午前 電波塔 展望台
……ここまでは問題なく来られたわ。午前十時半。電波塔。展望台。
「『ぶち――」
だけども。
思っていた以上に人気がないのね。そりゃ受付のおばさんも怪訝な顔をするわけだわ。
「…………」
まあ、でも、意外と景色は悪くない。北は山。南は川。東に6~8丁目だと区別しやすい、閑散とした田畑が見える。西はオフィス街。……で、あそこが駅ね。線路に沿って町境が引かれているから、山と川に挟まれて――うん。だいたい『お祭り会場』は把握したわ。
…………。で、早速やることがないわ。まあ、そう簡単にはいかないわよね。
展望台までの道中も、特段に怪しい人とは出会わなかった。町はいつも通り、平穏に回っているように思える。……いえ、平穏というのとも、少し違うのでしょうけれど。今朝の新聞。また、気になる記事が載っていた。ともあれ、平穏かどうかは置いておいて、いつも通りではある、ということ。やっぱり、ただのクソのような夢だったのかしら? 右手で作った銃口から照準が伸びるだけの、くだらない夢。
「『死――」
遠くを望むように、照準を伸ばす。これだけ障害物がないと、どこまでも、無限のように照準が伸びるのが目視できる。私はさして視力がよくないけれど、目がよければ、あるいは、望遠レンズなどを用いれば、遠距離狙撃も現実的ね。そう思うと、これだけ周囲に障害物がない場所で、窓際に立つのも控えた方がいいかも。理由がないなら、無用なリスクはとる必要がない。
「…………」
このまま、『――ね』の発声を終えてしまえば、それでこのお話はおしまい。……とは、ならない。まだ現実だと確信できるまでには至らないけれど、夢だと断ずるにはいやに、現実的だ。ともすれば、私の頭が、目が、おかしくなっただけかもしれないわ。でも、そうじゃないかもしれない。このまま私だけが参加権を手放すのは、リスクだ。でも、参加権を放棄することで、私の取れる選択肢は狭まる。その方が、取るべき行動が簡略化されて、楽にはなるわ。
……なんて、逃げの思考になっているわね。あぶないあぶない。私らしくない。自ら選択肢を狭めて、思考することを放棄するなんて――さすがに少し、気が滅入っていたのかしらね。気をつけなきゃ。
銃口を、降ろす。後ろで手を組む。右手でピストルを作ったまま、人差し指だけ曲げる。左手は、拳を緩く握り込む。こうして、右手の人差し指と、左手の親指を絡ませる。こうして後ろ手に組んでおけば、ギリギリ、右手のピストルは作用し、照準が伸びる。そのうえ、傍目にはただ、後ろで手を組んでいる女子高生にしか見えないわ。一般の方はもとより、『お祭り』の参加者がその姿を見たとしても、私が参加者だと断定はできない。私は後ろで手を組んでいるだけだというフリができる。でありながら、いざというときは即座に銃口を、相手に向けられるわ。いくつか普段歩きでピストルを維持する方法を考えたけれど、私にはこのカムフラージュがいいと判断した。普段からも後ろで手を組んで歩くことは多かったし、私をよく知る者が参加者にいたとしても、不審感を抱かせることはないはず。
「リセット。『ぶち――」
最後の一音、『――ね』だけでは、思わず発声してしまうかもしれない。いったんリセットだ。『――死ね』の発声も、気が抜けたプライベートならつい口走らないとも限らないけれど、外出先でならそうそう口をついたりはしないわ。だから、『ぶち――』までは予備動作として、タイミングがあれば発声しておく。
さて、暇ね。そろそろ移動しましょうか。こんな人気のないところに、女子高生がひとり、あまり長くいすぎるのも不自然だわ。だから、まだいくつかある考えるべきことを、ひとつくらい消費してから、降りましょう。
ルールはあらかた確認した。少なくとも私が夢で、ミランダちゃんから聞いた内容の反芻は、その要点は確認済みだ。であるから、この先は純粋な考察。あるいは、推測。
考察。参加者は昨夜から今朝にかけて眠っていたか?
『目覚めたときから――』。そういう言葉を、ミランダちゃんは使った。つまり、参加者はみんな、あのルール説明を、眠っている間に見ている、ということかもしれない。であれば、昨夜から今朝にかけて一睡もしていない人は、今回の参加者とはなりえないのでは?
仮にそうだとして、昨夜から今朝にかけて、今後相対する人が眠っていないかどうかを特定するのは難しい。だけど、なんらかの理由でその条件を達成している相手は、もしかしたら参加者とはなりえないのではないか、と、判断する材料にはなる。……結局、ただの推測だから、断定はできようはずもないのだけれど。参加者である可能性を低いと見積もろうと、絶無と断定できない以上、最低限の警戒は必要となるのだし、気を抜くわけにもいかないのだけれど。
ただ、ひとつの考察として、頭の片隅に置いておくくらいはしてもいいでしょう。
……そろそろ行きましょう。お昼時も近いわ。せっかく外出したのだし、どこかでなにか食べましょう。近いのだから家に帰ればいいのだけれど、この状況ではやはり、自宅周辺が一番危険だわ。日が暮れれば帰らざるを得ないでしょうけれど、とうぶんは、帰宅する時間を遅めにしておきたい。
「あ、すみません」
「…………」
右後ろ、距離5メートル、若い男性、私よりかは背が高い。たぶん革靴、だから、機敏な動きは難しいはず。
私は、肩口に振り向く。まだ、身体は少ししか傾けない。後ろ手に組んだ銃口は、外せない。
「ちょっと変なことを聞くかもしれないんですけれど――」
20代そこそこかしら。おじさん臭いダブルスーツが当人を老けさせるけれど、顔付きは童顔。大学生か、社会人1~2年目くらいじゃないかしら? いくらなんでも30は越えていない、と思う。申し訳なさそうな、困ったような笑顔。……なんだったかしら。なんとかっていうアイドルグループにこんな顔のやつを見た覚えがあるわ。永遠に興味がないから記憶があいまいだけれど。私としたことが。
でもともあれ、知らない顔だわ。少なくとも私は、この男を殺したいなどと、まったく思わない。であれば、『ぶち死ね』により殺せない相手。
とはいっても、もしかしたらなんらかの誤作動で、あるいは私の勘違いで、殺せる可能性もある。もし万が一、この男が私に危害を加えようとするなら、最終手段として、残りの『――死ね』の発声をするつもりでいないと。
「もしかして、『お祭り』の参加者ですか?」
「……『死――』」
……引き金に指を、かける。
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