。


「ははは、そんなに怯えなくても何も怖いはないよ。ほら、フウカ君も散々言ってたでしょ、家事が大変だって」


水を向けられ、「まぁ、それは…」と、フウカは口ごもった。春風は再びなずなに向き直り、にこりと微笑んだ。


「だから、ハウスキーパー」

「え、家事ですか?」

「そ、無理に引き込んだ訳だし、時給もちょっとお高めにしておくよ。それに加え、住み込みだから、家賃も食費もうちで持つし」


いつ用意したのか、春風が懐から取り出した書類に目を通す。住み込みだが、休日も確保されており、補償も出して貰えるそうだ。


「…期限付きですか?」

「うん、火の玉騒動が収まれば、君は安全だろうし、その手紙の事も、ちゃんと話すと約束するよ」


手紙と聞いて、なずなは顔を上げた。首を傾げたのは、フウカだ。


「手紙って…春風さん何か知ってるんですか?なずなさんを引き込む為の作り話じゃないですよね」

「勿論だよ、あ、でもこれは僕達の秘密だよ。フウカ君にも秘密~」


ニコニコ笑う春風に、フウカは眉を寄せた。きっと、そんなフウカの反応も春風は楽しんでいるのだろう。春風は再びなずなに顔を向けた。


「悪い話じゃないでしょ?ここに居れば、もしもの時も安全だし、手紙の事もわかる。君と生活を共にすれば、僕らは人間と仲良くするというミッションもこなせるし、勿論、火の玉騒動も早く解決するよう努力する」


なずなは書類に目を落とした。

このままではいけないと思っていた。いつまでもふらふらしている訳にはいかないし、ただ日々を過ごすだけでは、過去の自分に縋り、まだ諦め悪く夢を見てしまう。

ここで働ければ、当面の資金を確保出来るし、それに、曾祖母の手紙の手がかりもある。昨日のギンジの事を思えば少し怖くもあるけど、飛び込んでみたくなった。

今までとは全く違う世界、新しい場所に飛び込めば、違った自分が見えてくるかもしれない。


「よ、よろしくお願いします!」


頭を下げるなずなに、フウカは何も言えず、困った様子で目を伏せていた。





そんなこんなで早一週間。休みを貰っても特にする事もないので、早くアパートの生活に慣れる為に、なずなは休日返上で、料理の練習や家事を行っていた。


それに、今は何かをしていれば気が紛れる。黙っていれば、また弱気な自分が傷つこうとしてくる。嫌だ嫌だと思っても、なかなか振り払えないのだ、自分のものなのに、心はとても厄介だ。


それでも、アパートに来て忙しく過ごしていれば、一時でも嫌な事を忘れられる。

ギンジとの隔たりがあり、まだ住み込みとはいかないが、それでもどうにかやっていけているのは、フウカやマリンの存在が大きかった。なずながギンジと衝突しそうになれば、いつも二人がフォローしてくれていた。


仕事を引き受けた日は、フウカにとっても自分の存在は迷惑なのではと思ったが、普通に接してくれているフウカを見ると、自分が彼らと関わる事を、ただ心配してくれていただけかもしれない。少し気がかりではあったが、なずなはそう思う事にした。


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