第2話 怪しまれる魔女
その後、せっかく町まで来たのだからと私は適当な店に買い物に寄る事にした。
町はまだ多くが崩壊していたが、商人はもう商売を再開していた。人とは逞しい生き物だ。
感心しながら近くの店に入って物色する。
「これとこれとこれをください」
「まいどあり!」
ふむ、なかなかの物が手に入った。久しぶりに寄ってみると案外珍しい物があるものだ。
私はそのまま適当にぶらついてから帰ろうと思ったのだが、そこでトラブルに巻き込まれてしまった。
「おい! 待て!」
私が買った物を魔法のボックスに入れてから歩いていると、後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは数人の男達である。
見たところ冒険者といった所だろうか。格好からしてそんな感じに見える。
「何か御用ですか?」
私は無駄に波風を立てないように丁寧な態度を試みる。下手に出るのは面倒だが敵を作らないのに損はない。人生はイージーモードで行かなければ。
だが、私がこんなに下手に出て応対してやっているのにあまり歓迎されてはいないようだ。明らかに敵意を感じる。
「とぼけるな! お前があのドラゴンを呼んだんだろ!」
「はい?」
ああ、そういう事か。どうやらさっきの騒動を私がやったと思ったらしい。あんな騒動の後で怪しい奴がうろついてたら怪しむのも当然か。
私は自分が怪しいつもりはないのだがなぜかみんなは私を怪しむのだ。前世から。なぜなんだろうね。分からないよ、ほんと。
「あのドラゴンがどこに行ったか知ってるかい?」
「知るか!」
「隠れていたらいなくなっていたんだ!」
「なるほど」
あのドラゴンがどうなったのか。こいつらは知らないようだ。私も知らない。アイちゃんに付き合って両親を探しているうちにいつの間にかいなくなっていた。
おそらくどこかに飛び去ったか誰かが倒したのかもしれない。私と同じぐらいのレベルだったら倒せるだろうから片付いてても不思議ではない。
探す必要もないだろう。特別な存在だったらいつか再び現れるだろうし、つまらない人生を急いで生きる必要もない。何よりも私には関係がない。
必要なら国が依頼を出して冒険者が勝手に探すだろう。
とりあえず誤解は解いておこう。丁寧な物腰で。
「いいえ、ドラゴンを呼んだのは私ではありませんよ」
「嘘つけ!」
「この怪しい奴め!」
「成敗してやる!」
「ええー? 困ったな」
正直に答えたというのに男達は納得しないようだった。町であんな事があってストレスが溜まってるのかな? いきなり殴りかかって来た。危ないなぁ……。
私は軽く避けながら男の腹に蹴りを入れた。
「ぐはっ!?」
「いきなり殴りかかってくる男はもてないよ。私にもてる必要もないだろうけど」
「こいつ!」
「やりやがったな!」
男が地面に倒れると他の仲間達が一斉に襲いかかってきた。やれやれ、しょうがないな……。これは正当防衛だよね?
私は自分に言い訳をすると魔法で彼らを吹き飛ばした。手加減はしておいたので死んではいないだろう。多分……。
「ふう、これでよしっと。せっかく生き返らせてやったんだ。簡単に死んでくれるなよ」
彼らが気絶している間にさっさと退散する事にしよう。そう思って立ち去ろうとした時、突然目の前に女の子が現れた。
しかも、見覚えのある顔だ。まさか……。
「あなたはさっき助けてくれたおねえちゃんですよね?」
やっぱりそうだ。あの時の少女じゃないか。なんでここにいるんだ?
「君は確かアイちゃんだったっけ?」
「そうです! 覚えててくれたんですね!」
まあね。ついさっきの事だから。たいした事じゃないのにアイちゃんは嬉しそうだ。私なんかに覚えられてても良い事は無いと思うけど。
それにしても驚いたな。まさかこんな所で会うなんて思わなかった。どうしよう?
このまま知らんぷりするのは気が引けるし、かといってこの子に話しかけるのは危険だ。
今は町に人々がいる。事案で通報されては困るんだ。ついさっき怪しいと絡まれたばかりなのに。
どうしたものかと考えていると、アイちゃんがとんでもない事を言い出した。
「わたし決めました! おねえちゃんみたいに強くなります! それで悪い奴をやっつけるんです! わたしを弟子にしてください!」
「えっ!? ちょっと待って!?」
それは困る! そんな事になったら平穏で平凡な日々が失われてしまうではないか!
