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「あああ!! あの店主! ムカつく! ムーカーつーく!! 私の事何だと思ってるのよ!」
薪用の木片から勢い良く木屑が舞い飛んでいく。やっぱり買っておいて良かった。宿部屋の備品に当たられたら堪ったもんじゃない。彼女の爪は硬質で鋭い金属で出来ているので、木を削るくらいお手の物だ。
何だと思ったのかと聞かれれば、みすぼらしい人形だと思ったのだろうとしか答えようが無いが、火に油を注ぐだけなので黙っておいた。勿論それで鎮火に向かうはずも無く……
「大体あんたがいけないのよ! こんな汚い格好させるから!!」
「いや、それは、山だの森だの歩くんだから仕方ないだろ? そこはターヴィも納得したはず……」
「やかましい!」
飛んできた木片を思わず避けてしまい、壁にぶつかった。こりゃ宿の主人に怒られるかな。
「大体私の名前は『タヴェルネッロ オルガニコ サンジョヴェーゼ』よ! 略さないでっていつも言ってるでしょ! リーデル グラン クニュ!」
「……長いし言い辛いよ。ターヴィで良いじゃないか」
「キィィーー!!」
怒りの捌け口が近くに無い事に気づき、僕は慌てて木片を投げる。木片は空中で四つに分かれた後、再び削り節へと変化していった。干魚を用意した方が良かったかも知れない。
「はぁっ! はぁっ!……」
「……」
人形なのに息切れするのは製作者の趣味だろうか? 僕は創る側の人間じゃないので、その辺の事情はよく分からないけど。
「寝る!」
テーブルに跳び乗り、足を延ばした状態で座ると、瞼を閉じ、そのまま動かなくなった。僕はといえば、そのまま寝る訳にもいかず、部屋にあった箒と塵取りで木屑を掃除する。
……【デ・マンドール】ってもうちょっと主従関係が出来ているって聞いたんだけど。もしかして持ち主の方が『従』なのかな?
確かに出会った当初はワインレッドを基調としたゴシック風の格好で、薔薇をあしらったカチューシャ、床にまで届きそうなアズレージョ柄のリボンを8の字にして背中に着け(ゼンマイを模してるらしい)、カボチャが入るくらいに丸く広がったバッスルスカートとコルセットが一体化した物を着ていた。
それら全てが旅に邪魔になると判ると、徐々にスタイリッシュになっていった。動いてもズレない様なサスペンダー付きの藍ハーフパンツにガーター付きのロングソックス、日除け用の留め具付き大型藁帽子、薄茶フリルベスト、腰まであった綿あめの様にふんわりとした絹糸製の銀髪も肩まで切った。乳白色の肌とワインレッドの瞳によく似合っていたのだが……。殆ど自分で歩かないので靴だけはそのまま黒エナメルのチャンキーヒールにクロスベルトだけど。
ただそれらも野宿、沼渡り、野生動物に襲われる等ですっかりボロ切れだ。文句を言いたいのは分かるけど、新調した所で三日と保たないだろう。
一通り掃除を済ませてからやっと布団に入り、誰に言うでもなく呟いてしまった。
「あ~あ、や~だ、や~だ」
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