第5話 いたって普通の討伐依頼


悪臭すら漂う魔の森がそこには顕現していた。

グスタフの依頼から僅かに数日の出来事だ。

「グスタフさん、損害は?」

「一発目でパーティひとつがまるっといかれた。そこからは正直逃げの一手だ」

「相変わらず素晴らしい判断です」

森の気配は足を踏み入れる前からわかるほど澱んでいる。

「周辺被害もなさそうですね」

「……今のところは、な」

渋い顔はそれもそろそろ持たないとわかっているからだ。

「あの、ライツェント先輩」

「リズでいいですよ。だいたい皆そう呼ぶので」

「そ、そこじゃなくて! これを、この少人数で! いったいどうしようって言うんですか!」

「討伐します」

答えるとブラッツ後輩の顔は蒼白になる。重厚な鎧に包まれたり希少な属性の適性があるわりには修羅場慣れしていないらしい。

「まず、探針で正確な現状を割り出します。続いて地下の魔力網に小規模爆破魔法を流し、森全体には風を流して相手を挑発します。位置は森の片側か、できればこちら側へ出てくるように。ついでに取り巻きのローナルーを行動不能にできれば最適です。討伐はまあ、グスタフさんの一行が頑張る、もしくは我々が焼き殺す方向です。できますね?」

「……これは、その、東部魔導官の仕事、のうちですか」

「はい。東部の、特に上級クラスはできて当然の仕事です」

だからこのド辺境はやってられないド辺境なのだ。

大抵のことは一人でこなす。依頼があれば手伝いもする。

爆破術士が駆り出されることはいくらでもあった。

「では見本を」

しかし今はこの時間が惜しい。

大地の魔力に自分の魔力を重ね、魔法の起動を限りなく短くする。


『応えよ、探針・千震。透き通れ、風脈。従え、爆ぜよ、雷爆』


先程口頭で説明した通りのことを、魔法として繰り返す。

すぐさま森の各所で爆発音がした。

「ブラッツさん、爆破用意」

「はいっ」

群れの位置は探針が正確に捕捉している。

「三! 二! ――来ます!」

ド、と地面を蹴る音。さながら真昼に輝く大きな銀月のように。

飛び出してきた個体は人を丸呑みにできるだろう大きさの魔狼だった。

それが人間を飛び越え、地面に至る。


『爆ぜよ、光爆』

『――従え、爆ぜよ、轟爆!』


光、そして音。

五感を二つ潰された魔狼が僅かにあとずさり、こちら側に敵意を向けてきた。

どうやら最も厄介だと認識されたらしい。

「ふふふ、ふふ、来ますよぉ」

「なぜ、そんなに楽しそうに……」

目、耳、この二つを潰されて、魔狼の選択は急激に減った。

感じ取れるものはおそらく嗅覚による気配だけだろう。

しかも相手は矮小な動物なのに、抵抗が腹立たしい。

そんなところか。

唸り声をあげ前脚で地を掻いた魔狼と対峙する。

その脚が地を蹴る直前に詠唱を始めた。


『灰と土は、硬く、堅く。とどめよ、建てよ、障壁・堅土!』

『――白と黃、結ぶは網。広がれ、捕らえよ、光網!』


瞬間、ダンッ、という音。

次いで、壁に殴られたような衝撃が両手に走る。

「今だ!」

グスタフの声がする。

待機していた冒険者達が魔狼にとどめを刺す音が聞こえ、さらにしばらく経つとあたりは元の静寂に戻った。

「思った以上に判断がいいですね、ブラッツさん」

「外したらどうしようかと思いましたよ!」

詠唱のほんの数節から展開される魔法を予想し、補助の網を張ったブラッツを褒める。そうすると網を維持していた男はそう吼えて返してきた。

うんうん、元気だ。

「いやいや北部の指導も侮れない」

「東部の指導はどうなってるんですか……!」

「ん? 上級魔導官は場数と実践あるのみだけど」

「…………、東部が敬遠される理由がわかった気がします」

魔法を維持しながらそんな減らず口が叩ける精神があればまあ大丈夫だろう。

「おーい、嬢ちゃん兄ちゃんもういいぞー」

壁の向こうから聞こえた声に応じるように魔力を切る。

それだけで土壁はがらがらと崩れ小山のように形を変えた。

「おおー、わりと綺麗にいったんじゃないですか」

「あんだけ行動がわかってりゃ、俺たちなら誰でもできらぁな」

小山の向こうは、横倒しになった銀色の魔狼の姿がある。

「こいつにやられたパーティの弔いにしても上等だ。早く帰って始末をつけないとな」

「……そうですね。それと、グレートの出現に対し予想を立てられなかったことを悔やみます」

「そりゃ仕方ねえよ。嬢ちゃんの発見時はグレートの痕跡が無かった。だったらこれは俺達が予想をつける領域だ。……で、ちなみにそっちの兄ちゃんも爆破術士なのか」

仲間による魔狼の解体が進んでいくのを無視して、グスタフがブラッツに視線を向ける。身長差は頭ひとつあるだろうか。

勿論大きい方がグスタフだ。

「そう。ブラッツ・フォン・ルッツフェルド。私の次の、アルテン担当魔導官」

「あ!? 異動だと!?」

「そう。ブラッツさん、紹介が遅れたけど――」

「存じています。"赤熊" グスタフ・グリンデルバルド。お会いできて光栄です」

ぺこり、と頭を下げるブラッツに悪気はまったくない。

貴族は簡単に頭を下げない、といった悪習が彼には受け継がれていないらしい。

それを好感したのかグスタフが表情を弛めた。

「ふーむ、リズの嬢ちゃんとは連携も取れてたが、異動じゃ仕方ねえ。次はお前さんを頼りにさせてもらうか。……で、嬢ちゃん。俺たちはしばらくこいつを連れ回せばいいってことだな?」

「え」

「はい。貴族級の基礎素養の持ち主ですし、私のときと同じ程度で問題ないかと」

ブラッツの顔には嫌な予感がするとありありと書いてある。

事実、そのとおりだ。

冒険者ギルドが出してくる依頼は多かれ少なかれ大抵魔物が絡んでいる。このうち最難関は東部トップのグスタフ達のパーティとの連携を取る場合だ。

理由はとても簡単で、『冒険者達が速すぎて術士がついていけない』から。

だが今回のようにS級討伐ともなれば、ついていけない、などという甘えは許されない。

そしてその経験からリズが導いた答えが、敵の炙り出しと敵意集中だ。しかし素養に溢れた貴族層の上級魔導官ならもっと上手くやれることだろう。

「じゃあ私はこれで。あとはお願いしますね」

「おう、まかせとけ」

軽く一礼をして、なんとなく空を見上げる。

今日もどんよりとしたいい天気である。

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