この子には私が人を教育できる人間に見えているのだろうか。『お姉ちゃん邪魔ですよ。そこどいてください。休日ぐらいどこかに出掛けたらどうですか』とか言われる未来しか見えないぞ。
この子には悪いけどここは穏便に帰ってもらうとしよう。そうすれば私に幻滅する事もないだろう。
「ごめん、それはできないよ」
「どうして!?」
なんで断られるかわかんないって顔してるよ!? 普通は断るでしょ!? それとも断られると思ってなかったのか!?
私が困惑しているとアイちゃんは涙目になってしまった。まずい! このままじゃ泣き出すかも!? それはさすがに面倒だからなんとかしないと……。仕方ない、適当にそれっぽい理由を付けて誤魔化すか……。
「えーとね、私にはやらなきゃいけない事があるんだよ」
「やらなきゃいけない事……?」
「うん、そうだよ。とても大事な事なんだ」
よしっ! いい流れだぞ! この調子で誤魔化せれば……。
「それってもしかして結婚ですか?」
はい? 何を言ってるんですかこの子は? なぜそういう結論に至ったのかな? 全然わからないんだけど?
さっき町を襲ったドラゴンを倒すとかそういう方向では考えなかったのかな? それとも結婚に憧れる年頃なんだろうか。まあ、それならわからなくもないか。私だって憧れてた時期があったし。
でも、今言うのはやめてほしかったかな。ほら、周りの人達がこっちを見初めてるし……。
適当に歩いて誰にも気にされないうちに帰ろうと思ってたのに困ったな……。隠蔽を使おうにも今からだと逆に怪しまれそうだ。
ここは普通に流していくとしよう。いくら私のトーク術でも子供には負けないはずだ。
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、好きな人と暮らしてるの?」
この子は人の話を聞かない子なのかな? 話が恋愛の方向に向かってる気がするんだけど気のせいだろうか?
私には恋人どころか友達もいないんだけど。
でも、ここで否定してもしつこく聞いてきそうだな。あんまり嘘はつきたくないけど、仕方あるまい。不本意だけど話を合わせておこう。それが一番無難だと判断した。
決して面倒くさくなった訳ではないという事をここに宣言しておく。
「……そうだね。いるかどうかと言えば……」
するとなぜか周りがざわめいた気がした。いや、実際にはざわめいてないけど空気が変わったような気がするのだ。特に男連中の視線が痛い。
(何だこいつら……?)
ちょっと考えを覗いてみるか。
(あの女、何者だ……? 俺より強いんじゃね……? ていうか、可愛い……)
(あんな子がこの世に存在するとは……!)
(女神降臨!! 踏んでくれ! 罵ってくれ! 蔑んでくれー!)
などと思っているようだ。ん、なんだこれは。おかしいぞ。ドラゴンが現れた影響で磁場が乱れてるんだろうか。言われるはずのない事を思われている。
気持ち悪いから勘弁してほしいんだが……。
やはり人の考えを覗いても碌な事にはならない。それにプライバシーの侵害だ。
わたしだって良い事ばかり考えているわけではないので気持ちは分かる……つもりだ。
(恋人はいるのかないないのかな)
(むしろ俺と付き合ってるといってくれ)
「……」
もううるさいからこんなスキルは閉じてしまおう。よし、静かになった。
こんな事をやっているといつか自分の身に帰ってきそうで怖い。人の嫌がる事はしないに限る。
しかし、この状況はどうしたものだろうか……。とりあえずアイちゃんの誤解だけは解いておかないと後々面倒な事になるかもしれないな……。
「あのね、違うんだよ」
「何が違うの?」
まだ続けるの? もういいじゃん、諦めようよ……。私は一刻も早く帰りたいんだよ? 買い物に寄ったのが悪かったのだろうか。
こうなったら仕方がない。奥の手を使うしかなさそうだな……。本当は使いたくなかったんだけどなぁ……。
「私、こう見えても既婚者なんだよ。だからもう結婚とかはとっくに通り過ぎた道なんだ」
どうだ! これなら文句はあるまい! さあ、諦めて帰るがいい! そして二度と私に関わるんじゃないぞ!
「うそだー!」
だが、現実は非情だった……。何で信じないのかなぁ……。
こんな可愛い私に彼氏がいないはずないじゃん。いないけど。
もう面倒くさいなぁ……。もういっそのこと魔法で全部本当の事にしちゃおうかな? その方が面倒臭くなくていいよね? どうせ誰も信じてくれないし。よし、そうしよう!
「本当だよ? これでも信じられないかい?」
そう言って私は魔法を発動させる。私の体が光に包まれると同時に服がウェディングドレスに変わったのだ! もちろんブーケ付きである! ついでに髪形も変わって結い上げになったぞ! 完璧だな! 我ながら素晴らしい出来栄えだと思う! これで信じるしかないだろう!
