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そうしてなずなは、
「…広いお庭ですね」
「あんまり手入れが行き届いてないけどね」
あまりと言うか、一切手を加えてないのではと、なずなは胸の内で呟いた。玄関への道だけでも出来ていて助かった。
この時、へらりとした春風はいつも通りだったが、フウカは難しい顔をしたまま二人の後ろを着いて歩いていた。
そこへ、前を行く二人の前に白い猫が現れた。尻尾が二本ある、猫の姿をしたナツメだ。なずなに気づかれる前にナツメは茂みに隠れ、なずなが通り過ぎるのをジッと見つめている。人間が何故一緒に居るのかと、不思議そうだ。
「おい、フウカ」
ナツメが小声でフウカを呼びつつ側に駆け寄ると、フウカは立ち止まり、ナツメに合わせてしゃがんだ。
「出掛ける所悪いけど、ナツメ君もひとまずアパートに戻って」
「何する気だ?あいつ」
「僕も分からないよ」
「どこで拾ってきたんだよ、あんな人間」
「その言い方は失礼だよ、火の玉が彼女を襲う所だったんだ」
「え、捕まえたのか?火の玉」
「いや、逃げられた…というか、逃がしたよ」
「なんで」
「人間の前だったし、それに五つも火の玉が浮かんでた。騒ぎになってるのは、三つの火の玉だったろ?」
「ん?別の妖が、誰かを真似てやってるって事か?」
「かもしれないし、騒動を起こしてる犯人は一人じゃないのかも。それか、誰かに指示されてやってるか」
そこへ、春風がフウカを呼ぶ声が聞こえ、フウカは立ち上がると、一旦ナツメと別れた。
「すみません…近所の猫がいて」
まだフウカ達の正体を知らないなずなが居る手前、フウカはそう答えた。
ナツメはその様子を茂みから見守っている。皆が入ってから中に戻るつもりだろう。
古く崩れそうな洋館だと思っていたが、玄関の前に立つと、なずなの中で印象が変わった。ちゃんと生活感があるというか、人の気配がするというか。
「…綺麗なステンドグラスですね」
思わずなずなが呟くと、春風は嬉しそうに笑った。重厚な木のドアが、何だか特別な場所の入り口みたいだ。
「さ、どうぞ。履き物は玄関で履き替えてね」
言いながら玄関のドアを開け、なずなを中に促す。訴えるようなフウカの視線を受けても、春風はいつものように、へらりと笑みを浮かべるだけだった。
二人の様子には気づかず、なずなはアパートの内装に感嘆の息を吐いた。
まるで、大正ロマンの世界にタイムスリップした気分だった。なずなは物珍しそうにキョロキョロと辺りを窺い、リビングの広さに驚きつつ、促されたソファーに腰掛けた。春風も向かいに腰掛ける。フウカは探るような視線を春風に向けつつも、キッチンへ向かった。お茶の用意を始めるようだ。
「コーヒーで良いですか?」
「あ、お構いなく…!」
慌ててキッチンに居るフウカに顔を向けたなずなだが、「ゆっくりしていて下さい」と、笑みを浮かべるフウカに、申し訳なく頭を下げた。
再び視線を戻したなずなは、どこか緊張した面持ちで尋ねた。
「それで…協力って、どんな事をすればいいんですか?」
初対面の男性にのこのこ着いてきて、今更ながら危ない話ではないだろうかと、危機感を感じていた。これで何かあっても、自分の危機管理の無さが原因なので文句は言えない。恐々尋ねるなずなだったが、春風はにこやかな表情を崩さないままだ。
「実は、先程の火の玉、僕達のせいだと思ってる輩がいるんですよ」
「え?」
カシャン、と食器の割れる音がして、なずなは驚いてキッチンへ目を向けた。
「すみません、手を滑らせてしまって」
「だ、大丈夫ですか?」
「はは、お恥ずかしい、大丈夫ですよ」
フウカが床に落としたカップを拾う為しゃがむと、猫のままのナツメと目が合った。こっそりアパートの中へ戻って来たようだ。
「ナツメ、危ないから近寄っちゃだめだよ」
割れた破片を前足でいじるナツメに、フウカが小声で声を掛けた。
「分かってる。なぁ、あいつ巻き込む気か?」
「そのようだね。何考えてるんだか、あの人は」
小さく息を吐き、フウカは立ち上がると、新しいカップを取り出した。お湯が沸き、インスタントコーヒーを入れたカップに注ぐ。立ち上がる湯気の中、フウカは無表情に目を伏せた。
春風は、気にせず話を進めるようだ。
「その火の玉の犯人を僕達は探し出そうと思いまして、ああやってパトロールをしていたんです」
「そうだったんですか…協力というのは、その犯人を探す協力という事ですか?」
「犯人捜しは僕達の仕事です、まぁ、ざっくり言えばそれとも関係してきますが」
「…でも、ああいうのは警察にお任せした方が、」
「その通りですよ」
フウカがなずなの前にコーヒーを差し出しながら言う。
「あんな得体の知れないもの…彼女を危険に巻き込むつもりですか」
フウカの言葉にも、春風は相変わらずにこりと微笑んだままだ。
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