午後 終結
走馬灯でも見られるのかと思ったけれど、まず思い出したのは、なぜかミランダちゃんの顔だった。あらためて観察すると、気持ち悪いわ。どう見てもおっさんだもの。オカマだもの。トランスジェンダーを否定する気はないけれど、申し訳ないが、違和感が強くて気持ち悪いのは、少なくとも私の感情としては、事実だわ。
とはいえ、表立ってそんなことは言わないわ。というかどうでもいい。そもそも人間なんてどうでもいい。……ミランダちゃんが人間かどうかは別の話だけれど。
人間なんて、どれも汚物よ。水とタンパク質と脂肪の塊。意識がある分、高尚だとも取れるけれど、逆にその分、厄介な存在だわ。誰も彼も、どれもこれも、馬鹿ばっかり。愚かなことをしでかしては、その責任を取ろうともしない。善意を振りかざして、大きな顔をする。聖人君子も、偉人も、誰も完全じゃない。善政の裏で悪行を行い、技術を進める一方で大勢を殺す。名作を作っては堕落に生き、平和を謳いながら享楽に溺れる。どいつもこいつも、クソばかりだ。
そうだわ。私は、人間に絶望していたのよ。この私ですら、世界に対して罪を犯している。私は、搾取されるのが嫌なんだ。だから、この素晴らしい頭脳を、才能を、自分のためにしか使えない。他のクズどもよりよほど高尚な、私という存在を、守り切るので精いっぱいだ。
いつから、こうなったんだろう? 私はいつから、周囲を見下すようになったの?
たしかに人間は、誰も彼も、私より愚かなクズばかりよ。それは、事実として正しい。だけど、それを見下すなら、私は下々の彼らに対して、責任を取るべきなのよ。上に立つなら、彼らを、せめていまよりまともな存在に引き上げるために、尽力すべきだった。それを怠って、私はただ、自分より愚かな彼らを見下していただけだわ。そんな私は、やっぱり人間。心の卑しい、人間でしかない。
「そっか……解ったわ」
こんな土壇場にならなきゃ気付けないなんて、まったく私は、人間だ。
ただのお馬鹿な、人間だわ。
「そおぉかぁ、そぉか、理解できたかぁ。賢いねぇ、
「いいえ、馬鹿なのよ。私も、あなたも」
どうしてまた、私の発言に過度に反応しているのかしら、このおじさん。あとは『――死ね』の発声だけで、殺せたというのに。
いいえ、これも人間の、愚かさのひとつかしら。あるいは臆病さ? 頭のネジを飛ばして、振り切れていたつもりでも、やっぱり最後の一足に、躊躇したの?
だとしたら、やっぱり人間は、ダメね。
「大人を舐めやがって、このガキっ!」
腕を振り上げる。ほうら、だから馬鹿だというの。
殺す気なら、『ぶち死ね』を発動するだけでいいのに。
「さよなら」
私は言って、おじさんの足を蹴る。脛を傷めたおじさんは、瞬間、小さくうずくまった。
その隙に、私は走る。ナイフを引き抜き、血を流す。痛い。でも、それももう、終わる。
「ま、待て――!」
後ろから声が聞こえた。無視しろ。
「『ぶち――」
銃口を向けられているわね。でも、気にするな。どうせ――きっと、たぶん、おそらく、当たらないわ。
「間に、合え……!」
とにかく走る。向かう先は、非常階段。でも、なにも逃げようってわけじゃ、ない。
到達。そして、非常階段の――想定していた通りの――重い扉を、開ける。
そのまま――。
「『死――えぇ……??」
おじさんの呆けた声が、最後に聞こえたわ。だけど、もう、風に煽られて、聞こえない。
私は、非常階段の手すりに足をかけ、一気に、飛び降りる。
地上までの到達時間は、自然落下で、10秒もかからない。だから、飛び降り前に先んじて終わらせておく。
私は右手の銃口を、自分のこめかみに、突き付けた。
「『ぶち死ね』」
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