第四話 才能は善か
ジリリリリリリリリリリッ、ガチャ。
すさまじい音を出していた目覚まし時計に、手をかけ止める。
時間を確認してみれば丁度6時、誰の手も借りずにこの時間に起きることができたのはいつぶりだろうか。昨日の大騒動で多少は危機察知能力が付いたという事にしておこう。
冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。
机の上に無機質に置かれた袋詰めのスティックパンを一本取り出し、口に運ぶ。
時間が無いわけではないのだが、遅れるのが嫌でそのまま全てを牛乳で流し込んだ。
生活感が全くないと言える程個性のない部屋、それも当たり前の話で人が入ってから24時間も時が流れていない。ようやく最近入ったのは、まだまだ成熟しきっていない一人の少年だった。
護衛団で働く人間には、無償で家が付いてくる。
本来はすぐさま出勤できるというかなりストイックな理由で設けられたもので、常に仕事に追われる感覚に苦言を呈す者もいるほどだが、家が無かった奏太にとっては嬉しいサプライズだ。
家を与えられたという事はつまり、護衛団に加入したことを意味する。昨日の夢みたいな一日のことを脳は未だ信用しきれていない。だが今目の前に部屋が広がっているのも確かだった。そんな嬉しい誤算によって基本的な生活を手にすることになったわけだが、代わりに今日から激務も待っている。住んでいる宿舎のすぐ隣にそびえたつ大きな建物、そこがこれから通うことになるいわゆる職場、という奴だ。
ある程度の準備を済ませ、すぐさま指定の場所へ向かう。
「時間通り…どころか早くの到着、流石ですね。」
大きな建物の中でも一際小さな部屋、数個のデスクが向かいあって設置されている。
そんなデスクの一つにアルマリさんは座っていた。
隣のデスクを指さされて、急いでそこに座る。
「さて、それではこれからやることを説明していきます。
この前話した通り、あなたに出来ることからやっていきましょうか。」
奏太自身に出来ること。
彼女のためにも、足を引っ張り続けることはしたくないと言いうのが本心。
これからどんな辛いことがあったとしても乗り越える覚悟は決めていた。
気づけば、アルマリは奥の部屋に移動していて何かの準備をしている。
次に姿を見せた…姿を見せたといっていいのか分からない程の資料の束によって顔まで隠れた彼女がふらふらしながらも、こっちに来る。
まさか、そう思った矢先その膨大な情報は奏太のデスクの上に置かれる。
満足したように微笑んだアルマリさんは非情にも告げる。
「これ、全部まとめてください。」
普通の高校二年生、何か奇跡が起きて異世界転生したはずだったのだが。
何がどうして、ここまで来て大量の資料をまとめるデスクワークをすることになるとは。
確かに、特殊能力とかは必要ないけど!
それでもやると決めたのだ、そう意気込んで手を付け始める。
数時間後、そこにはデスクの上に突っ伏した奏太の姿があった。
アニメとか漫画には頭から湯気が出ている、みたいな演出があるが本当にそうなっているんじゃないかと思う程頭が熱い。午前中は本当にそれだけの仕事量だった。これから慣れていくしかないだろう。とりあえず、お昼に持ってきていたサンドイッチを食べ始める。
「ああ、そういえば午後からは見回りに行きますよ。」
食べている手がついつい止まってしまう。
ようやく、護衛団っぽいイベントが回ってきた。
現状、あの騒動を起こした男は捕まっていない。
それどころか、どこにいるのか・何をしているのかの尻尾すら掴んでいない。
街は多少の被害を受けたが、住民全員を避難させることはもちろん出来るわけはなく結果的に護衛団の見回りの強化が定められた。
街を歩けば嫌でも目に映ってしまうほど、警戒の様子が見られた。こうすることによって犯罪行為を抑制するという意味も含んでいる。となれば、康太たちにもその業務が回ってくるのは当たり前というわけだ。
だがこうして、街を歩くのはある奏太にとってリフレッシュになる。
一応警戒の目を光らせる必要があるが、転生してきた身からすればどれもが新鮮で面白い。変わった建物や変わった文化、どれもに目を引かれる。
そんな感じだからついつい、雑談的に気になったことを聞いてみる。
「そういえば、能力…アルマリさんにとっての槍みたいなものはなんなんですか?」
この世界は作品的な言い方をすれば、特殊能力系にあたる。聖なる剣に導かれてもこれに当たるため、康太はこういった設定が好きだった。実際こうして目の当たりにすると、気になることが湧いていた。こういった能力というのは遺伝から来ているのか、シンプルな運なのか。実際、能力を持つ人物とはどれほどいるのかなど。
「んーそうですね。
これからこの仕事をしていく上では知らないといけないことかもしれませんね。」
アルマリは、歩いていたルートを急転換する。
「とあるところへ向かいましょうか。」
そうして歩き始めた彼女は話始めた。
「まあ、結論から話始めましょうか。
この力が一体何なのか、ぶっちゃけ分かってはいないんです。
正直誰が能力を持っていて、どんな能力なのか分かる方法もありません。」
そんな話を聞きながら歩いていると、段々視界が暗くなる。
時間が経ったのではなく、単純に薄暗い所に入っていったからだ。
前の世界だったら怖くて、入ったことはないような場所。
「ただ、幸せになれるかどうかはいささか疑問ですね。
力を手に入れたものが支配を行い、何かを無条件で得ることが出来るとは限らない。」
奥まったところにある、一軒のぼろい家。
コンコン、と細かくノックをした。
「それこそ、能力を消せと神に祈る者もいるかもしれませんね。」
扉を勝手に開けて中に入っていく、家の中は異様な空気に包まれていた。
康太は急激な眠気に襲われ、壁に寄りかかる。
「おう、また様子見に来てくれたのか。すまねえなあ。」
テーブルに座る一人の男。
テレビも付いておらず、無気力にそこにいたことだけが分かる。
真っ白な髪の毛や髭は伸びきっていてつらそうな表情が残り続けた。
「ああ、新人の子もいるのかい。
眠いだろ、俺のせいだ。悪いんだが我慢してくれよ。」
「はい、大丈夫です。」
そうだ、さっき貰った資料で少し見かけた人だ。
能力者の一人で、強烈な眠気に襲われるガスのようなものを体から出せる。
「体調は問題ありませんか?」
「ああ、最悪な気分には間違いないがそれ以外は特に問題ない。
まあ、来てくれるだけでもうれしい限りだ。」
そうして、雑談を数分した後アルマリさんは家を出る。
康太はそんな異様な空気にただ耐えることしかできなかった。
最後は何とか声を振り絞って、老人に声をかける。
「すいませんでした、次は俺にもお話させてください。」
「…あんたは偉いな、またおいで。」
こうして外に出て大きく息を吸った。
先に待っていたアルマリさんがフォローを入れる。
「あれでも、抑えてくれていたんですよ。
それに必死で他のことには手も付けることが出来ず、護衛団の協力が必要なんです。」
つまり、あの老人は能力の制御が効かないのだ。きっと、何年も外に出ることが出来なくて関係を持つことも許されない。もし、外に出てしまえば災害の様に扱われる。
「さあ、戻りますよ。」
こうして、俺の初出勤は終わりを告げた。
物語で見た、希望に満ちたストーリー。
今見たのはそんなものとは反した、暗い世界の一片だったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます