午後 スナイパー


 いろんなことが、あいまいにつながった。

 ずっと引っかかってはいたの。それも、ずっと前から。


 今朝のこと。本日の地方新聞に、また・・、事故の記事が載っていた。この町の北部にある山で、登山中の老夫婦が、地元猟友会の銃に撃たれて、ふたりとも即死したと。新聞記事では触れられていなかったけれど、同じような事故が、この十年で、他に三回も起きている。

 それに、新聞の記事だけでは情報が少ないけれど、ちょっとおかしな点がいくつかあったのよね。まず今回に関しても、老夫婦がふたりとも、撃たれて死んでいるということ。間違えて撃ち殺しちゃうにしても、ふたりともなんておかしいじゃない。それにそもそも、『地元猟友会』なんてそんなもの、この近辺にないはずなのよ。少なくとも、ネット上でその存在を確認できなかった。過去三回の事故についても、いろいろおかしな点があったのを覚えている。


 それで私、ちょっとディープウェブ――通常のネット検索で引っかからないアンダーグラウンド――で調べてみたのよね。事の真偽ははっきりしなかったけれど、でも、怪しげな噂程度なら手に入った。


 ハンドルネーム、『スナイパーお嬢様』。彼女――本当は『彼』なのかもしれないけれど――は、ディープウェブで殺しの依頼を受けている殺し屋で、どうやら私の住むこの、K県に在住しているらしい。生まれつきの大富豪で、殺しは趣味でやるから、結構な安価で請け負う。いくつか依頼を見てみたけれど、どれも数十万円とか、中には数万円なんてのもあった。色々調べているうちにハッキングされかけたから、そこで調べるのをやめたけれど。


 もし――万が一そんなお嬢様がこの『お祭り』に参加したら厄介ね。と、そう思っていた。だけど、それ以前に、そんなやつがのうのうと同じ県に住んでいることにそもそも、危機感を持つべきだったわ。……まあ、彼女のプロフィールが本物だとも限らないけれど。


「あなた……まさか……」


 頭からどくどくと、血を流す。まだ生きているように、ときおりプシューと、勢いよく噴き出す。見開いた目は痙攣して、狙いが定まらない。

 名も知らぬシリアルキラーは、何者かに撃たれて、もう、死ぬ。いいえ、もう死んでいるのかも。身体が痙攣するのは、ただの体性反射でしかないのかも。


「いっひゃっひゃっひゃっひゃ! 脅かしやがって! だが、運は俺に向いている!」


 違う! こいつが殺しを依頼したわけじゃない! そりゃそうよ。『お祭り』が始まったのは今日なのだから。いきなり依頼を出して、即日に行動できるほど、殺し屋なんてフットワークが軽いとも思えないわ。それに、こいつが彼を狙う理由がない。逆に理由があったとしたら、彼に私の様子見など任せるとも思えないし。


 であれば、この狙撃は偶発的なもの……? いいえ、そもそも狙撃なの? ……解らない。解らないけれど――。


「これで、おまえを殺すのに、邪魔はいなくなった! 観念しろよぉ、朱菜あかなちゃん」


 言うと、やつは受付のおばさんを突き飛ばした。もう盾は不要と判断したのだろう。

 本当に、頭がイカれているわ。あの狙撃が、あなたの指示でないのなら、まだ銃口は、ここを狙えるということ。そんなことにまで、気が回らないなんて。


「『ぶち――」


 スナイパーよりも、現実的な銃口が、私を捉える。

 逃げなきゃ。今度こそ、逃げなきゃ、死ぬ!


「『死――」


「ああああぁぁぁぁ――――!!」


 声を張り上げる。あいつの発声をかき消すように。そんなことをしても、無駄なのでしょう。でも、身体は、奮い立つ。


「『ぶち死――になさい!!」


 私の牽制に、あいつは一瞬、怯んだ。でもダメだ。私、あいつを本気で殺したいと、思えない。

 だって、私はおじさんを、恨んでいないから。私は実のところそんなに、生きたいとも思っていないから。


 私を守ろうとして――いたのかは微妙だけれど――くれた彼は、殺された。でも、殺したのはおじさんじゃない。それに、仮に殺したのが『スナイパーお嬢様』だったとしても、私は彼女を、殺したいほどに憎めないでしょう。


 だって人間なんて、誰も彼も、死ねばいいようなクズばかりじゃない。頭の悪いサルばかりじゃない。そのくせ、世にはばかるから、サルよりたちが悪いわ。誰も彼も、どれもこれも、不必要なカスばかりよ。


「この、クソアマがぁっ!」


 粗野で、馬鹿で、クズよ。こんなの、ただの汚物だわ。


 最後に『――ね』を発音するだけで、あなたは私を殺せた。でも、ちょっと私にビビらされたくらいで、怒り心頭に暴言を吐く。単純で、本当に馬鹿だわ。

 だから私に、逃げる隙を与えたというのに。


「『ぶち――」


 装填。たぶん私に、あのおじさんは殺せない。あんな馬鹿、殺したいとすら思えない。そもそも人間だとすら思わない。そんな相手に、殺意など抱けるはずもない。それでも、できる準備は、やっておく。


 逃げ道は、狙撃方向の逆。それで、まずは狙撃から逃れる。ただそうすると、エレベーターから離れることになるけれど――いいえ、そもそもエレベーターなんて悠長な代物を、もう使っている余裕はない。ここを離れるとしたら、やっぱり、あそこしかない。


 非常階段だ。だけど、そこは吹きさらしの危険な道。なにが危険って、そこから落下することじゃない。おじさんの『ぶち死ね』が、容易に私を狙えるということ。だから、そこから逃げるにも、まずはおじさんの参加権を取り上げる必要がある。具体的には、一回限りの『ぶち死ね』の無駄撃ち。あるいは、この『お祭り』そのものの、終結。


 逃げ回っていれば、いつか撃ってくるかもしれない。それを私が躱せれば、まだ生き残れる可能性はある。『ぶち死ね』を撃たせられたとしても、それを躱せたとしても、まだおじさんの手にはナイフがある。私の身の危険は変わらない。でも、ナイフ程度の危険なら、まだ、逃げ切れる。


「――――っ!!?」


 転んだ!? なんで!? ここにきて恐怖で、足がもつれたとでもいうの!? ……いいえ、違う!


「痛――たあぁっ!」


 それを見た瞬間、一気に痛みが、身体を巡った。そして、なにをされたか、理解した。

 おじさんがナイフを、投げたんだ。こんなもの、投げて刺すなんて、普通はあり得ないのに!


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! つくづく俺は最高だ! これでもう、逃げられねえぞぉ! 朱菜ちゃん!!」


 ダメだ、立たなきゃいけないのに、痛みと恐怖で、動けそうにない。

 私が、死ぬの? この私が?


「すぐに痛みから解放してやるからなぁ! このクソガキがああぁぁ!」


 叫びながら、おじさんが近付く。あれだけイカれているのに、そこだけは冷静だ。

 ちゃんと当たるように、距離を詰めているんだ。


「『ぶち――」


 最後の言葉に、私は目を閉じる。


 死ぬんだわ、私――。



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