第二話 手荒い歓迎
肩に何かの衝撃が走って、ふと意識が戻ってくる。
「ん?、おお悪いな兄ちゃん。
ちょっと急いでたもんで、危ないから止まるなら端に寄っときな。」
目の前には筋肉を見せつけるように上半身がはだけた、がたいがいい男性。その筋肉をふんだんに利用し、片手で何段にも積み重なった木箱を持つ。余ったもう片方の手は顔の前で手を合わせる動作をしており、ごめんという意味をくみ取れる。
あまりにも急に起こった出来事に意味も分からず、頭を下げる。彼の後ろ姿を見送って、とりあえず道の真ん中から逃げるように外れた。
ようやく一息つけるタイミングが訪れる。屋根の影で頭を冷やしながら、現在の状況を考えてみることにした。
自分の名前はすぐ出る、河野康太。
普通にそこら辺にいるような高校生、本当にそれくらいしか出てこない。凄惨な過去や、何かに選ばれるほどの偉業は達してない…と思う。
だからこそ、こんな見知らぬ場所へとやってきた時の耐性はない。人間は本当に驚いた時や困った時、思ったより動けずただただそこに突っ立っていることしかできないらしい。一体どうしてこんなことになっているのか。昨日は少し嫌なこともありはしたが、日常であったことには間違いないはずだ。何とか浅い結論を頭の中で出す。
何かの事件に巻き込まれて、どこか知らない場所に連れてこられた。
そりゃそうだろ、と言う結論かもしれないがそれほどまでに脳は機能していない。
一応最後の希望、と頬をつねってみるがあまりにも痛くて涙が滲む。
それと同時にため息が零れた、少なくともかなり絶望的な状況であることは間違いない。
一体誰が何のために、あまりにも身に覚えがない。そもそも連れてこられたとして何故放置されているのだろうか。矛盾を何回も探して、実は寝ぼけてふらふらここにたどり着いただけなのではないかと、そんな意味のない可能性すら信じたくなる。
それでも、ここが今まで住んでいた場所とは違うことは理解できてしまう。
目の前の景色、周りの人の雰囲気、肌に触れる空気、それら全てに違和感があった。
目の前を馬車が通り、見たこともないやけに大きい鳥が空を飛び、日常が否定されていく。奏太からすれば、馴染みがあるのは自分の身体くらいだ。
他は本当に新鮮な景色で、まるで異世界なのではないかと錯覚するほどである。
…異世界?
自分の考えに少し驚く。まさかそこまで飛躍した発想が出てしまうなんて。
そこまでぶっ飛んだ状況であることには間違いはないのだが、それでも奏太のようなストーリー性や面白みのない人生を歩んできた人間は神様に選ばれないであろう。
そんな夢や想像は小学生のころにとっくにやってきた。
…それでも、もし。
もしこの世界が異世界だったら。この世界が奇跡的に奏太のことを選んでくれたなら。もしこの世界がけんみちを始めて手に取ったあの時みたいな感動を、人生を変えるほどのストーリーを与えてくれたなら、奏太も自分自身のことがもっと好きになれるのだろうか。
まるで、この瞬間を待っていたかのように自体が急変する。
「どけやああああああああああああ!!!!!」
突如吹き荒れた暴風、奏太自身も吹き飛ばされそうになって何とか堪える。
耐え切れず吹き飛んで宙を舞う屋根やドア、それは巻き起こった風の威力を示す。
まさしく、災害レベル。その台風の中心で男が体を空中に浮かしている。
さっきまでの可能性、それも宝くじを当てるよりも低い可能性。ここが異世界という一見すれば、幻覚を見ていると思われるほどの事実。それでもそれを信じてしまう程の現象が確かにあって、否定さえ許さないと言わんばかりに目いっぱいに広がる。奏太の胸の中は不安で覆われているが、その中に微かな興奮が存在していることに気付いてしまう。
頭の中がいっぱいいっぱいの奏太、だがそんな状況を知るはずもなく男は暴れまわるのを辞めはしない。何かに反抗するかのように、周りの景色を破壊し続ける。
流石に身の危険を感知し、ようやく奏太も逃げ始める。こういう状況に慣れているのかもしれないが、周りにいた人々は早急に逃げ出していた。つまり、奏太が最後尾であると言えるだろう。
とにかく距離を離すために走り始める。こんな風に暴れまわっているタイプは一定の距離さえ置けば、追いかけてくることはしないはずだ。色々、やりたいこと考えたいこともあるが今は自分の命優先だろう。
ー助けて。
爆風の轟音の中、微かに拾えた声。周りを見渡せば、小学生くらいの女の子が訳も分からず泣いている。親とはぐれてしまったのか、そんな事情は奏太にわかるはずもない。
それでも、反射的に動いたその足を止めることは出来ない。
「おいで、こっちだよ。」
強い風に吹かれて何度ものけぞりそうになりながら、それでも何とか優しく声をかける。
風が当たらないように、奏太が壁になって一旦落ち着かせる。それに応えるように女の子は服の裾をつかんでくれた。
「行こうか。」
交わした言葉はたったそれだけ、二人に悠長に喋っている余裕はない。たった数秒のロス、それだけの違いが命を揺るがすほど、男と二人には戦闘力に差があるはずだ。今暴れている男が気づかない内に逃げ切る以外道はない。
とにかく、後ろも振り向けない程に必死に走る続ける。
「いいねえ、こんな天気が悪いのにお散歩か?」
後ろの声に絶句する。
肩をつかまれて、恐怖で体が震える。
「逃げろ!」
それでも、ギリギリで声を出して彼女の背中を押してやることは出来た。そのまま男に掴みかかる、こんなことが出来る自分に驚いた。
女の子は無我夢中に走っていく。
「邪魔だ、どいてろ。」
吹き飛ばされて、家屋に激突する。それでも何度も逃げろと声を上げる。
男はそこが癪に障ったようで、一度吹き飛ばしたはずの康太の顔を雑に掴む。
「せっかくのガキが逃げちまったじゃねえか。お前が代わりになれんのか?」
康太は男の手を強く掴む。初めての気持ち、どうやら自分には死を受け入れる覚悟があるらしい。主人公らしくなくて不甲斐ない展開と、そう思われてしまうかもしれない。
小説を読んだりアニメを見たり、それなりに楽しい人生だった。
だが、それで自分を変えようとは思えなかった。何かをやろうとは思わなかった。
まさか、こんなギリギリの状況でようやく何かを変える決心がつくなんて。
つくづく人間は、いや俺は馬鹿だなと思う。
「だったら、せめて最後くらいかっこつけさせろ!」
「何訳の分からないことを言ってんだ!」
男も怒りに任せて、腕を振り上げる。
次の瞬間、振り上げた腕には5mほどの長さの槍が刺さっていた。
「ぐああああああ!」
男は悶絶する。カツ、カツと革靴で歩く音が聞こえる。
こんな強風に晒された中でも、その足音は一切ぶれることはない。
「助けに来た、と言いたいところなんですがね。」
足音と声はどんどん迫ってくる。
「私は君たち二人に怒っているんですよ。
一人は怒りに任せて命を奪おうとして、もう一人は簡単に自分の命を投げ捨てようとしていた。」
気づけば、目の前に一人の女性が立っている。
周りでは無数の長槍が空を舞い、彼女の指示を待っている。
「あなた達は、生きるという尊い権利を冒涜したのです。
まとめて、私が説教してあげます。」
そう言って彼女は怒りをあらわにする。
奏太にとっての第二の人生は、嵐のような怒涛の展開から始まったのだった。
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