第2話 いたって普通の依頼報告


お土産のチーズを抱え、彼女は軽快とは到底呼べない足取りで街を歩いていた。

「うう、最後まで送ってもらうべきでした……」

爆破作業をした近所の村でお土産を貰い、乗合馬車を使って数日。

まさか黄色のつやつやチーズが、持って歩けばこんなにも重いとは。

子供のような重さのそれを抱えて、世の中のお母様ご苦労お察しいたします、などと考えていれば、視線の先に建物の扉が立ちふさがった。

「つ、いた、ぁ〜……!」

それはもう情けない声だったが、すごくすごーく安心したのだ、声ぐらいは許されたい。

両開きの扉にはここ、アルテン州の冒険者ギルドのマークがでかでかと描かれている。それを残った力で押し開け、ふらふらと室内に倒れ込む。

床ダイブで痛かろうがもういいや、くらいの気持ちで倒れ込んだ。

のだが。

「おっと。気をつけろよ嬢ちゃん」

わずかな差で体を支えられて、相手を見上げた。

「あ……、グスタフさん……すみません〜〜……お土産が、重くてですね……」

「なんだ誰かと思えばリズの嬢ちゃんか。お土産、ってのはその上等なチーズのことか? 荷物も持ってやろうか?」

「ぜひおねがいします……これは、食べてていいので……、私は報告に行ってきますー……」

肩を軋ますほどの荷物がなくなって、少し、体が楽になる。疲労はしっかり残っていても、ギルドのカウンターに向かうぐらいの気力にはなるものだ。

加えて、この国の冒険者ギルドはどこも同じつくりで有名だ。

カウンターは右から、精算、受付、報告。真ん中の受付は二人か三人いるのが普通で、精算はだいたい一人。報告は一人か二人だ。

「こんにちは、任務の報告に来ましたぁ……」

「あっ、リズさんこんにちは! ……あ、あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫です……。この屍者みたいな顔色でも休めば治りますのでぇ……。それで、えーと、リゴル村の森外れの件ですが、状況を確認して爆破が相当だったので処理して、おきました。村長さんからの確認は鳩便をお願いしてありますです……。それと、ワニデスの森にデスハウンドと、ローナルーの群れがいまして、近場の爆破でしばらくはおとなしいと思いますが、急ぎで依頼を出されたほうがいいかと、思います。……あ、こっちの黒いのがデスハウンドの体毛、こっちの銀色がローナルーの体毛で……、えーと、今回の報告は以上です、おつかれさまでした……」

ああ、1秒でも早く、ふかふかのベッドで寝たい。

そう思ってもやることをやらないと安心できない。

ギルドのカウンターに頭を下げて、今度は既に半分にでも割られただろうチーズの元へ足を向ける。

冒険者ギルドの隣は酒場だ。建物は別だが中で繋がっていて、そこに見知った顔が集まっていた。

「リズ! こっち!」

「うわっ、また屍人みたいな顔色!」

「元気なときとの落差ヤバ」

ひとつのテーブルを囲む人々は男女さまざまだが、全員が見知った顔だった。

「うるさいです……」

それでもきちんと席はある。

アルテン州名産のチーズはすでに酒のつまみとして仲間入りをしたようだった。

「リゴルだっけ、あんな僻地までお疲れ」

「馬で三日で転移陣もないとか聞いたんだけど」

「何それヤバ」

既に仕事の話も酒場のネタだ。別に極秘でも何でもないので好きに話せばいいと思って、ふと気づく。

「そういえば、そのヤバ僻地にローナルーの群れが見つかりましてぇ……」

それにしても半溶けチーズ、すっごく美味しいです。

厚切りのお肉を炙った上に、切り出しチーズをぽんと置くだけ。それだけなのに口に放り込むとじゅわりと広がるお肉の脂にチーズの甘さが混ざって、疲れも吹っ飛ぶ幸せの味がする。

なお爆破術士にとって魔物の討伐は業務外のお仕事だ。ここでぽろっと漏らしても大騒ぎするのは冒険者でしかない。

ざわつく周囲を無視して、もう一口とお肉にかぶりつく。

狼種の魔物、ローナルー。その毛皮が富裕層に大人気の希少種だ。銀色に輝く柔らかな被毛は見るものを虜にすると評判、らしい。ただし気性のほうはかなり荒く、賢い。ひとたび群れを作ると旅人や家畜を襲うことも珍しくなかった。

