山の魔女は静かに暮らしたいのに周りが放っておいてくれないよ
けろよん
第1話 襲われた町
私は自分が賢いヒロインだと思っている。
計算の速さ、知識の豊富さ、人間心理への洞察、戦略性、どれを取っても一級品だ。
しまいには世間に飽きてしまって山奥で一人暮らしをする事にした。
私のような賢い人間には愚かな者達との付き合いなど退屈なだけなのだ。だからこうして山奥で一人で瞑想にふけるような生活を好んでいる。
決して人付き合いが苦手とかそういうわけではないのだ。
「ふう、この本も読み終わってしまったな。つまらない本だった」
私が読み終えたのは世間で人気だと評判の恋愛小説である。だが、つまらなかった。
こんな物を読むくらいならリアルで恋愛でもしろと言いたい気分だ。
まあ、私もリアルで恋愛などした事はないのだが。この世界に私に釣り合う男などいない。私は優秀すぎたのだ。
「ああ、退屈だな。たまには街に出て買い物でもするか。だが、面倒だな」
私の住んでいる場所は人里離れた山の頂上付近にあるため、街に出るのは一苦労なのである。
人混みを嫌ってここへ移り住んできたわけだが、痛し痒しというものだろうか。
まあ、魔法を使えば町へ行く事など容易いのだが、そこまでして町へ行きたいかといえば別に行きたくはないのであった。
「町は人が多いからな。人混みは苦手だ。なぜこの世界にはアマゾンが無いのだろうか。このまま私の人生は終わっていくのだろうか?」
そんな哲学的な事を考えながらふと窓の外を見た時、空から何かが降って来るのが見えた。
それは赤い光を発しながらゆっくりと落下してくる。まるで隕石のようだ。
「何だ? あれは……」
私は長い事ここで暮らしているが、あんな物は見た事が無い。
その物体は地面に激突すると激しい衝撃と共に爆発を起こし、周囲一帯を吹き飛ばしてしまった。
「うおっ! 何なんだ一体!?」
私は慌てて外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
山から見下ろすその景色は今まで見ていた物とはまるで変わっていた。
先程まで平和だったはずの町は跡形もなく消し飛んでおり、周囲には瓦礫や死体の山が出来上がっていたのだ。
まあ、元いた世界とは違ってこの世界の人間なら私の魔法でいくらでも生き返らせられるが、それでも衝撃的な光景だった事に変わりはない。
「くっ、私はグロは駄目なんだ。見えないように消しておこう」
私がヴェールの魔法を使って見たくない物を見えないように隠蔽した時、(生き返りは後で使ってやるから。あの魔法は少し面倒なんだ)、上空から声が聞こえて来た。
『愚かなる人間共よ。これより我ら魔族による支配が始まる』
その声はどこか機械音声のように抑揚がなく、不気味に感じられた。
空を見上げると巨大なドラゴンが空を舞っているではないか。
どうやら先程の隕石とともにやって来たらしい。
「人間どもを殺しておいてよく言う。愚かなのには同意だが。まさか、あれは別世界からの侵略者なのか……?」
同じ世界の者ならすぐに分かったはずだ。なぜなら私はこの世界の全てを知り尽くしているのだから。
ならばあれは必然的に外の世界から来た者ということになる。
「だが、どうやって? 別の世界に渡る方法なんて私でも知らないぞ」
物語でなら読んだ事はあるが、道具や魔法で理論立てて実行できない事など妄想と同じだ。
ただ唯一神だけがそれを可能とするが、この世界に来てからは一度も会ったことはない。
しかし、実際にこうして起こっている以上、認めるしかないのだろう。魔族はどうした事か別世界への転移が使えると。
「私の知らない事がまだこの世にあるとはな」
私は久しぶりにわくわくとしていた。あのドラゴンをすぐに倒してしまうのはもったいないだろう。私はしばらく様子を見る事にする。
どうやら私の住む世界は魔族の住む異世界からの脅威に晒されようとしているようだ。
町へワープして行ってみると、そこはまさに地獄絵図と呼ぶに相応しい有様だった。
そこら中にトマトの汁が飛び散っており、ぬいぐるみが転がっている。これはそれがそのまま転がっているわけではなく、私が隠蔽した気持ち悪い物が可愛い物に変換されているのだ。
そんな中で一人の少女が泣き叫んでいた。
「お母さん! お父さん!」
少女は両親を探しているようだが、どこにも見当たらないようだ。私が隠蔽したからどこかの破れたぬいぐるみになっているのだろう。
(やれやれ、仕方がないな)
生き返りの魔法はもっと後で使ってやろうと思ってたんだけど、この状況ではそうも言っていられないようだ。
私には人を助ける義理などないが、泣いている子を見捨てるほど薄情でもない。
私は少女の所へ歩いて行き、声をかけた。
「君、大丈夫かい?」
「あ……、おねえちゃんだれ……? どうしてここにいるの……?」
少女は私に怯えているようだ。まあ、仕方ないか。突然、知らない人に声を掛けられたんだものね。
ちょっとお巡りさんを探してしまうが誰もいないようなので、改めて私が声をかける事にした。
