考察 1


「クソのような夢だったわ」


 まあでも、クソのような現実よりかは、いくぶんマシかしら?


「…………」


 ……なるほど、だいぶマシね。

 たしかに、右手の人差し指、その先から、赤い照準が伸びている。


 ……そこそこ、しっかりと中指以下の指に関しては、握り込まないと発生しない。……親指に関してもそう。そこそこに開いていないと照準は伸びない、か。

 また、銃口である人差し指は、ある程度曲げても作用する。連動して、照準も、だいぶ角度を変えられるのね。仮に長距離狙撃を行うとしたら、だいぶしっかりと指先を固定しなきゃ、少し指先が曲がるだけで、照準は大きくズレる。


「『ぶち――」


 ……このあたりで止めておきましょう。これで次に発声する言葉が『――死ね』であれば、私はもっとも殺したい相手とやらを、殺せる。いざというときは、ほんのわずかでも早くビームとやらを発射できるに越したことはない。……少し、生活習慣を変えましょうか。会話は、必要最小限に。


 さて。

 馬鹿みたいな夢の話だけれど、馬鹿みたいな現実よりかは得られるものがありそうだわ。少しだけ、考えてあげましょう。




 ルール1。


『ぶち死ね』の発声は参加者各人一回のみ。殺せる相手も……照準にもっとも近い人間のみ。基本的にはひとりと思っていいわね。もっとも殺したいと願う相手がふたり以上いて、その人たちを照準から最短距離に同時に捉えることは、どう調整しても無理そう。少なくも私に、そこまでして殺したい相手がいるとは……思えないわね。


 補足。私が殺したい相手について。


 ……思い当たらないわ。だけれども、まず考えるべきはそこじゃない。


 補足。私を殺したい人間について。


 このゲームのもっとも気にすべき点はここね。私は別段、誰かを殺したいほど憎んじゃいない。だから、このゲーム――夢のことは無視していい。……とは、当然と、ならない。

 なぜなら、このゲーム――説明者が『お祭り』と称したこの状況を、もしも信じるなら。私は何者かに、殺される可能性がある。それも、そこそこの蓋然性をもって。


『自分がもっとも殺したい相手を殺せる』。その程度のモチベーションで、いったいどれだけの人が動くというの? 解らないでもない。完全に、理解できないとまで言う気はない。でも、こんな夢の出来事をもとに、本当に行動する人間が、はたしてどれだけいるだろう?

 リスクは、低い。とはいえ、そのために行動すること自体がすでに、労力だわ。そんなくだらないことに時間を割くなら、本でも読んでいる方がずっと有意義よ。


 つまり、『殺したい相手を殺せる』、そのこと自体は、主催者が想定しているモチベーションじゃない。


 私たちが気にするべきは、私たちが――この私が、殺されること。

 自分を殺したいと思っている相手が、このお祭りに参加している可能性。


 ……もちろん、その可能性を『低すぎる』と打ち捨てる馬鹿はいないでしょう。


 主催者――というものがいるのなら、彼、もしくは彼ら――は、せっかくのお祭りなのだ、踊りが見れなきゃ楽しめようもないはず。つまり、参加者を踊らせるための仕掛けがあると見る方が妥当。当然と、私を殺したいと思っている相手もまた、この祭りには参加している――させられているはずだ。


 重要考察。私を殺したい人間とは。


 ……解らない。自分で言うのも変だけれど、私は、他人に恨まれるような生き方をしてきた覚えがない。もちろん、神様でもあるまいし、どれだけ注意深く、慎み深く生きていようと、恨まれる可能性はある。なんらかの行き違いで、なんらかの勘違いで。そうでなくとも、人間は愚かな生き物だわ、理由すらなくとも、誰かを恨むこともあるでしょう。


 両親。親戚。ご近所の方。高校の友人。これまで付き合いのあった人々。……想像しても思い当たらない。では、もう少し範囲を広げて。登下校に使う電車の乗り合い客。いつも利用するお店。公園。図書館。……うーん。いくらか思い当たる方はいるけれど、どちらかというと好印象を持たれているつもりだわ。少なくとも、その方が私を『自分のもっとも殺したい相手』に据えるとは――。


 たとえば、一年のころに告白してきた寿原すはらくんは……いいえ、彼は、県外から通っているはず。お断りするのも、ちゃんと丁重にしたつもりだし。その後も友好的に接している。恨まれているようなそぶりは、少なくとも感じない。


 あるいは、いつだったか電車で痴漢してきたおじさんは……やはり、利用する路線の傾向から、住居も職場も、市内じゃないわね。そもそもいまごろは、塀の中のはずだし。


 ……と、このように、少なくとも私の考察で、その人物を特定するのは難しいみたいだわ。いくらか、わずかでも気になる人物には注意するとして、とうぶんは、会う人すべてを警戒の対象とするべき。すれ違う関係……ですらなかったとしても、恨まれることだってある。去年の全国共通模試とかね。全国二位の誰かさんが、ご近所さんでないとは限らないのだから。




 ルール2。


『ぶち殺し』の発動方法。右手でピストルを作る。左手ではダメ。右手でしか、照準が出ない。人差し指の自由度こそわずかにあるが、その他の指はだいぶしっかりと、握り込むなり広げるなりしなければいけない。つまり、私を狙う某さんは、私の前でその形を作らねばならない。これがもっとも簡単な、参加者の見分け方。


 とはいえ、背後から狙われたり、夜間や暗がりでの攻撃、あるいは注意の向かないほどの遠距離からの狙撃。いくらでも認識の及ばないタイミングはある。正直、これらすべてに対処するのは無理がある。かといって、誰とも会わないように自宅に引きこもるのも、それはそれでリスクともとれる。おかしなお祭りが始まった。そんなおかしな状況で、おかしな行動を取る人間は、参加者と疑われて悪目立ちだ。それにそもそも、この程度で逃げだすのは、隠れて怯えてやり過ごすのは、性に合わない。




 結論。私は外へ出る。


 普段通りから外れない行動を取らなければいけない。そのうえで、他の参加者より先に参加者を見極め、そのうちから私を殺したいと願う者、あるいは私が殺したいと願う者を特定する。そののち――彼もしくは彼女をどうするかは、……うん。まあ、それはおいおい、考えましょう。



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