第3話 アイちゃんの望み

 結局、アイちゃんが目を輝かせて離してくれないので私は彼女を連れて家に帰る事になった。

 どうしてこんな事になってしまったのかといえば、私の期待してる人を失望させたくない見栄というものが原因だろう。

 振り切ろうと思えばできたかもしれないが、その場合彼女がどれだけ失望して町に良からぬ噂が立つことか。私は私の見えない敵を恐れたのだった。

 ただ一つ学べた事といえば、それはもう二度と人と関わらないようにしようと固く決意したという事だ。

 最初から空気でいれば失望される事もない。私は平穏な人生を望んでいるのにどうしてこうなるんだろう……? 神様は意地悪なのだろうか? だとしたら神とはなんと残酷な存在なのか……。私に恨みでもあるんだろうか?

 まあいい、現実逃避して思考を巡らせても起こった事実は変えられないし、さっさと家に帰ろう。私には帰る家があるのだから……

 そうして私達は家路につくのだった。




「ただいま~」

「ただいま!」


 一人暮らしの我が家に二人の声が響き渡る。一人は私、もう一人は少女。

 今日からここで二人で暮らすのだと思うとなんだか気が遠くなる。

 私が人と一緒に住むなんてね。ペットだって仲良くできる自信がないから飼っていないこの私がなんてザマだろうね。

 ちょっと思いだしてみようか。

 あれは幼少の頃の記憶だ。私はこっそりと動物を飼っていた。私としては仲良くできていたつもりでいたのだが、そいつは新しく近所に来た奴のところに走っていった。何がいけなかったんだろう。

 おっと、こんな事を思いだしている場合ではないな。私はよりによって人の子供を連れてきてしまったのだから。そこで私ははたと気が付いた。


「そういえばアイちゃんはここに来る事は親御さんに言ったの? 私は人さらいの山の魔女になるつもりはないよ?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと伝えてありますから」

「いつの間に……」

「ん? お姉ちゃんが考えていた間に」


 おう、私はそんなに長い事考えていたのか。子供の足は速いな。

 だが、それなら安心だ。でも、ちゃんとって何を伝えたのかな? まさか山の怪しい魔女と一緒に暮らしますなんて正直に話した訳じゃないよね? ここに大勢で押しかけられると困るんだけど。

 さすがに駄目な事を事を言ったら止められるだろうから大丈夫だとは思いたいけど……念を押してみるか。


「何を伝えたんだい?」

「ドラゴンから町を救ってくださった魔女様に恩返しがしたいって出てきました」


 あ~なるほどね~、そういう事か~。いや、全然良くないんですけど!? 何考えてるんですかこの子! そんなの絶対に日帰りだと思われてるでしょ。

 住む気満々な態度しか見て取れないんだけど、気のせいなのかな? 私は落ち着いて椅子に腰掛ける。


「じゃあ、アイちゃんは少し恩返しをしたらここを出ていくのかな? てっきりずっと弟子としてここで面倒を見るのかと思って焦っちゃったよ。いや、ゴメンゴメン」


 私はできるだけ軽い調子でそう言ったが、アイちゃんの目は真剣そのものだった。


(あれれ、もしかして本気なのかな……?)


 嫌な予感がしてならないぞ。


「あの、アイちゃん……?」

「わたしはおねえちゃんのようになりたいんです!」


 ううっ……!キラキラしてるぅ~! 私のような陰キャには眩しすぎるオーラだ。

 どうしよう……すごく断り辛い雰囲気なんですけど……。

 ていうか、私のどこがいいのさ!? ただちょっと人より魔法が使えるだけの引きこもりだよ。

 偉そうに見えるから勘違いさせちゃったのかな。


「えっと、私みたいな大人にはならなくていいんだよ?」

「いえ、なります!」


 断言されてしまった……。こうなったらもうどうしようもないぞ。諦めるしかないのか……。はあ、しょうがないなぁ……。

 まあ、子供だし満足いくまで遊んだら帰るでしょ。


「わかった、わかったよ……。好きにすればいいよ。これからここは君の家だ」


 私がそう言うとアイちゃんは満面の笑みを浮かべた。やれやれ、厄介な子に目を付けられてしまったものだ。今後どうなることやら……。不安しかないなぁ。


「ありがとうございます! 一生懸命頑張りましゅ!」

(あ、噛んだ)


