第3話 いたって普通の定例会議
翌日。
ふかふかベッドの上、規則通り目覚めてしまう体質がちょっと憎い朝。さんさんと降り注ぐ朝日の光はまあ眩しいこと。
ただし今日はお休みではない。冒険者ギルドへの報告する他にも爆破術士にはやることがあるのだ。
まずは、宿屋の裏の井戸で顔を洗って、顔が屍人色になってないことを確認。
戻って宿屋の棚から少し上物の黒いドレスを出す。纏うと一気に空気が怪しくなるので、このゴールドにはまったく及ばない地味な藁色の髪の毛を適当に結い上げ、毛先を服に垂らして彩りにする。
「石は……こんな程度でいいか」
彩色に許されているものは金か銀で装飾された宝石たちだが、さほど着飾る必要は感じなかった。かわりに銀糸で編まれ、中央に星青色の石を嵌めたリボンを保険がわりに襟元に。
小さく畳んでいた杖を出せば、この国の『魔女』の完成だった。
「ん、よし」
杖をふたたび畳んで、ポケットにおさめてくるりと一回転。
それから部屋の鍵を閉めて、念のため施錠の魔法を少し。
「あっさごっはん、ごっはん〜〜」
リズがぱっと支度を整えた理由はそれだった。
食堂兼、宿屋。
様々な街を旅してもリズが使う宿はそんな店ばかりだ。
東の魔女の定宿に間違いはないなんて噂もあるらしい。
(やなことがあったらごはん、いいことがあってもごはん! そうでなきゃ爆破術士なんてやらないし!)
そう。爆破術士の仕事はだいたい過酷だ。
荒野でぼっち。――よくある。
魔獣の森でぼっち。――案外ある。
むしろ魔獣から人を守る。――結構ある。
野盗を返り打ちにして引き渡し。――なんてめんどくさい。
こんな生活を送っているのだから、朝から新鮮な卵焼きと新鮮な野菜を香ばしいパンに挟んでかぶりつく、なんてお行儀の悪いことをしても許されたいというものだ。
「おいひぃ〜〜」
朝から温かいミルクが飲める幸せを噛み締めて、しっかりと食事を終える。
なにせ今日はこのあと何よりも嫌なことが待ち受けている。美味しい朝食だけではまったく晴れない気分を抱えたまま、リズは宿の裏手に出た。
そしてぴかぴかのお日様を眺めて、大きく息を吸ってから言葉を吐き出した。
『緑と青は風の色〜……透明な黒の扉を叩け、赤の運命をその手に繋げ〜……転移・黒翼』
どれだけ気力なく唱えたところで魔力があれば呪文はきちんと発動してしまう。
その悲しさをかみしめながらも、まばたきの暇すらなく、あたりの風景が一変したことを見てため息をつく。
そこは果ての大地と呼ばれる不毛の地に建つ黒い城の中だった。
王城の影と呼ばれるそこは周囲の大地に反し、緑溢れる華やかな場所だ。中庭に出れば鳥のさえずりが聞こえ、葉が風でさざめきを起こすことだろう。城もかなりの大きさを誇る。
そのすべてを無視してリズはすたすたと歩みを進めた。
行き先は王城で例えるなら謁見の間。ここでの名称は『査問の間』だった。
この世で一番爆破したい場所だ。
念じて爆破できるならきっと目の前で弾け飛んでいるに違いない。いかにも偉ぶった重厚な扉をノックする。
「東部担当、リズベス・ライツェント上級魔導官です」
ノックと言葉はこの扉の鍵だ。口にすると誰に動かされるでもなく扉が勝手に開いていく。
隙間からも見える場所に、寝台より大きな机がひとつ。
足を踏み入れるとその机を囲むように顔見知りの姿が二人。そして顔を合わせたくないご老人たちが六人ほど、机の向こうでそれぞれ椅子に腰掛けている。
「ご苦労、ライツェント」
そのうちのひとりが口を開く。
かすれたしゃがれ声の、いかにも老爺といった声だ。
「東部は優秀でいいねえ、南部や西部にも見習わせたいものだよ」
別の声がそう続ける。老婆の声にはどう聞いてもわかる棘があった。
「いやいや東部もまだ若い。これからどんなヘマをするかわかったもんじゃない」
「北部方面隊はまた欠席ですかな。あそこの統制はどうなっておるやら」
――そりゃあこんな会、出なくていいなら出ませんよ。
北部は魔領が近い。
不参加の理由をつけるなら、定例会合に出向くほど暇ではない、というところか。
老人以外の残り二人は南部と西部の上級魔導官だ。
同期ではないが同僚ではある。お互い小さく頭を下げた。
