昼 参加者


「――し、りません。『お祭り』があるんですか?」


 瞬間、考えたけれど、やっぱり知らない人だわ。どこかですれ違ったことくらいはあってもおかしくないでしょうけれど、印象に残っていない。結論。こいつは私の標的じゃない。

 とはいえ、こいつが私を標的としている可能性は、十分残るけれど。


 だが、この人が今回の参加者のひとりである可能性は、だいぶ高い。


「『お祭り』があるらしいんですよ。僕も知らなかったんですが」


 いまさら、とぼけているのかしら。あるいは、本当に知らないのか。


『お祭り』、『参加者』。このふたつのワードだけをもって、『ぶち殺し』の参加者だと断定はできない。可能性は高く感じるけれど、まだ、足りない。


 ちなみに、本日から前後ひと月の間に、『お祭り』と称されるようなイベントは、この町では開催されない。あくまでネット情報だけれど、そのあたりは確認している。せいぜいが、駅前で開催されるフリーマーケットくらいだ。そこでも『お祭り』などという謳い文句は使われていないようだったし、それをもって『お祭り』などというワードは、普通は使わないだろう。

 とはいえ、ネットに情報のないローカルなコミュニティでは、一般に、なんらかのイベントをさして『お祭り』をいう語彙くらい使うこともあるだろうし、それゆえに、『お祭り』の『参加者』という言い回しだけをもってその者を『ぶち殺し』の参加者だとは言えないわけだが――。


 とりあえず、それは、保留だ。ついで、『知らなかった』という言い回し。その言葉は、先の失言を取り戻すためにとっさに出た誤魔化しかもしれない。だがそれ以上に、気になる言い回しだ。『知らなかった』。これは、本来ならば知りえた、あるいは、十分に知れる可能性があった、という彼の立場をほのめかしている。つまるところ、彼は――本当に知っているか知らないかはともかくとして――それを知っていてもおかしくない立場である者。――言い換えれば、この町に住む、あるいはよく訪れる者、だと言えそうね。それはつまり、『ぶち殺し』の参加者適格を最低限満たしている、ということ。


 警戒は、解けない。いいえ、たまたまだとしても『お祭り』、『参加者』という言葉を使った以上、最大限に警戒すべき。


「その『お祭り』が、なにか?」


 警戒はすべき。特に、彼がなんらかの理由で私を殺したいと願っていて、そしてそのもの、殺しに来た可能性を恐れるべき。だけど、ようやく見つけた参加者である可能性の高い者――とっかかりだ。逃す手は、ない。


「さあ。ただ、ここにいる女の子に、それを訊ねてほしいと頼まれまして。おかしな話ですよね。すみません」


「『ぶち――」


 周囲を警戒。本命は、この人じゃない可能性が高くなった。であれば、この様子をどこかから見ている誰かがいるかもしれない。

 ……私が感知できる程度の周囲には、誰もいないみたい。そもそもずっと周囲の警戒はしていたし、展望台に上がってすぐも、一度ぐるりと施設を一周したわ。誰もいなかった。その後も、誰かが来た気配はない。ひとつしかないエレベーターの昇降口はずっと気にかけていた。なんなら、眼前の男性がそこから降りるのだってちゃんと確認している。だが他には誰も、来ていない。


 ……監視カメラ? 念のため警戒はしていたけれど、あえてその死角に潜むような真似はしなかった。意図的にカメラから外れるのも、不自然な気がしたから。それにたぶん、あの高い天井に取り付けられたカメラじゃ、音声は拾えないはず。であれば、べつに見られていても問題ない。


 それより気にすべきは、『ここにいる女の子』、だ。『訊ねてほしい』くらいなら、おかしなことはない。私と同じ参加者が、他の参加者を特定するため、そのへんの一般人を使って探りを入れた。そんなところだろう。だが、『ここにいる女の子』という特定。『ここにいる人』なら、解る。私だって、この町が見渡せるこの展望台に目をつけて、この場所へ来たのだ。同じような思考でここへ来る者もいるだろうし、同じような思考をした者をあぶり出そうという輩もいるでしょう。だけど、『女の子』の指定だ。まずいかも。狙われて、いるかも。


「変なことを聞きました。すみません。……じゃあ、僕はこれで」


 帰ろうとしている。やっぱりおかしいわ。彼がここに登ってきたのは、数分前のこと。少しくらいは眺めを展望して、うろついていた様子だけれど、この施設を満喫するには短時間すぎる。つまり、やっぱりいまの質問を目的に、彼はここに来た。


 周囲に人はいない。また、彼は外部と連絡を取っていた様子もない。であれば、ここでどのような会話をして、『相手の女の子』がどのような態度だったか、それを『依頼者』に報告は、まだしていないはず。『ぶち殺し』に対して無関係を装ったつもりだけれど、自分でも気づかないミスをしている可能性もあるわ。でなくとも、人間は完璧じゃない。彼が私の言動に、私ですら予測し得ない違和感を勝手に抱いたかもしれないし、それを誇張して『依頼者』に伝えることもある。『依頼者』が事実を歪曲して理解することだっておおいにある。なにより、参加者かもしれない相手への糸口を、みすみす逃してられないわ。


 ……しかたないわね。ちょっと時間が奪われるかもしれないけれど、手持ちのお金はあんまりないし――。


「ちょっと待ってください。おにいさん」


 簡単な変装のつもりだったけれど、ジャージにパーカーなんかで来るんじゃなかったわ。せめて野暮ったい伊達メガネは外しておきましょう。


「いまの質問をしてきてほしいって、いったい誰に頼まれたんですか?」


 声は半音上げて、顔は俯ける。上目遣いで相手を見て、ちょっともじもじしておこう。


「僕も知らないおじさんです。おかしな話ですけどね。まあ、ちょっとお金もらっちゃったんで」


 やっぱり、お金か。『おじさん』という年齢だと、経済的にはちょっと、いまは厳しいわね。あんまり大金は持ち歩かないようにしているし。そもそも、金額交渉でその『おじさん』と対面することになっても危険だわ。


「お金かあ……そっかあ……」


 語尾を甘ったらしく伸ばす。わずかな単語で、丁寧語をやめて、距離を詰める。また、本人も気が咎めているだろう、『お金を受け取った』という事実を、反芻。罪悪感をあおる。


「やっぱり、なにか変なことに巻き込まれているんですか?」


 よし、向こうから質問させることに成功したわ。


「……実は、最近、誰かにつけられているような気がして……でも、気のせいかもしれないから、誰にも言えなくて――」


 ……泣くのむずいな。あくびも出ないし。まあいいわ。うつむいて、顔を隠しておきましょう。


「それは大変です! 警察に行った方が――」


「警察沙汰にはしたくないんです」


 警察に行くと、身動きが取れなくなる。交番の窓口で話をしている隙に、後ろからズドンと撃たれるかもしれない。だが、こちらは相手の『おじさん』を知らない。『おじさん』へのとっかかりは、この男だけ。だから、彼とともに、ここを降りる。そして、『おじさん』を特定する。また、『おじさん』に撃たれる危険は、この男を盾にして防ぐ。


 ルール1から抜粋。『ぶち死ね』で殺せる相手は、照準にもっとも近い相手のみ。仮に『おじさん』の標的が私だとしても、私と『おじさん』の間に別の人間がいれば、私は殺されない。


「でも、怖いから一緒に、ここを離れてもらえませんか?」


 近付いて、彼の手を取る。腕を絡め、身を寄せる。……ちなみに、彼の腕の陰に隠れて、私の右手は目立たない。ピストルの形を、維持できる。


「どこか、人の目が届かないところで、落ち着きたいです。なんなら――」


 さて、時間はとられそうだがこれで、『おじさん』――参加者のひとりを、見つけられそうね。

 彼の耳元へ顔を寄せて、囁く。


「私のこと、好きにしてくれてもいいですから」



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