「私は通りすがりの魔法使いだよ。それより、ご両親を探してるみたいだったけど?」
個人情報は気楽に明かさない主義なので適当に誤魔化したけど、少女は私の正体を気にしている余裕はないようだった。
「うん……、どこにいるのかわからないの……」
「そうか。じゃあ、一緒に探してあげようか」
「ほんと!? ありがとう、おねえちゃん!」
少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。この子にとっては一人でいるよりも誰かといた方が心強いだろうし、当然の反応かもしれない。
「それじゃあ、行こうか」
私達は手を繋いで歩き始めた。その間に話をした。
少女の名前はアイと言うらしい。年齢は八歳だそうだ。
「アイちゃんはこの町に住んでるのかい?」
「そうだよ。ここはわたしの住んでる町。みんないいひとばっかりなんだよ」
「そうなんだ。それは良かったね」
「うんっ! おねえちゃんはどこからきたの?」
「私は遠くの町から来たんだ。ここには旅行で来たんだよ」
もちろん嘘だ。本当は町外れの山奥から出て来て、人里に降りて来たのだが、それを正直に話す必要はないだろう。
「へー、いいなー。わたしもいつかおねえちゃんの町に行ってみたいなー」
「行けるよ。その時は私が連れて行ってあげるよ」
「ほんとに!?」
「ああ、本当だとも」
まあ、連れて行く気はないけどね。面倒臭いし、こんな子供を連れて歩きたくないし。
別に嫌とかではなく通報されると恐いから。
でも、この悲惨な現場から目を逸らさせる為に話に付き合うぐらいはしてあげる。記憶なんて後で改竄すればいいしね。
それにこの子はまだまだ利用価値がありそうだし。
話をするのは随分と久しぶりだ。何の打算もない相手ならこちらとしても気楽に話せる。
そんな事を考えていると、アイちゃんが私の手を握って来た。
「えへへ、うれしいなー♪」
本当に嬉しそうだな。きっと友達がいないんだろう。かわいそうに……。
「あっ、あれみて! おとうさんとおかあさんがいる!」
どうやら見つかったみたいだ。
「よかったねー、おとうさんとおかあさんがみつかって」
「うん! おねえちゃんのおかげだね!」
「いや、君の運が良かっただけだよ。それよりほら、あそこにいるのがご両親かい?」
私は近くまで来て瓦礫の陰を指差して言った。そこにはぬいぐるみがあるだけで親の姿は見えない。
「あれ? いない? おかしいな。確かにいると思ったのに……」
この子はなかなか勘の鋭い子のようだ。魔法の才能があるのかもしれない。私の隠蔽魔法の違和感をそこはかとなく感じているようだ。
もっときちんと隠蔽すれば気づかれなかっただろうが、即席で発動した魔法だしね。そこまでする必要は感じなかった。
私は不安そうにする少女を安心させるため、優しく微笑みかける。
「大丈夫だよ。すぐに会えるから」
「うん……」
「しばらく目を瞑ってて」
「わかった……」
少女が素直に目を閉じてくれたので、私は隠蔽魔法を解除する事にした。もちろん陰惨な現場は見ないようにして。同時に生き返りの魔法も発動する。
町全体に魔法を使うとなるとさすがの私も疲れるし、何よりも目立ってしまう。
町を襲った魔族に見つかると面倒な事になりそうだが、そうも言っていられないか。
「エリアリザレクション。それとヴェールキャンセル」
町全体を魔法の光が包み込む。町の修復まではしなくていいか。そこまでしてやる義理は無いし、生き返った町の人達が勝手にやるだろう。
するとそこにアイちゃんの両親の無事な姿が現れた。
「わぁっ! おとうさん! おかあさん!」
少女は喜んで二人に駆け寄る。二人は困惑しているようだけど、無理もないだろう。さっきまで隠蔽されて死んでいたんだから。
だが、その疑問を口にする前に少女が両親に飛びついた事でうやむやになったようだ。今は再会できた喜びを分かち合っているようだ。
そんな光景を見ながら私は呟く。
「まったく、愚かな連中だよ」
人に会えるのがそんなに嬉しいのだろうか。私には理解できない感覚だ。
人付き合いが煩わしくなって家を飛び出すなどこの少女にとってはまだまだ先の体験なのだろう。
そして、こんな光景を見て密かに喜んでいる自分もまた滑稽に思えてしかたなかった。
「じゃあ、私の出番はここまでだね」
町を破壊したドラゴンもいつの間にかどこかに行ってしまった。
全てを破壊したと信じてもうここには用が無いと去ったのだろう。こんな辺境の国にたいした用事もないだろうし。
私もこの場を後にしようとする。ここに用が無いのは私も同じだ。町が元の姿を取り戻した以上ここにいても意味は無いだろう。
だが、その時、少女が私を呼び止めた。
「おねえちゃん! ありがとう!」
少女は満面の笑みでお礼を言ってくれた。こんなに感謝されたのは初めてかもしれない。
別に嬉しくなんかないんだけどね。ただ、ちょっと照れ臭かっただけだ。
「どういたしまして」
それだけ言うと私はその場を後にしたのだった。
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