昼 取り引き


 しまった――! とっさのことに、つい考えなしの行動をしてしまったわ。と、すぐに気付く。だが、後悔はしても、そうするしかなかったとも思う。


「ああ、やっぱり君も、『お祭り』の参加者じゃないですか」


 本来、それだけでそのように、断定はできない。ただ、右手のピストルを突き付けられて、それを過剰に振り払った程度では。

 しかし、人間は愚かだ。その程度のあいまいな根拠で、自分は正しいと思い込むことだって、ある。そしてその思い込みは、意外と根深い。


「……『おじさん』に頼まれたというのは、嘘?」


「……? いえ、頼まれましたよ? お金も受け取った」


 嘘をついているようには、見えない。とすれば、依然私は、危険に違いない。


 この男に関しては、とりあえず私に銃口を向けるのをやめたみたい。でも、こちらも警戒は解けない。だって、この男にとっては、この世の誰もが『ぶち殺し』の標的になり得るのだから。誰でもいいから殺したい。のであれば、『もっとも殺したいと願う相手』というのも、誰にでも当てはまり得る。


 そもそも、『もっとも殺したいと願う相手』なんて、あやふやな指定なのよ。ともすれば、それは刻一刻と変わり得る。あるいは『お祭り』が始まった時点で各人の標的は確定している可能性もあるけれど。でなければ、各々の標的が、この町を生活の拠点にしている、ということを、ミランダちゃんは言いきらないはずだし――。


 ああもう! あのおっさん! 命がかかっている『お祭り』のルール説明くらい、もっと厳格にしなさいよ!


「おかしな依頼だ、殺してやろうかな。とも思いましたが、やっぱり、できませんでした」


「どうして? 法の裁きは受けないのだし、殺せばよかったのに」


 この発言は、私も参加者であることを認めることになる。この男はすでに確信しているでしょうから、隠す必要がない、と思ったわけじゃない。まだ誤魔化すこともできるだろうし。ただ、件の『おじさん』が、いつしびれを切らして自ら乗り込んでくるかを考えれば、この男に関してもできるだけ早く、なんとかしなければならない。


 とりあえず、私を即座に、殺す気はない。であれば、彼の殺しの力は利用できる。だって、こうして彼という参加者を――まだ100パーセント断定はできないけれど――見つけることができて、そのうえ彼は、この世界の誰であろうとも『ぶち殺し』の標的にし得る特性をもっているのだから。彼に誰かを殺させれば、私の勝利条件は達成される。


「法の裁きも、怖いし、嫌ですよ。でも、やっぱり、相手の人が死にたいとか、殺して欲しいとか言ってくれないと、殺しちゃうのは気が咎めるんでね。それに、一度きりの殺しの機会だ。せっかくなら、劇的な状況で殺したいし」


 気が咎める。と、劇的な状況。……誰かが適当に言っている言葉を真に受けすぎるのはよくないけれど、心理分析は苦手だし。とりあえず、その言葉を信じて、その状況を生み出せば、彼は、動くかもしれない。幸い、その条件は、この状況と合致する。


「白状するわ」


 ここまでのやり取りなら、まだ取り返しようはある。でも、これを言ったら、どれだけ愚かな人間でも、私を参加者だと確信するでしょう。

 でも、この手しかもう、ない。


「あなたが依頼を受けた、その『おじさん』。その人は私を殺そうとしている」


「へえ、そうなんだ。やっぱり」


 男から、よだれが、垂れた。気持ちが悪いわ。やっぱり、自分で殺すのでなくとも、誰かが死ぬ、あるいは殺されるのを見るのが、好きなのね。だけどそれ以上に、自分自身で殺すことに、強いあこがれを抱いている。と、そう分析するわ。……自信はないけれど。


「あなたにとってはどちらでも同じかもしれないけれど、私にとってはそうでもない。……端的に、提案するわ。その『おじさん』を殺してくれたら、あなたに、私を殺させてあげます」


 ピクリ、と、彼の眉が跳ねた。たぶん、効果はあった。


 もちろん、殺されるつもりはない。だけど、超法規的に『ぶち殺し』で殺されるのは、突発的で避けようがないわ。だけど、『お祭り』終結後、人間の手で殺されそうになるのであれば、逃げようもある。彼が私を殺そうとする。その瞬間に、警察でも呼べばいい。とりあえずは『お祭り』を終わらせる。それが先決。


 そして、彼に『おじさん』を殺させることで、私を殺したいと願っている『おじさん』の排除にもつながる。そうよ。この『お祭り』が終わったとしても、人間の手から人を殺す手段が奪われるわけじゃない。一度『武器』を手に入れた人間の、タガは外れる。『お祭り』中に私を殺そうと動き始めた『おじさん』は、この『お祭り』中に私を殺せなかったとしても、その後、まだ活動を続ける可能性が高い。申し訳ないけれど、私を殺そうとするのなら、こちらも殺しで対処するしかないわ。


「殺せば、殺していい……?」


「ええ。ただし、条件がひとつ。私は、突発的に殺されたくないから、あなたにこの提案をしています。家族や友人に別れも告げたいし、最後にやりたいこともある。だから、私を殺すのは、一週間は待ってほしい」


「一週間待てば、僕は君の合意の上、この腕で、君を殺していいんだね」


「あ、あと、苦しくない方法で」


 繰り返すけれど、『おじさん』だろうとこの男だろうと、殺されるつもりはない。だけども、万が一、も、あり得る。いざというときのため、私は私の殺され方を、真剣に考えておかないと。


「…………」


 男は、黙った。『苦しまない方法』という指定は、やっぱり趣味に合わないかしら? 最悪の場合は、どんな方法でも受け入れる、と、妥協するのもありだけれど。『苦しむ殺され方』も、それはそれで悪くない。それだけ生きながらえることができるし、そのぶん、警察を呼ぶ時間が増えるのだもの。


「……解った。あの『おじさん』を、殺そう」


「……よかった」


 本当に、よかった。これで全部、うまくいくわ。

 チン――。ちょうど、エレベーターが、上がってきた。


「『ぶち死――」


 男は躊躇なく、開く扉へ、銃口を向ける。



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