「これが私が結婚した時の衣装だよ」
我ながら想像だけでここまで具現化できる魔法は凄いと思う。とても未経験者には思えないだろう。
さあ、崇めろ! 私を敬え! 称えるがいい! ふっふーん♪ 決まったぜ! これが私の奥の手で必殺奥義・変身の魔法だよ! これでどんな相手だろうとイチコロだぜ! ちなみにこの魔法は見た目を変えるだけじゃなく性別や年齢まで変えられるから便利だよ! これを使えばいつでも花婿さんにもなれるからね! やったねアイちゃん! これで信じられるね!
「……すごいです」
どうやらやっと分かってくれたようだ。そうだろうそうだろう! もっと認めていいんだよ!
「おねえちゃん、とっても綺麗ですね!」
疑い深い彼女もしょせんは子供か。さっきまで疑ってたのに今ではすっかり信じちゃってるよ……。変身魔法まで使うなんて少しやりすぎたかもしれないね。反省しなきゃ……。
久しぶりに人と話したので少しハイになっていたかもしれない。落ち着こう。
それから彼女はしばらく見惚れていたようだが、やがて我に返ると慌てて謝ってきた。
「ごめんなさい! わたしてっきりおねえちゃんが素性を偽ってるのかと思っちゃって……!」
ああ、なるほど。確かに怪しいもんね私って。可愛いけどなぜか黙っているだけで何か企んでいると思われるタイプだもんね私って。自分でもわかってるよ。だから不用意に人のいるところに出掛けたくはないんだ。
それにしてもこの子は素直ないい子だね。私なら絶対にこんな素直には謝れないよ。まあ、だからこそこの子には真実を伝えるべきなのかもしれない。私は覚悟を決めて彼女に告げる事にした。
「実は私は人間じゃないんだ」
「えっ!?」
驚くのも無理はないだろう。普通の人間だと思っていた相手が実は人外でした、などといきなり言われたら誰だって驚くはずだ。
正確にはこの世界の人間では無いというのが正しいんだけど。
さて、どう説明したものか……。あまり詳しく話すと怖がらせてしまうだろうし、だからといって適当に話しても信用されないだろうし、難しい所だ。
そこで私は考えた結果、かなり省略して説明する事にしたのだった。
適当の中に一つの真実があればもっともらしく聞こえるという奴だ。後は脳内で補完して欲しい。
「私はある目的のために別の世界からやって来たんだよ」
「ええええっ!?」
さすがにこれは予想外だったのかアイちゃんも驚いているようだった。
そりゃそうか。いきなりそんな事を言われても困るよな。私だって困るもん。自分がこんな世界に送られてさ。
自分で言ってても胡散臭いし、こんなので納得する訳がないと思っていたのだが……。
「そうだったんですか……。わかりました!」
何故か納得してしまったらしい。さすがは私と話し合える女の子だ。どこかで通じ合っているらしい。
いや、これは納得というより理解してくれたという方が正しいのかもしれないね。どちらにせよ凄い事だと思うよ。普通なら何言ってるんだこいつって冷たく笑われるのがオチなのに、あっさり受け入れちゃうなんて大したもんだ。もしかしたら将来大物になるかもね、この子。
「わかってもらえて嬉しいよ……」
私がそう答えると、アイちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。
「わたしも頑張ります! おねえちゃんみたいになるために!」
いや、別に頑張らなくてもいいんじゃないかな? というか、むしろ頑張らないでもらいたいんだけど……。私みたいになっても人生の得にならないしさ。お願いだから普通のままでいてほしいんだよね。頼むからそのままの君でいてくれ!
「いや、あの……」
私が言い淀んでいるとアイちゃんはさらに追い打ちをかけてきた。
「わたし、がんばって立派なお嫁さんになりますね!」
(ああ、そっちか……)
どうやら魔法使いになりたいという話の方ではないらしい。よかったぁ……。もしそっちだったらどうしようかと思ったよ。
魔法なんて極めても寂しいぼっち生活が待っているだけだからね。せいぜい人に見せたら凄いねと言ってもらえる程度だ。これ以上の犠牲者は必要無い。
普通が一番、普通が最高だ、この子はどうか普通の生活が送れますように。そんな願いを込めながら私は微笑んだ。
「じゃあ、花嫁修業頑張ってね」
「はい! これからよろしくお願いしますね! ビシバシ指導してください、師匠!」
(えっ!?)
なんでそうなるの!? おかしいでしょ!? どうしてそうなった!? わけがわからないよ!? 誰か説明してくれぇー!!
そんな私の心の叫びを無視して少女は嬉しそうに微笑んでいたのだった……。
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