第五話 風の吹くまま
奏太が護衛団に所属してから丁度、一週間が経過していた。
デスクの上に積み立てられていた資料の山は徐々に数を減らしている。
その山が減っていくスピードが上がっているのも仕事に慣れた証拠と言えるだろう。
未だに見回りは続いている。むしろ、巡回人数を増やして常に臨戦態勢と言ったところだ。
その結果、犯罪や事件が減ったのかというと…
「また暴れている人物がいます!支給応援を要請します!」
と、こんな感じで増えている。
あの男の騒動は、あっさり周辺の社会を歪ませた。
人手を見周りに回さないといけなくなったし、それをからかうように次々と刺客が出てくる。建物の破壊などにより、流通が混乱しているというのも原因かもしれない。
「分かりました、私が行きましょう。」
そうしてアルマリさんが立ち上がり、準備を始めた。
奏太もアルマリの上着などの用意をしながら、指示を仰ぐ。
「俺たちはどうしますか?」
「とりあえず、私一人で行ってきます。もし何かあったら連絡します、その時は至急来てください。午後からは…とりあえず彼女に従ってください。」
彼女はそれだけ言うと、返事も聞かずに飛び出した。あの人の凄さはここ一週間で分かっているため、今回も事件を収めてくれるのだろう。そこに関しての心配は特にないのだが、それよりも、奏太に危機が迫っていた。
「ふふっ、じゃあお姉さんの言うこと聞いてもらっちゃおっか。
アルちゃんの頼みだしね。」
護衛団の中でも、奏太たちアルマリ部隊はかなりの変わり種らしい。
情報収集を専門としており、少人数精鋭というのが特徴である。そのメンバーについてもアルマリさんが直接スカウトした人を中心に構成されており、その優秀さと仕事内容から本部にメンバーが集まることは少ない。
つまり、康太にとってもほとんどが初対面という事になるわけだ。
現状、奏太は護衛団の中でも下の下で優秀かどうかと言われればもちろんノーだ。
アルマリから、たまに話を聞いたりもしたが個性的で面白いという所でいつも話を打ち切られてしまう。そんなエリートな人たちと、上手くやっていけるのだろうか。
「ちょっとー、お話聞いてる?
お姉さんに従わないとだめなんだよー。」
突っ込んでいいのか悩んでいたけど、さっきのアルマリの鬼気迫る表情。あれは冗談を言う雰囲気ではなかった。つまり、今康太に向けて声をかけているのはメンバーの一員という事だ。一応、資料を確認した時にトニエ・ステーンという名前と写真は確認済み。
目線を合わせるため、その場にしゃがむ。
「ご指導、お願いします。」
「うん、よろしい。」
そうして、俺の前でどや顔をかましているのは明らかに小学生にしか見えない女の子。
水玉が入った青色のワンピースにツインテールが更に奏太の感覚を鈍らせる。
本当にこの人、先輩だよね。こうして話している時も不安は積もりに積もる。
「それで、午後からは見回りですか。」
「うーん、それじゃあお姉さんと遊びいこっか!」
気づいたら外に出ていたが、これは見回りってことで大丈夫だろうか。前の方を堂々と歩く先輩を、保護者目線で追いかける。一応今もアルマリたちは事件の対応をしている状況なのだが、平和な気分になってしまった奏太はすぐ気を引き締めた。
「トニエさん、どこに向かってるんですか?」
「もちろん、公園だよ。今日はとってもお天気良いもんねー。」
これにもちゃんと意味があるはず、一応先輩だし。
優秀なメンバーであることには間違いないし。
そういって、康太の中に生まれた疑念を何とかかき消す。
あまりにほのぼのとした空気に、罪悪感すら覚えてしまっていた。
気づいたら、公園の野原に座っていたるトニエ。奏太も仕方なく、隣に座る。
トニエさんが背負っていたリュックの中にはおにぎりが入っていて渡してくれた。
そういえば、まだお昼ご飯すら食べていなかったことを思い出す。
「奏太くん、疲れてるでしょ?」
「え?」
あまりにも急な質問に戸惑う。
「最近は休みなく働いていたので、多少の疲れはあると思いますが。」
「それならよかった、アルちゃんも心配してたんだよ。」
そう言って、おにぎりを一個食べ終わると寝転んでしまう。
「私からしても弟が出来たみたいでとっても嬉しい。
だからこそ、アルちゃんと同じく心配もしちゃう。
ほら、ごろんとしてごらん?」
言われた通り寝転がってみる、優しい風がとても気持ちいい。
「たまにはこうやってサボってみるのもいいものだよー。
今日だけは私がいるから大丈夫。」
いつの間にか、目を瞑ってしまって奏太は眠りに落ちてしまう。
そんな彼の目には、落ち着いたからか涙が零れていた。
「…お母さん。」
まだまだ子供であることは、意外と本人は気づかない。
いくら異世界というワクワクする舞台に立ったとしても家族や友人と離れ離れになってしまった事実は変わらない。今まで、忘れるようにしていた寂しい気持ちそれが一気に溢れ出てくる。
そうして、彼の中にあったストレスはゆっくりと溶けていく。
「一週間、お疲れ様。」
そういって、家族を歓迎するかのようにトニエは康太の頭を優しく撫で続けた。
――――――
「どこに行った。」
そんな声に耳を澄ませる男。
他のメンバーと騒ぎに乗じてお金稼ぎをしようとしたが、突如やってきた一人によって仲間は簡単に制圧されてしまった。足が震える、それでも捕まりたくない。
そんなシンプルな動機で思ったよりも、体は動き続けた。
バレなさそうな細道を見つけて急いで飛び込む。
この街は建物と建物が入り組み、分かりづらくなっている場所がある。入ってしまえば探すのは困難だろう。進んでいくと、二人くらいなら寝れる程度のスペースを見つけて飛び込んだ。ここまで頑張った自分に神様が用意してくれたのだろう。
だが、そんな奇跡も近づく足音によって終わりを告げる。焦ってしまって、持っていた弾丸を自分が入ってきた隙間に向けて構える。
そこに入ってきたのはフードを深くかぶった男だった。
考えてみれば、逃走の仕方を考えていなかった。
今来たのは、いわゆる旅人という奴だ。服装もそんな感じがするし、こんな外れ道に入り込んできてしまうのにも納得がいく。脅して、服と金を頂こう。
「おい、聞け!!!」
「お前には聞こえていないよな。」
「はあ?」
一体何のことを言っているのか分からない。話が嚙み合わな過ぎて自分がおかしくなったのだと、そう錯覚させられる。
「神の声は、聞こえていないよな。」
「何言ってんだ!」
次の瞬間風圧が腹部を突き刺す。
あまりの衝撃にリアクションすらとることが出来ない。
次第に衰弱していく。
フードを脱げば、それは風使いの男だった。
今まさに、護衛団が指名手配している人物である。
「そろそろ、初めておくか。
俺の人生、その成功への次のステップを!」
瞬く間に吹いた、不穏な風。
突如迫りくる悪意は、一時の睡眠すら許しはしない。
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