3
木窓から差し込む朝日で目が覚めた。まだ冬の寒さが残る朝では、すぐに起き上がる事など出来ようも無く、しばらく布団の中で震えて体温が上がるのを待つ。
「おはよ。ターヴィ」
しばらくそうしてから、テーブルの上に居るだろう相方に声を掛けるが、返事が無い。
まだ不貞腐れているのかと布団をめくって見ると、その場には誰も居なかった。
「……ターヴィ? 何処に行った?」
慌てて起き出し、部屋中を探し回る。が、何処にも居ない。
一体どういう事だ? ターヴィが自分の意思を持って動けるのは、僕と【デ・マンドール契約】を結んだからだ。僕から離れれば只の人形になる。一人で出歩くなんて有り得ないのに。
誰かに盗まれた? いや、それもおかしい。ターヴィには生体感知能力がある。例え寝ていても誰かが近づけば気づいて起きる筈。僕の寝てる横で抵抗されずに持ち去るなんて……。
何かがおかしい。まずい事が起きている。早く見つけて此処を出ていかないと!
急いで身支度をして、部屋を出て一階に駆け下りる。そこで宿屋の主人が朝食の支度をしているのが目に入った。
「おや、お早いですな」
「僕の人形知りませんか!?」
「はい?」
「僕が肩に乗せていた人形です!」
「ああ、いや私は何も……」
「今他に泊まっている人は?」
「今は君一人だよ」
背中で返事を聞きながら宿屋の門を開いて出た。朝靄で十メートル先も見えないけど、動かない訳にもいかない。
昨日と同じように、町を巡っていく事にした。
※※※
……おかしい。一定間隔で小ぢんまりと並ぶ平屋の扉を順に叩いていくが、どこも反応が無い。田舎とはいえ昨日はまだしも人通りが少しはあった。早朝なのは分かるが、それならいいかげん「朝っぱらからうるせーぞ!」とか怒られてもいい筈だ。
周囲に畑や海も無い。本当に人形を売るだけで成り立っているのだろう。朝からみんなが出かけているというのも考えづらい。
それに、何か、この景色、昨日と何かが違う。時間帯だけじゃ説明できない、何か変だ。なんだ? ……分からない。
そして、昨日の行商人だ。この町に宿屋は一軒しか無かった。そして、昨日会った時にはもう陽が落ちかけていた。それなのに、なんで宿に泊まっていない?
「おや、昨日の小僧じゃないか。やっぱり欲しくなったのか?」
考えながら歩いていると、昨日の倉庫まで来てしまっていた。ああ、やっと人に会えた。昨日に比べて微妙に営業トークが抜けてるけど、今はそんなのどうでもいい。
「おじさん! 僕の人形知りませんか?」
「え? いや、知らないけど、どうしたの?」
僕の勢いに押されて一歩引いた店主の長布巻きの帽子がズレた。
「無くなったんです。今朝から見当たらないんです!」
「そうなの? でも知らないなあ。人形が欲しいならまず家みたいな所を狙うだろうし。あんなの欲しい人要るの?」
「ぐっ……」
反論できない。いや、確かにそうだ。なんでターヴィを狙う? 動いてるのを見られた? だとしても連れ去る事が出来た理由が説明出来ない。
「……!!」
「どうかした?」
「あ、いえ」
店主が長布巻きの帽子を直した様子に僕が驚いているのに気づいて、何事かと訊ねられる。だけど、そこは誤魔化し別の質問をしてみた。
「そう言えば、ここに行商の人来ませんでしたか?」
「ああ、昨日来たね」
「昨日から姿が見えないんですけど……」
「そりゃ、行商人だからね。商売が終われば次の町に行くさ」
「そうですか……お邪魔しました」
そう言って僕は足早に宿へ引き返した。店主はそれ以上何も言ってこなかった。
間違いない。今……僕の眼には確かに映った! 帽子から木屑が一片地面にヒラヒラと落ちる様を。
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