「さて、北部以外はお揃いだ。今月の状況は?」
ご老体の中ではしゃんとした声のひとりがそう尋ねる。
誰からいくか、は昔から何となく決まっている。仕事が少ない――魔領から遠い順、だ。皆の視線は自然と南部の、銀色の髪と奇妙なほど痩せた体が目立つ女性に向く。
「な、南部です。魔力溜まりは三つ、場所はこの地図に示した通りです。そのうちひとつは中型でしたが、ま、魔力の吸い上げが早く、放置は危険と判断して早期爆破しました」
南部の担当官から漏れる報告の声はどこかか細いものだった。今にも震えで死にそうな顔色なのだが、彼女はだいたいいつもこうなので誰も気に留めない。胸元の鳩血色の石だけが存在感を主張していた。
「……南部でも収束傾向かい。嫌になるねえ」
一人の老婆がぼそりとこぼした言葉ひとつにすらびくりと震えるものだから、ご老人がたも呆れ顔だ。
「次」
鋭い声に背筋を伸ばしたのは西部の担当官だった。
魔法使いにしては珍しい筋肉系で、まっすぐな姿勢を取ると軍人にも見えそうなほどだ。
正直言えば見た目の圧がすごい。
「西部です。爆破箇所は六。収束傾向のある魔力溜まりはうち半数。大規模な変異兆候はどれも北部方面です」
言葉もハキハキと、若干大声気味に。
南部と西部の声量差で耳くらいやられてくれないかとご老人がたを見るが、残念ながらそんな奇跡は起きていない。
「次」
西部にはあまり興味をそそられなかったのか、さっさと矛先はこちらへ向いた。
「東部担当官ライツェントです。まず案件数ですが、冒険者ギルドの依頼が七、収束予見官の指示が十、個人探針が三、合計二十ちょうど。爆破数は先月分からの繰り越しが五、来月に持ち越しが南部寄りの七。計十八個なので通常平均より少なめですかね。魔力変動および収束傾向は全域で依然継続、北部寄りの一部でS級を含む希少魔獣の発生を観測しています。こちらは全て冒険者ギルド及び王国軍に報告済です。また、B級以上の討伐待ちは直近の一件――ローナルーの群れのみです」
さて驚くか、と様子を伺うが反応が感じられたのは同僚程度だ。ご老人達には目新しい情報ではなかったらしい。
実につまらない。
彼らは金にも権力にも執着のない、例えるなら喋る歴史書だと実感する。
そしてこの歴史書達の記憶の片隅にとどめさせるため、だけに、この会合は存在する。
「北部は」
「個人探針による推定では、『毎日どこかで地下の魔素流れを変える爆発があり、毎日どこかで自主崩壊前の魔力溜が爆破されています』」
「結構」
(これを結構、で良いなら東部も報告書にさせてくれませんかねぇ)
この数年、少なくともリズが東部担当官に就いてからの年数、北部担当官にはお目にかかったことがない。
知っていることといえば北部が最も強大な『部隊』であること、それと指揮官の名前ぐらいだ。
(リカルド・フォン・ルッツフェルド、だっけか)
いわゆる軍人貴族層の、いいところの出、らしい。
響き渡る武勇が云々と熱を上げる女性陣もいるらしいが、それはリズにしてみればどうでもいい情報だ。
リズですら嫌々ながら顔を出す会合に一度たりとも顔を出さない貴族なんてものは、床の埃より無価値だった。
「さて、では来月の見通しを聞こうかね」
出た。
「な、南部は通常通り随時対応です……」
「西部は人員増を希望いたします」
「ああ、そろそろ検討しようかね」
「ありがとうございます!!」
そう、このへんまではいいのだ。
「――東部は」
きろ、と鋭い視線がこちらを向く。
「随時対応です。人員増を希望して対応していただけるなら挙手いたしますが」
「そりゃあ叶わぬ願いだね」
「では随時対応です。私の差配どおり、随時、対応、いたします」
「来月は少し多めに爆破しといておくれよ」
――こっちがどれだけ忙しいと思ってやがる。
顔にも気配にも出さないよう心がけて、悪態をつく。
東部は王国の地理的に辺境が多い。渓谷も荒野も密林も山岳もなんでもござれの土地だ。
西部は隣接する国があるせいで比較的都市が多く状態が安定している。
南部は穀物地帯と田舎と海。食料という国の生命線があり、魔領から遠い地域とあって国からの保護は手厚い。
北部は逆に魔領のせいで軍事的に優遇されている。
要するに一番の貧乏くじが東部と言ってもいい。
「爆破術士への適性難もこうなってくると大変ですねえ」
その東部で代表を務める身としては嫌味のひとつでも言いたくなるというものだ。
「ひよっ子一匹入れても東部じゃ使い物にならんだろうよ」
「そりゃあひよっ子を入れてみてから言ってくださいよ」
こうなってくると引いたら負けだ。
南部と西部の同僚の焦ったような視線を受けても、引く気は一切ない。
通常ならこんな口をきけば左遷されてもおかしくはないのだ。
だが左遷しようにもそもそもがド僻地の東部、しかも上級魔導官。辞められて困るのはお前たちだろうと暗に示せば噛みついた相手が笑う気配があった。
「お前さんも毎回毎回頑固だねえ」
「元老院の皆様方も東部の土地の劣悪さはご存知かと思いますが。その東部にひよっ子すら入れられないなら、いっそ北部から人を寄越したらどうですか。あそこなら最低限自立ぐらいはできるでしょう。それに、北部指揮官を呼び出すいい機会になると考えますが?」
今回練ってきた策は少し程度にはご老人達の眉を動かすことに成功したようだった。独立先行型の北部を元老院が面白くないと思っていることは確かだからだ。
――ありがとう顔も知らぬ北部の人。
心のなかで適当なお礼を捧げる。
ついでに老人がたの興味もそちらへ向いたらしい。
普段ならここからちくちくと嫌味の応酬が続くはずの会は早々に切り上げられ、本日の会合は速やかに解散となった。
こうして放免となった同僚と三人で査問の間を抜ける。
扉をきっちり閉めると同時に三者三様にため息が漏れた。
「リズ、あれは言いすぎだろう」
たしなめてきたのは西部の同僚。
「そうは言うけどね、ユンカー。あんた東部で一ヶ月働いてみなよ、すーぐ実感できるから」
「で、でも……あんなことを言ったら……」
「大丈夫大丈夫。ご老体たちも東部担当じゃ左遷できない、降格もできない、辞められても困るんだから。今日のは巧くはまりすぎてちょっと気分良かったくらい」
今日ばかりは一矢報いてやった気がして胸すら張りたくなる。
だがその途中でふと、引っかかっていたことを思い出した。
「ところで、西部と南部の報告。……あれ大丈夫なの?」
先程の話で出ていた収束傾向というやつだ。
この世界の魔力は、地面の下を水のようなかたちで流れている。地下の深くから浅い場所へ、浅い場所からは横に。
絵に描いたら上が平らになった木のようになっていることだろう。
さらにこの魔力の流れというやつは、それぞれの場所で濃い、薄い、速い、遅い、といった『クセ』がある。ときには魔力の流れ同士がぶつかることもあった。
そして何らかの原因で魔力が流れにくくなると、魔力は逃げ場を失ってそこに塊を作りはじめる。
これが魔力溜まり、だ。
その魔力溜まりは放っておくと地上へ大量の魔力を噴き出し、周辺の環境をがらりと変えてしまう。だから地面を爆破して、溜まった魔力を火柱を作る力に変えて魔力抜きをする。
これが爆破術士の仕事だった。
「ぜ、全然、大丈夫じゃないよ……収束なんて怖いもん」
「俺も楽観はしがたいな。西の連中は慣れていないから万一ということもある」
「だよねえ……お偉方はなんでわかんないんだろうね」
魔力収束は今最も爆破術士が聞きたくない単語のひとつだ。
何かが原因で元々あった魔力の流れが変わり、予定以上の速さで魔力溜まりに集まることを指すのだが、時には対応が間に合わず自主崩壊してしまったり、規模を見誤った術士がケガをすることもある。
元老院のお歴々もかつては術士だったはずだが、どうも現状の実感は薄いらしい。
日に日に不足が増す人手となり手、広がりつつあるおかしな流れ。どちらも頭の痛い問題だ。
「とにかく南も西も気をつけてね。うちもボチボチでやるから」
「ああ。東は特にな」
「お、お気をつけて……!」
同僚と話しているうちに、既に足は転移陣まできていた。
訪れるは難しいが帰りは簡単。
これもまたこの城の嫌いなポイントだ。
それじゃあ、とお互い軽い挨拶をして共に魔法陣に魔力を通した。
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