第4話 人と暮らすということ
その後、私は洗い物を済ませて風呂に入ったのだが、そこで事件は起こったのである。なんとアイちゃんが乱入してきたのだ! しかも全裸で! これにはさすがの私も驚いたよ。一体何が起きたというのか!?
まったく理解できない展開に混乱していると彼女は衝撃的な事を言ってきたのだった。
「わたしも入ります」
(ええぇー!?)
いやいやいやいや、ちょっと待って!? 何考えてるのこの子!? どうしてこうなった!? おかしいでしょ!? どうしてそうなる!? わけがわからないよ!? 誰か説明してくれぇー!! 心の中で絶叫するも当然助けなど来るはずもなく、少女は平然と服を脱ぎだしたので慌てて止めに入る羽目になった。
「ちょ、ちょっと待ったぁー!!」
少女の動きが止まった隙をついてなんとかタオルを巻くことに成功する。危なかった……もう少し遅ければ大変な事になるところだったぞ……。いくら子供とはいえ裸を見るなんて私にはできないからな……。危うく犯罪者になるところだったぜ……。それにしてもこの子は何を考えているんだろう……。普通わかるよね? わからないはずがないよね……? それとも私がおかしいんだろうか……? わからない……私にはわからないよ……。いや、深く考えるのはやめておこう。考えれば考えるほどドツボにはまりそうな気がするし……。今はとりあえずこの場をしのぐことを考えなければ……!
「アイちゃん、気持ちは嬉しいんだけどさ。普通お風呂は一人で入るものなんだよ?」
「そうなんですか?」
「うん、そうだよ」
嘘は言っていないと思いたい。よそはどうか知らないけど私の所ではそうなのだ。
あまり不思議がられると私の方が間違っている気分になってくるのだが、ここは私の意思を押し通したい。
「でも、家ではパパやママと一緒に入ってるんですけど」
「それは家族だからじゃないか。私達は他人だろう?」
いくら同性とはいえ人と肌で密着するなど私には耐えられそうにない。人が多く集まる場所でもできるだけ離れて目立たない隅っこを選びたがるのが私なのだ。
一度満員の会場で離れられないど真ん中で孤立した時は地獄だったな。あれは軽くトラウマだ。できればもう二度と味わいたくないものだね……。
そんな事を黙って考えているうちにやがてアイちゃんの声がか細く聞こえてきた。
「分かりました……」
がっかりさせちゃったかな。ここは私がアイちゃんのパパとママを見習って大人の態度を取るべきだったかもしれない。私は息を吐いて妥協する。
「いいよ、入っておいで。一緒にお風呂に入ろうじゃないか」
「はい!」
今度は一転して嬉しそうな声に変わったのを聞いてホッと安堵した。ふう、良かったぁ~。一時はどうなるかと思ったけど何とかなったようだ。あとは何事もなく平穏に終わることを祈るばかりである。
どうか神様お願いします! 私に安息の時をお与えください! そんな願いを込めて天を仰ぐが当然ながら答えは返ってこなかった。
アイちゃんは元気よく裸で湯船に飛び込んできた。それを見て私は頭を抱えるしかなかったがもう遅い。こうなったらもう諦めるしかないだろう。
アイちゃんは何が嬉しいのかニコニコしている。よせ、そんな笑顔を陰キャな私に見せるんじゃない。浄化されるだろうが。せめて彼女に変な事だけはしないように心がけるしかないな……。
鎮まれよこの手。どこも触るんじゃないぞ。
(はぁ、どうしてこんな事になったんだか……)
私は溜息をつくことしかできなかった。もはや後悔しても遅いだろう。こうなったら腹をくくるしかない。それにここまできたら覚悟を決めようじゃないか。こうなったらとことん付き合ってやろうじゃないの!