 そんなに緊張しなくても大丈夫なのになぁ。まあ、無理もないか。まだ子供なんだし知らない事もたくさんあるだろうからね。しばらくはゆっくりさせてあげようかな。幸い時間はたっぷりあるしね。その間に色々と教えていけばいいだろう。


 さて、いつまでも喋っているのも何だしそろそろ何かしようかな。何をしようか。一人だったら何も考えないで庭の草でも眺めていればいいんだけど、アイちゃんはそうした過ごし方は望まないだろう。私だって人並みの事をさせてあげたい。

 庭の草ぐらい一人の時に見ていればいいのだ。

 お腹も空いてきたし何か食べようかな。そう思って立ち上がろうとすると、不意に袖を引っ張られた。見るとアイちゃんがこちらを見上げているではないか。

 どうしたのだろうか、何か用事があるみたいだが、もじもじしているばかりでなかなか切り出そうとしない。よほど言いにくい事なんだろうか。それとも遠慮しているのかな? いずれにせよ聞いてあげないと何も始まらない気がするよ。だから私は優しく促してあげる事にした。


「どうしたの? なんでも言ってごらん?」

「はい……」


 彼女はそう言って頷いたもののやはり言い出しづらいようだ。だから私は彼女が自分から言い出すのを待ってあげる事にした。それからしばらく沈黙が続いた後、彼女は意を決したように口を開いた。


「おねえちゃん」

「なんだい?」

「おねえちゃんの作ったご飯が食べたいです」


 どうやら彼女もお腹をすかしているようだ。私も減っているからもうそんな時間なんだろうか。いろいろあったからつい時の流れを忘れてしまうね。

 自覚した途端に腹の虫が鳴りだした。私は苦笑して答える。


「いいよ、それじゃあ一緒に作ろうか。これも修行だよ」

「はい!」


 元気よく返事をする彼女を見て自然と笑みが浮かぶ。こうして見ていると普通の女の子にしか見えないんだけどな……。

 何だって私のようになんてなりたいのだろう。あまり深く聞くつもりもないけれど、いつか話してくれる時が来たらいいなと思う。その時は彼女の力になってあげたい。たとえそれがどんな内容であってもだ。もちろん本人の意思を尊重した上でだけど。

 そんなことを考えている間にキッチンについたので早速料理を始める事にする。メニューは野菜炒めとパンにしようと思っている。簡単に作れて美味しいのでオススメの一品だ。さっそく調理に取りかかるとしよう。

 まずは包丁を使って食材を切るところから始めようか。材料はお肉とニンジンと玉葱とジャガイモである。これらを用意してもらっておいたまな板の上に置く。次にナイフを手に持って手頃な大きさに切る。これが意外と難しいんだよね。下手に力を込めると危ないから慎重に切っていこう。そして次はフライパンに油をひいて火にかけるところだ。ちなみに薪を使うタイプのコンロで火力の調整が難しいため最初は苦戦したが今では慣れたものである。中火くらいで十分なのでそうしておく。これで下準備は終わったのでいよいよ本番だ。フライパンに油を引き、切った食材を投入していく。全部入れ終わったら蓋をして蒸し焼きにする。後は時々様子を見ながら待つだけだ。その間暇になるので椅子に座って待っていることにした。


「アイちゃん、お皿の準備が終わったらこっちにおいで」

「はい!」


 彼女は調理中の鍋を気にしていたが、別に火力で吹っ飛んだりはしないので大丈夫だ。

 しばらくすると良い匂いが漂ってきたので蓋を開けてみると、いい感じの照りが出ていてとても美味しそうだった。我ながらいい出来だと思う。これならきっと気に入ってもらえるはずだ。さあ、実食の時間だね! テーブルに並べた食器に盛り付けていざ実食!


「いただきます」

「いただきます」


 私とアイちゃんは同時に一口食べてみた。その瞬間、口の中に幸せが広がる!

 これは美味い! 思わず顔が綻んでしまうほどに美味しかったのだ! 自分で言うのもなんだけど最高の味だと思う! こんなに美味しく作れるようになるとは正直思わなかったな……。これならばいくらでも食べられそうだ! と言いたい所だが、さすがにお腹がいっぱいになったので食べるのは止めておこうと思う。もったいない気もするけど仕方ないね。残った分はまた明日にでも食べようかな? そんな事を考えつつ私達は食事を終えたのだった。

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