「はあ、お肉美味しい〜〜……」

討伐難易度は上から三つ目のB。あくまで単体の難易度が、だ。お金に目がくらみこの魔狼に突撃しては玉砕する冒険者が後を絶たないせいで、今では冒険者のほうに受注制限がかかっているとも聞く。

「報告したのは今だな?」

前のめりに尋ねてきた相手は先程入口で床ダイブを止めてくれたグスタフだった。

彼は王国東部で真っ先に名前が上がる冒険者のひとりでもある。

通称は赤熊。聞こえはなんとなく締まらない印象だが、本人が後頭部を刈り込んだ短髪赤毛にがっちりした筋肉質、いかにも前衛です、という印象の大男なのだ。

赤熊で違いないとは本人も認めている。

そのグスタフに尋ねられても、現在おくちの中はお肉の消化に忙しい。そのかわりに頷くと、グスタフはちら、と誰かに視線をやった。本人は椅子に座ったままだ。

「んむ、……珍しいですね、グスタフさんがローナルーですか」

お肉を美味しく食べ終えてから尋ねる。

腕利き、と呼ばれる冒険者がローナルーに興味を示すのは言葉にもしたとおり珍しいことだ。冒険者でもかなりの腕前になれば金銭には困らないと聞く。

だからローナルーは『中途半端』なのがよろしくない魔物だ。

討伐難易度は確かに高い。が、王国の冒険者や専門の狩人の手に余るほどではない。しかもローナルーをきれいに仕留めるのは熟練者でも難しく、適当な探索だけでは空振りに終わることもあるらしい。

要は効率良く稼げず、冒険者はよほど金に困っているか腕試しがしたい以外挑まない魔物なのに周囲の集落は大迷惑、というたちの悪さがある魔物だ。

そのせいで本格的な討伐では富裕層と繋がりを持ちたい商人以外にも隊商や運送ギルドも冒険者を雇うなんてケースがあるぐらいだった。

疑問の視線をどう受け止めたのか、グスタフは真面目な顔をして頷く。

「俺達は報酬目当てじゃないぞ。俺の仕事はきちんとした駆除だ。ローナルーの群れなんて適当な冒険者が請け負ってみろ、うちのギルドにどんな被害が出るかわからん」

「なるほどそういう問題でしたか」

「群れの規模はわかるか」

「うーん……ちょっと視ますので、地図があれば」

幸いにも証拠品として持ってきたローナルーの毛が、ポケットに少し残っている。料理を避けて広げられた地図は王国東部のものだ。少し大きいが仕方がない。

「何何? 爆破の魔女様に他の特技があんの?」

興味津々、といった様子で覗き込んできたのは先鋒職と思しき金髪の少女だ。大きくくるんと巻いたきれいな髪を短くしているせいか、大きな青い目とつんと尖った鼻が目立ってよりかわいらしく見えていた。

「こらミナリー!」

「ミナリーさん、爆破術士にはですね、爆破前に現地調査の義務があるんですよ。近くに放牧中の家畜や商隊がいないか確認するためですねぇ。もちろん現地が理想ですけど、あたりをつけるだけならここからでもできるんです」

爆破の魔女、爆破の魔道士。

爆破術士にはよくあるあだ名だ。

グスタフは叱るが、聞き慣れた名前程度では何とも思わない。

それよりも地図の分遠ざかったお肉のほうが問題だった。

早く終わらせてしまおうと杖のかわりに銀毛を掴んで束にする。そしてワニデス、と書かれた地図上の森へまっすぐに立てた。


『白、薄藍、鳥の色。青、緑は風の色。混ざれ、届け、かの先へ。さざめけ、応えよ――探針、百震』


魔力を通すと抵抗と共に脳内に映像が返ってくる。

「……んん、……んー……画像悪……」

距離が遠いせいだろう、ぐちゃぐちゃの映像に思わず顔をしかめた。

「十……以上、二十未満。それ以上はここからじゃ無理ですね」

「適当な冒険者を深入りさせるわけにはいかんとわかっただけで充分だ」

「じゃあごはん食べていいですか」

「ああ。肉の分は俺のツケにしておいてくれ」

広げられていた地図が畳まれ、テーブルには至福の時間が戻ってくる。

「魔女サマすごいねえ」

「でしょうでしょう〜。でも今はごはんの時間なので詳しい話はまた今度してあげますね」

「うん。あたしも一緒にいい?」

「ええどうぞ〜」

それからしばらく上等な肉とチーズを堪能し、帰って宿屋の寝台に転がったときの至福といえばこれ以上ないほどだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る