「よし、じゃあ洗ってあげるからそこに座ってくれるかい?」
「わかりました!」
元気な返事と共に彼女は椅子に座ったので石鹸を手に取って泡立てていく。そのついでに髪も洗ってあげようかな? 髪が長いと洗うのも大変だろうし綺麗にしてあげないとね。そうして髪を洗い終えた後、身体の方もしっかりと洗ってあげたのだった。
「はい、終わったよ」
「ありがとうございます」
彼女はお礼を言うと素直に浴槽に戻ってくれたので私は安心した。
(ふ~、子供と一緒にお風呂に入るのも楽じゃないな……。これからはもっと上手くできるようにしよう……)
魔法なら得意な私でもこうした分野はからっきしだ。アイちゃんのパパとママならもっと上手くやれるのだろう。
それからしばらくして私も身体を洗い終えるとゆっくりと湯に浸かった。それからしばらくの間、二人で他愛のない話をして過ごしたあと、そろそろ上がろうかという時に事件が起きた。突然、アイちゃんがとんでもない事を言い出したのだ。
「あの、お風呂から上がったら一緒に寝ませんか?」
「……!?」
一瞬何を言われたのか理解できず固まってしまったが、すぐに正気を取り戻して問いただす。
「い、一緒にってどういう意味だい……?」
すると彼女は恥ずかしげにもじもじしながら答えた。
「えっと、一緒に寝たいなぁと思って……」
「……」
それを聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になってしまった。まさかこんな小さな子に誘惑されているのだろうか? いやいや、そんなはずはない。きっと何か勘違いをしているに違いない。だって相手は子供なんだからさ。だからきっと私の聞き間違いに決まっている。そうに違いないと思い込む事にした。そうでなければやってられないからね……。
「ごめん、よく聞こえなかったみたいだ。もう一度言ってくれるかな?」
だから私はあえて聞き返すことにしたのだが、彼女は満面の笑みでこう言った。
「わたしと一緒に寝てください」
「……」
どうやら聞き間違いではなかったようだ……。どうしたものかな……これは困ったことになったぞ……。一体どうすればいいんだろうか……?
私は頭を悩ませていた。何故なら目の前にいる少女の言動に困惑していたからだ。いきなり一緒に寝てほしいだなんて言われて驚かないわけがない。
いくら同性だと言ってもさ。人と一緒に寝るんだぞ。長い間この家でずっと一人で暮らしてきたこの私がだ。動物だって警戒するだろう。
それをまだ子供のこの子からお願いされたところで首を縦に振れるはずもない。そもそもどうして急にそんなことを言いだしたのかわからないし、理由によっては断るつもりだった。しかし、その理由を尋ねてみても答えてくれなかったので困ってしまったのだ。
さて、どうしようか……。このまま断ってもいいのだけれど、そうしたらまた泣かれてしまいそうで怖いんだよなぁ……。そうなるともう収拾がつかないので困るんだよねぇ……。だからといって受け入れるわけにもいかないし、本当にどうしようかしらね……。ああ、頭が痛いよ……。
お風呂から上がって悩んだ末に出した結論は
「そうだね、一緒に寝よう」
という物だった。結局人との付き合い方の分からない私には上手い断り方なんてのも分かるはずもなく人に流される生き方しかできないのだ。
でも、まあ、アイちゃんが喜んでくれたから良しとしよう。
「それじゃあ、枕を持ってきますねー!」
そう言って彼女は部屋から飛び出していった。余程嬉しかったのかな? そこまで喜んでくれるとは思わなかったけれど、悪い気はしないかな? むしろ嬉しいくらいだよ。あんなに可愛い子が笑顔になってくれるんだからね。それだけで頑張った甲斐があるというものだ。もっとも苦労するのはこれからかもしれないけどさ……。
しばらくして戻ってきたアイちゃんと一緒にベッドに向かうと早速寝転がった。もちろん同じベッドでだ。最初は同じ部屋でも別々の布団で寝ようとしたんだけど、どうしてもと言って聞かなかったので仕方なく受け入れたのである。幸いにもアイちゃんはまだ小さかったので二人並んで寝ても余裕があったので助かったけどね。
横になった状態でしばらくしているとアイちゃんが質問をしてきた。
「おねえちゃんはどうして魔法使いになったんですか?」
「んー? そうだね。魔法なら一人でも学べるからかな?」
正直に言えば人付き合いが苦手だったので一人で出来る事をやっていただけなのだが、別に嘘をついたわけではないし問題ないだろう。
「なるほどー! おねえちゃんはすごいですねー!」
無邪気に感心してくれる彼女を見るとその眩しさに目まいがしてしまいそうになるが、悟られないように必死に我慢した。
危ない危ない……。きちんと威厳のある大人の態度を見せないとね。彼女に失望されたくはない。やはり人の機嫌を取るというのは面倒な事だ。だが、悪い気分では無い。相手が子供ならば尚更だ。この子には嫌われたくないと思ってしまうのだから不思議である。これも一種の母性本能というものだろうか? それとも単なる同情心なのか……? どちらにしても不思議な感覚だなと思った。今まで感じたことのない感情に戸惑いつつも悪くないと思っている自分がいるのもまた確かなのだ。もしかしたらこれが愛情というやつなのかもしれないな……。
いや、さすがにそれは飛躍しすぎか……。でも、もしもそうだったとしたら嬉しいなと思う。たとえそれが錯覚だとしても構わない。今この瞬間だけはそう思いたかった。
「ほらほら、もう寝ようね」
それだけ言って優しく頭を撫でると嬉しそうに目を細める姿がとても可愛らしいものだった。まるで子猫みたいだなと思いながら眺めているとやがてウトウトし始めたのを見てそっと私も目を閉じて眠りについたのだった。
(明日は何をしようかな……)
そんな期待を抱きながら。
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