第6話 いたって普通の暇潰し
それから。
時間はあっというまに過ぎ去り、翌月となっていた。
最初こそ死にそうな顔をしていたものの、最終日には元気を取り戻していたブラッツに東部を託し、王国北部へやってきて既に数日が経っている。
「すっっごい、暇」
そして、北部方面隊の拠点があるルダース州でリズは暇を持て余していた。
実質左遷だろうとは思ったが、そもそも挨拶すべき北部方面隊が現在この州にはいないらしい。
物は試しにと冒険者ギルドで話を聞いてみれば、北部方面隊とは月に二度依頼をまとめて渡す以外、挨拶程度の仲だという。
(挨拶なしもだけど、依頼即応もなしとか信じられないんですけどお)
次の予定は十日後。
ここで彼らを待つのは不毛なだけだ。
これはリズにも簡単にわかる。
だが他のギルドに話を聞いてみても、北部方面隊がどんな仕事をしているかすら知らない、というひどく残念な結果に終わった。
ならば接点のある冒険者ギルドのほうが情報の流れも掴みやすくまだマシだろう。
リズが冒険者ギルドで暇を持て余していたのはそういった事情によるものだった。
「暇。……んん……よし!」
ただし。
リズの思考には単なる『待機』など存在しない。
聞き込みと荷解きを済ませた彼女に本格的な待機が生じようとしている今、それを知らない不幸があるとは左遷した元老院も会いに来ない北部方面隊も思わなかっただろう。
あてもなく腰掛けていただけの椅子から立ち上がると、リズはためらいなくギルドのカウンターに向かった。
「すいません依頼! 受けたいんですが!」
この国の冒険者ギルドのいいところ。
それは大抵の人間なら冒険者になれるところだ。
「はい。等級証明はお持ちですか?」
「ないので作るところからお願いします!」
「はい、かしこまりました」
王国には人物を登録する制度がある。
平民であれば生まれや育ちの場所、他にもどんな賞罰を受けてきたか。登記官や書記官といった職種の人間が集まる場所で管理されているそれは、商業ギルドで新しく店を開くときや、こうした冒険者ギルドに登録する場合など広く使われているものだ。
特にやましい経歴もないので本名と、念のため身分証明になるだろう杖を提出する。
「が、学院を出て……ええと、爆破術士適性があり、……その、冒険者に?」
人物照会はその人の魔法適性を頼らない。
専用の魔法を封入した道具を、専用の装置と合わせて使えばいいという簡単な仕組みだ。
それを使って経歴を確認したのだろう職員があからさまに怪訝そうな顔をした。
「はい」
リズとしてはにっこり笑ったつもりだったのだが、職員の顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「しっ、しばらくお待ちください!」
まるで自分には判断しかねると言わんばかりに立ち上がって、カウンターを走り出て二階への階段を駆け上っていく。
ドタン、バタン、という音を誰もが聞いている。まるで悪いことをした気分だ。
「……別にE級でいいのに」
「はは、登録であんな大騒ぎなんてなかなかないよ」
呟いたリズの声を拾ったのは甘く、少しハスキーにも聞こえる女性の声音だった。
声の方向に振り向いてみると赤混じりの茶髪に同じく濃い茶色の目をした女性と視線がぶつかる。背の丈は大差がないが、筋肉質でいかにも冒険者らしいスタイルの人だ。
年齢は少し上か。しかし鋼のような体つきで、衰えなどという言葉はまったくなさそうだった。
「?」
その女性に対し首を傾げると、さも面白そうに微笑まれる。
形のいい唇が笑みに変わるとおお美人だなあと感心すら覚えるほどだ。
「ごめんね横から。あたしも査定待ちで暇でさ。何? なんであの人ギルド長の部屋に駆け込んでったわけ?」
「うーん……言葉の断片で予想するとですね、爆破術士適性がダメだったみたいです」
「へえ爆破術士! そりゃまた何で冒険者に。ここなら北部方面隊って働き口もあるだろ。あっちのほうが危険もないし、給金だって冒険者とじゃ比較にならないはずだよ」
「それがですね、彼らがルダースに戻ってくるまで十日ほどあるらしいんですよ。今から痕跡を追いかけることもできますが、戻ってくるだけ時間のムダですし、じゃあ冒険者として働こうかな〜と、思って」
素直な心境をそのまま口にすると、何がお気に召したのか、ふは、と笑い声があがった。
「ああごめん、理由に笑ったわけじゃないんだ。たかだか十日のために働くねえと思ってさ」
「きちんと働いてからのほうがご飯が美味しく感じるので!」
「いいね、北部はあんまり食材も豊かじゃないから、空腹は最高の調味料だよ。――お、呼ばれた呼ばれた。じゃあね、お嬢さん」
「はい」
遠くから聞こえてきた名前はこの女性の名前だったらしい。
ひらひらと手を振る女性の後ろ姿に、名前が一致して震えが走る。
("北狼" ハイデマリー……!)
この北部を拠点に置く数少ないS級冒険者。むしろ王国随一と言ってもいい腕前を誇る女傑だ。
「か、っこいぃ〜〜……!」
気さくな態度に実力も伴っているとは、心がきゅんとときめく音すらしそうだった。
王国内にファンが多いと聞く理由もよくわかる。
ただ、その女傑と別れてほんの少ししか経たないうちに、再度顔を合わせるとは思わなかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます