昼 異常


 これはこれで賭けだわ。女子高生との唐突なエロ展開なんて、全男性が望むシチュエーションでしょうけれど、とはいえ、理性が本能に打ち勝つことだって多々ある。そうでなくとも、甘い話には恐ろしい裏があるものだって、警戒はされてもおかしくない。まだ若くて、性欲も旺盛。でありながらまだ、馬鹿ができる歳でもある。だから結構、分の良い賭けだとは思うけれど――。


「す、好きに――?」


 ……あ、これいけるわ。おかしいでしょ、その変わりよう。

 これまでは物腰柔らかで、爽やかなイケメンだったのに、感情が抑えられないのか、口元が緩みまくってるわ。鼻の下を伸ばして、瞼は三割り増しくらいで見開いていて、だらしない。……まあ、男なんてこんなもんよね。私は私の目的が達成できれば、人間なんてどうでもいいけれど。


「ええ。私の身体、好きにしても――」


「それはつまり、殺してもいい、って、こと……?」


「はい?」


 待った。びっくりした。なにか聞き違えたかしら? つい絡めていた腕を放して、距離を取ってしまったわ。彼に嫌われたら、『おじさん』へ続く手がかりがなくなってしまうというのに。


「え、なに? ちょっと聞こえなかった、かも?」


 私は、耳はいいつもりだけれど、もっといえば、それ以上に頭もいいけれど、聞き違いや勘違いがないってわけでもない。仮に、聞き違いや勘違いでないとしても、彼の言い間違いだってあり得るわ。言い間違いではないとしても、私が認知した通りのことを彼が言ったとするなら、それは失言よ。言い直すべき。そのチャンスをあげる。


「君の身体を好きにしていいということは、僕は、君を殺してもいいということじゃないかい? どんな方法でもいいのかな? 首を絞めたり、殴ったり蹴ったり。ああ、手首を切って、徐々に死んでいくのを眺めるのもいいなあ」


「ちょっと待ってね。落ち着いてお話ししましょうね」


 怖い怖い怖い怖い――!! これ、ガチなやつだわ! 聞き違いでも勘違いでも、あるいは言い間違いでもない! ましてや、私の提案を忌避するあまり、おかしなことを言って煙に巻こうとか、そんな話でもない!


 この人、本気で私を、殺したがっている!


「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」


 本当に休憩するつもりで、男性と一緒にホテルに入ったみたいなセリフだわ。そっちはべつにそれでよかったのよ。目的のためなら、セックスくらいさせてやるわよ。

 だけど、殺される覚悟なんて、微塵もしてないわ。


「あ……いや、ごめんなさい。……そうですよね。殺させてくれるわけ、ないですよね」


 あははー。じゃないわ。なに笑ってんの、こいつ。

 こいつ、本物のサイコパスだわ。いえ、言葉が適切じゃないかも。精神異常者だわ。どっちでもいいわ。


 とにかく、関わり合いになるべき相手じゃない。……本来なら。


「あの……なんていうか、その。……殺したいん、ですか?」


 いまさら、エロ目的で身体を差し出すのは、もはや死の危険も伴う。そういうことをするために、この人と閉鎖空間にふたりきりになるのが危なすぎるわ。だから、それを改めて提案は、しない。

 でも、『おじさん』を特定するために、あるいはそいつから身を守るために、この男はまだ、諦めきれない。なんとか会話を続けて、突破口を見つけるのよ。がんばれ、私。……自分を鼓舞するのなんて、いつ以来かしら? 昔からだいたい、なんでもやろうと思えば、できたからなあ。


「殺して……はあ、はあ……いいんですか……?」


「ごめんなさい、絶対にやめてください」


「ですよねー」


 朗らかに笑うな。直前の荒い息が――その怖さが引き立つわ。


「なんで、私なんか殺したいのかなあ、って。私、なにかしました?」


 違う。そうじゃない。たぶんこの人は、そうじゃなくて――。


「いいえ。君とは今日が初対面です」


 やっぱり、特定の誰かを殺したいのではなくて、不特定に誰でも、殺したい人。

 無差別殺人者シリアルキラーだ。


「昔から、人が死ぬのを見るのが好きだったんです。偶然でしょうが、よく人の死に立ち会うことが多かった。それが僕の、この異常な性格を形成したのかもしれません」


「……はあ」


 なんか自分語りを始めたわ。まあ、逃がすわけにもいかないし、彼の心を掴むヒントも得られるかもしれない。話してくれるのは望むところなのだけれど。たぶんこんな話、できる相手がいないから、話したいんでしょう。


「いちおう言っておきますが、僕はまだ、誰も殺してなどいませんよ。見ての通りの小心者です。法の裁きも怖い。だから安心してください。君が嫌がっているのに、殺したりなんかしません」


 また、思わず身を引いていたらしい。できるだけ彼の思想に理解を示して、取り入ろうと思ってはいるのに。やっぱり、本能的に怖がっているんだわ。仕方のないことだけれど。

 そもそも『まだ』殺していない、というのがもう、怖すぎる。彼自身、いつかはやらかすことを想定しているみたい。理性では、それはいけないことだと、解ってはいるみたいだけれど。


「だから、こんな力・・・・を手にしても、なかなか殺す相手を見つけられず――」


「……? …………!?」


 一瞬、遅れた……! この人は参加者じゃないと――ただ参加者の『おじさん』に頼まれただけの一般人だと、気を抜いていた! そうだわ。たまたま参加者に雇われて私の様子を見に来た男が、参加者じゃない・・・・・・・とは限らない・・・・・・……!


 困り笑顔で冗談のように私に突き付ける右手のピストルを、つい私は、反射的に振り払っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る