第24話 名もなき冒険者の独り言

 俺は今一番人気と言われる秋月しゅうげつという店に来ている。1階と2階は雑貨屋、3階は食事処、4階と5階が宿屋らしい。

 意外にも大きな店に気後れするも中に入る。広いスペースに所狭しと並べられた商品の数々。豊富な品揃えに感心した。

 「凄いな…それにしても不思議な商品ばかりだ。」

 商品を一つ手に取ってみる。

 「いらっしゃいませ。」

 元気良く挨拶をしてくる店員の態度は高級店に入り込んだ気分になる。

 「お探しの物でも御座いますか?」

 「いや、ちょっと見て回ろうと思って。これはどうやって使うんだ?」

 女性店員は商品を手に取り

 「こちらは万能ナイフになります。カン切り・ワイヤーストリッパー・プラスドライバー・ピンセット・マイナスドライバー・せん抜き・リーマー穴あけ・マルチフック・キーリングを一つに纏めた品になります。こうやって使います。」

折り畳まれたナイフなどを取り出していった。

 「凄く便利だな。こんなに道具が詰まっていてコンパクトで持ち運びが便利そうだ。にしても缶切りとは何だ?」

 「缶切りはこの店で販売している缶詰を開ける物になります。丁度、味の試食もあるので如何ですか?」

 「是非、食べてみたい!」

 缶詰がどんな食べ物か分からないが、味見が出来るなら食べてみたい。

 彼女は俺を試食コーナーに案内し、缶切りで缶を開けた。

 「これは何て言う食べ物なんだ?」

 小さな小皿に盛られたそれを見て彼女に尋ねると

 「牛すき焼きの缶詰ですよ。」

牛の肉だと言われた。牛の肉は不味くて食えた物ではない。

 「……あんな安物の肉を出すのか…」

 俺の落胆した表情かおを見た彼女は

 「単なる牛の肉ではありませんわ。とても美味しいですよ。」

小皿を差し出してきた。反射的に受け取り、恐る恐るフォークで肉を摘まんで口の中に放り込む。

 「う、美味い!牛肉がこんな味になるなんて!あまり油っこくなく ボリュームのある割にはさらりと食べられるぞ。こんなに美味い物があるとは!! 」

 「他にも色々と種類があって食べ比べする楽しみが出来ますよ。また3階には秋月しゅうげつ名物の缶詰以上に美味しいご飯が食べられるので、お勧めです。宿泊されると美味しい食事が付いた上にシアターが見れますよ。」

 こんなに美味しい物がこの世にあるとは!しかも食事処にはそれ以上に美味い飯が食えるなら行くしかない!

 「そうなのか、是非食べて帰るよ。他にも人気な商品とかあるか?」

 「そうですね、冒険者さんに人気なのは携帯食品の他に方位磁石、テント、寝袋、携帯用コンロ&バーナーに燻製アウトドアスパイスが人気ですね。駆け出しの冒険者の方には手が出しにくいですが、Cランクぐらいの方なら余裕で揃えられる値段になってます。」

 にこにこと商品の説明と金額を案内してくれた。

 テントも庭で実演して貰った。何て便利なんだろう。絶対に買おう!

 用意された籠の中には便利グッズが山積みになっている。特に缶詰や袋ラーメン、スープは沢山買い込んだ。少し値段は高いが美味い飯に有り付きたい。あの味を知った後で、干し肉に固いパンで冒険をするのはキツイのだ。

 会計を済ませて俺は3階に向かった。

 とても人気があるようで待ってる人が多かった。1階にも待っている奴等がいるらしく、予想では1時間かかると言われた。

 しかし美味しいご飯が食べれるなら食べてみたいのだ!

 「番号札をお持ち下さい。お呼びしても来られない場合は次の方を先にお呼びすることになります。」

 店員に木札を渡されたので、俺は1階で時間を潰した。

 店内を見て回っていたらどこからともなく俺の番号を呼ばれた。どういう魔法なのだろうか?3階から声が届くなんて!

 直ぐに俺は3階に向かって受付を済ませた。テーブルに案内されメニュー表を渡される。凄いと思ったのはその場の風景を切り取ったような鮮明な絵だ。料理を描いた絵をはどれも美味しそうに見えた。味の想像が沸かないが、席に座ってご飯を食べている奴等から美味しいとの声が聞こえてくる。どれを選んでも外れがなさそうだが、ここは無難に日替わりメニューにした。

 「どうぞ、お待たせしました。本日の日替わりメニュー厚揚げと新たまねぎの甘辛てりやき丼に春キャベツと豚肉の味噌汁になります。ウーロン茶はサービスです。レジにてお茶を販売していますので、気に入ったら購入してみて下さい。」

 見たこともない器に盛られた飯に

 「この白いのは何だ?」

店員を引き留めて聞いた。

 「これは米という食べ物ですよ。この店しか取り扱ってないので食べれるのは今の所は此処だけですね。ふっくらもちもちとしてて、ほんのりと甘いんです。とても美味しいですよ。」

 彼女はそう言って厨房に引っ込んだ。

 スプーンで米と肉を掬って口の中に入れた。

 肉がとても柔らかく、甘いタレが絶妙に美味しい。それに白いソースみたいな物が肉の味を引き立てていた。添えられていた調味料を掛けると味が変化してまた美味い!

 味噌汁と呼ばれたスープを飲むと春キャベツ、玉ねぎ、にんじん、豚バラ。具だくさんで、キャベツの甘みもあり、美味しかった。捨て値で売られている豚肉がこんなに美味くなるとは、此処の料理人は宮廷でもやっていけるんじゃないだろうか?

 こんなに美味い料理だと普段の料理が不味く感じる。

 俺はご飯を平らげる。その間に壁に流れていた不思議な映像に魅入られた。絵が動いて、それに合わせて声が聞こえてくる。まるで生きている人間のようだ。

 「あのー店員さん、あれはなんだ?」

 店員を捕まえて絵が動くそれが何かを問えば

 「ミニシアターですよ。本日は『この素晴らしい世界に爆弾を!』っていうアニメですよ。当店オリジナルです。宿泊して頂ければ昼と夜のそれぞれ違うアニメと映画を見る事が出来ます。」

 「映画とは何だ?」

 「そうですね…説明が難しいのですが、観劇とは違ってあのミニシアターに人が動いて物語を紡ぐ物ですよ。本日の上映は昼は『フロメア』、夜は『ロマンス劇場で』を上映するんです。シアター目当てのお客様が多いですね。良かったら泊まっていって下さいな。」

彼女は丁寧に説明してくれた。

 食堂で流れていたアニメも面白かったし、今日は泊まってみようかな。



 食事を終えて4階に移動する。一泊したい旨を伝えたら金貨2枚と言われた。高いな、と思ったが朝食と夕食が付くのと大浴場があり、シアターが見れると言われたので泊まってみることにした。

 案内された部屋は普通の宿よりも広い個室だった。

 早速昼に上映される『フロメア』を見に行った。独特な画、恰好良さのある音楽と物語要素、派手さのあるアクション全てが綺麗に組み合わさっていた。観劇とは別でエンターテイメント性が高く、テンポ感の早い王道ストーリーだったので俺でも楽しめた。

 映画が終わった後に俺は大浴場に行った。ここでシャンプーとリンス、ボディーソープなる物を知る。使い方は壁に書いてあったので、その手順通りに全身を洗っていく。いつも使用している固形の石鹸だと泡立たない上に臭いが、このシャンプーとかは泡立ちが良く、汚れが取れて髪の毛がパサつかないし、ボディーソープは肌が突っ張らない。凄い!俺も欲しいと思った。どこで買えるのかと思ったが、説明文の下に2階で購入出来る旨が記載されていた。風呂から上がったら買いに行こう。

 2階で洗顔石鹸とシャンプー、リンス、ボディーソープを購入した後に夕食にした。

 3階に行って食事を貰う。昼間と違って仕切りがある大皿に料理が乗せられていた。

 「今夜のメニューはパンに豆苗の豚巻きレンジ蒸し、シーフードサラダにアサリとキャベツの洋風スープですよ。足りなかったら別料金になりますが、メニュー表から追加オーダーして下さい。お酒も色々な種類を取り揃えていますよ。」

 「じゃあ、エールをくれ。」

 エールを頼むと店員は困った表情かお

 「うちはエール取り扱ってないんですよ。エールよりも美味しいビールなどは如何ですか?」

食堂なら何処でも取り扱っているエールが無いと言われた。ビールという酒が美味しいのか分からないが、仕方がないので頼んでみることにした。

 「じゃあ、ビールを頼む。」

 「畏まりました。少々お待ちくださいませ。」

 席を離れた彼女を後目に俺は夕飯を食べた。昼間に劣らず美味かった。

 「お客様、ビールです。お待たせしました。」

 テーブルにジョッキが置かれた。ガラス製のジョッキなんて高いだろう。ジョッキに触れると

 「冷たい!どうやって冷やしたんだ!?」

 今の季節は初夏と言っても良い。そんな時期に氷なんて高価な物を得られるのは氷魔法の使い手か高位貴族ぐらいだ。

 エールは常温で飲む酒だが、このビールという酒は冷やして飲むらしい。俺はジョッキに口を付けてビールを飲んだ。

 「美味い!しっかりとした深いコクのある味に適度な苦み。キレもしっかり、そしてのどごしスッキリ。香りも凄く良いな。食事に飲むのはもったないくらいだ!」

 俺はビールをゴクゴクと飲む。

 空っぽになったジョッキを見て店員にお代わりを頼んだ。

 店員に勧められるままに酒を飲んだせいで、夜の映画を見るのを忘れてしまったので、俺はもう一泊することになるのであった。

 後にこの宿は1年以上の予約が埋まることになり、泊まれた人間は幸運だと言われるようになるのだった。

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