爆破術士はちょっと特殊な普通のお仕事です。

樫きば

第1話 いたって普通のお仕事風景


「配置、完了です。下がってください」

彼女は垂れてきた汗を拭って、ふぅ、とひとつ息をつく。

いつもならもう少しお手軽な作業が、今日は既に日暮れ前だ。

ここまで同行してくれた人々に声をかけて、離れるように指示をする。

魔法陣の起動には常に危険が隣り合わせ。魔法に不発はほとんどないが、魔法陣には不発がありうる。

それは炎でも水でも闇でも同じで、この世界ではあたりまえの知識だった。

しかも不発は、素人でも、初心者でも、熟練者でもけっしてゼロにはできない。

気づけば魔法使いの背後が一番安全、という迷信すら広がっていて、皆がすすっと彼女から距離をとりその背後に回った。


たしかに。たしかに、だ。

目の前で起動を待っているものは大型と言っていい魔法陣。

端から端まで大人が歩いても三十歩はあるようなシロモノで、不発を考えると魔法使いの後ろにいたい気持ちはわかる。

だが起動する本人は逃げるわけにはいかない。

不安そうな視線を背中にちくちくと感じながら、できたての魔法陣の端に手にした華奢な杖を立てた。

あとは手のひらから杖へ、魔力の流れを感じるだけ。


『赤、黃、運命の色。白、黒、螺旋の色。混じりて光れ、輝け、届け。――火焔、爆発』


言葉とともに、魔法陣に魔力を流し込む。

カッ、と魔法陣が光った。

同時に地面を揺らすような音と、中央に火柱があがる。

彼女は服や髪を後ろに引っ張る爆風とその火柱を確認して頷きをひとつ。

――うん。成功だ。

「……ふへぇ」

緊張から解放されて変な声が出た。この火柱が鎮まれば今回の仕事は完了だ。

「あの、少し早いですが、みなさん、おつかれさまでした」

後ろを向いて頭を下げる。

彼らにはこのあたりの魔獣の撃退まで手伝ってもらったのだ、下げる頭はあっても張る胸はない。


こうして一人の爆破術士――この広いお国でほんの少ししかいない、超、マイナーな職業を務める彼女は本日も無事仕事を完遂したのだった。



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