第三話 一般人A

 「アルマリ・ローセット…!

  クソッ、もうタイムリミットかよ!」


 男はかなり焦った表情を見せている。

 一方、アルマリと呼ばれたその女性は一切表情を歪ませず言葉を返す。


 「私のことを知っていただけているなんて光栄です。これは一応、最終警告です。今すぐに降伏しなさい。怪我をして、泣きを見たって知りませんよ?」


 更に表情を歪ませる男、それは彼女の言葉だけが原因ではない。周りには、どんどん人が集まる。さっきまでこの場にいた一般人とは違う、明らかにプロの雰囲気を放つ集団。

 この人たちは奏太を助けてくれる存在であることが本能的に分かった。


 「さあ、どうしましょうか?」


 アルマリさんが手を挙げると、無数の槍が空中に出現する。本当に異世界なのだ、今度は冷静に状況を噛みしめることができる。物語の世界に入り込んだような感動に襲われた。

 まあ、助けられている一般人の一人という明らかにモブキャラの立ち位置ではあるのだが。


 男は警告に対しての答えを今もなお考え続けている様子。それほどまで、男が出した被害は絶大で、後戻りできない所まで来ている。実際ここまでの被害だ、見てはいないが怪我を負った人だって、いるかもしれない。


 「俺は、俺は。」

 

 そうした中、康太は助けに来たメンバーの一人に担がれ現場を離れる。

 体中が痛くて、足も明らかに動かない。そんな中、男と目が合ってしまった。


 男にとって、詰みを回避する唯一の可能性。 それは偶然か必然か綺麗に作り上げられた最後の可能性。彼女や、その仲間たちが正義という立場でいなければいけないからこそ生まれてしまった隙。


 「俺は、まだ終わらねえええ!!」


 男は近くにあった瓦礫を、風で突き動かす。

 そしてその瓦礫は確かに康太目掛けて飛んでくる。


 「うわあああああああ!」


 何度思い返しても恥ずかしくなるほど、情けないその声。力も持たず、体もボロボロでとにかく戦力外の康太は、ただ無抵抗にそこにいる他なかった。


 強い衝撃音と風圧。

 目を開ければ、肩を貸してくれていた男が目の前に立ち更にその前には色んな能力が盾の役割を果たす。もちろん、その最前線にはあの槍の姿もあった。


 そんな一瞬のスキを見逃さず、男はアルマリさんの横を抜けて逃走する。

 何人かは全力で追いかけようとしたが、それこそ彼女に制止された。


 「やめなさい、彼も今の状態でこれ以上暴れるとは考えられません。

  他にも、住民が逃げ遅れている可能性があります。

  こちらも一度、被害の確認と安全の確保を優先することにしましょう。」


 こうして、騒動はとりあえず幕を閉じることとなる。

 完全に康太が足を引っ張るという形で。


 一体何時間くらい経ったのだろうか、康太はようやく解放される。

 その時の目撃したこと、男との会話内容、自分がどんな行動をしたのかまで事細かく聞かれる。奏太を助けてくれた人たちは護衛団と言う集団だった。国からの支援を受けながら、人々や治安を守る役割を果たす、いわゆる警察のような存在らしい。

 

 数時間も話を聞かれて、嫌でも思い出してしまう。恐ろしく弱い自分、おそろしく役立たずな自分。こんな時エイドならどうしていただろう、ふと考える。エイドはけんみちの主人公で、奏太は昔からその人間性に憧れてきた。

 

 エイドは、聖剣を手に入れるまでほとんど力を持たなかった。それでも仲間のために脅威に立ち向かい、乗り越えてきた。あの時の自分をエイドに重ねて何度も思い返す。


 子ども一人を守れない、自分から死を認めてしまう。

 挙句の果てにはみっともなく人に救われて、その人たちの足まで引っぱる。

 どうやら主人公には、どうしてもなれないらしい。


 いつの間にか、その歩みは外を目指していた。とにかくここを出ることを考える。

 誰にも気づかれることのない森の中で文明を発展させてみるのも悪くないかもしれない。

 そうして、門の近くまでやってきて足が止まった。


 視界にアルマリさんの姿が映ったのだ。

 なんとなく気まずくなって離れようとしたその時、

 

 「あ、待っていましたよ。」

 

 そんな風に言って、彼女は近づいてくる。

 勝手に体が動いてその場から逃げようとするが、ものの数秒で押さえつけられる。


 「これでも私は、人を捕まえることを専門とした人間ですよ。

  どうして逃げようとするんですか?」


 「ごめんなさい、もう逃げないので離してください。」


 彼女は奏太の顔を確認すると、それが嘘じゃないと分かったのか手を離す。

 そのまま、カフェに連れていかれた。

 お洒落なクラシックの音楽はお互いの声をスムーズに耳へと通す。


 「それで、何で逃げたか聞いてもいいですか?」


 「えと、何となく気まずくて。

 本当にすみません。」


 「ああ、昼のことですか?

  あれは我々プロの失敗ですよ、あなたにはむしろ申し訳ないことをしました。」


 そうして、彼女は一度コーヒーで口を潤す。

 そうして、しっかりと目をのぞき込む。


 「あなた、遠方からきたそうですね。

  こちらまで来て、何をされていたんですか?」


 ああ、きっと先程の取り調べで聞いたのだろう。


 「あ…っと、仕事をしに。」


 「お仕事ですか、いったい何のお仕事を?」


 名前も聞かない程の遠方から来た、とあの時も言ってしまった。

 観光や遊びにしては、お金も持っておらず不自然さを感じて嘘を重ねる。


 「仕事は、これから探すところなんです。」


 「お、そうでしたか。

  ならいい話がありますよ?」


 そういって更ににやける顔を見て不安が走る。

 まるで抜け出せない程の深い落とし穴にはまった、そんな感覚。


 「護衛団として私の元で働くというのはどうでしょうか?」


 「…え……それはどういう。」


 そこで少し、本当に少しだけ考えて答えを出す。


 「すみません、お断りさせていただきます。

  俺にはあそこで働くだけの能力が足りないから。」


 アルマリは考えるような動作を見せる、何故か諦める気はないらしい。

 

 「私は、能力というのは単純な力や強さだけではないと考えています。

  確かにあの時のあなたは、周りから見たら何もできなかったと映ったかもしれません。

  しかし、確かに少女は危険から素早く遠ざけられた。

  あの男は、私たちがたどり着くまでにあそこに留まり続けた。」


 そんなのは都合のいい解釈だと、理性では分かっているはずなのに。

 俺はここに残らないと、確かに決めたはずなのに。

 言う事を聞かない俺の揺れ動いた意思はどんどん肥大していく。


 「俺は本当に弱いです。

  また、あなたたちの足を引っ張って作戦を失敗させてしまう。

  本当に何もできない、魅力のない人間なんです。」

  

 「でも、私はそんなあなたに魅力を感じた。

  命を懸けることが出来てしまうあなたを私の元で守りたいと感じた。

  人間なんて、最初は弱い者です、

  それでも、私の元で時間をかけて強くしたいと思わせる何かが。

  いずれ、とても大きいことを成し遂げてくれる可能性をあなたに見たんです。」


 そうして、奏太の答えを待つアルマリ。

 奏太の心は未だ揺れたまま、しかし本能で下されたその決断に抵抗することは出来ない。

 止まらなくなった気持ちは、そのまま口から吐き出された。


 「本気で頑張ります、どんな困難でも付いていきます。

  だから俺からお願いさせてもらいます、護衛団に入れてください。」


 これが、自身を変えるきっかけになると奏太は確信していた。

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